なぜに?
死にたい。
もうこんな生活は懲り懲りだ。朝日が昇り夕日が沈むサイクルを延々と見続けて、見続けて、見続けて……一体何が楽しいのだろう。それなら、広辞苑を一字一句写す方がまだ楽しい。円周率を1万ケタ覚える作業の方がまだ楽しい。それくらい毎日があまりにも単調でつまらない。
私に友人などいないから。私は唯一の存在だから。初めから一人ぼっちだから、淋しいと思う気持ちすら理解できない。けれど、話し相手がいないと、何もすることがない。
だから、死にたい。
お昼ごろだろうか、時計がないから正確な時間はわからない。夏だから一日中暑いし、東経何度かわからない以上太陽の位置を調べても無駄だ。まあ、そんなことはどうでもいい。私はもうじき死ぬのだから。
遺書を残す相手もいないから、財布だけ持って出かけた。
家を出て早速、車に轢かれようとする。けれど、車はみんな避けていく。しかも、私を避けようとして事故が起きる始末。警察のお世話になるわけにはいかない。自殺させてくれないだろうから。
私はその場を立ち去った。幸い、目撃者はいないようだし、車の運転手たちはもう逝っている――私が代わりにそうなりたかったのに。
近くの百円ショップでナイフだけ買って家に帰った。フクザワさんを出して、どうせもう金を使う事など金輪際ないだろうから、お釣りを受け取る前に、店を後に。その時、店員の驚きの視線を背中で受けたためか、背中に汗をかいている。いや、単に日差しが強かっただけか。
ナイフは欠陥品だ。演劇用の偽物ナイフではないのだから、ザクッと腹を刺したらドバっと血が吹きだすものかと思っていたのに、刃がボキっと折れてしまった。ナイフを買った私は、骨折り損のくたびれ儲けではないか。
ああ、私は不死身なのか。
不滅こそ私の存在価値。
きっと、ロープで首を吊ろうとすればロープが切れ、息を止めようとしたらなぜか皮膚呼吸を始め、餓死してやろうと飲食を絶ったら、光合成を始めるに違いない。
不滅こそ私の存在価値。
ならばそれを破壊するまで。自分でできなければ他人にやらせよう。
ネットで一流の暗殺者に依頼する。報酬は全額先払い。しかも人生を5回は楽しめそうなくらいは振り込んである。
私は首を長くして待った。
やがて、時が訪れた。
背後に何者かの気配。思わず振り返る。
驚く顔。一重の目が二重になっている。なぜ自分に気づいたのか。完全に気配を絶っていたのに。顔が完全にそう言っている。
暗殺者なのに顔を晒してるのが気になったが、おそらく顔を見られてもどうせ死んでもらうから関係ないと思っているに違いない。まあ、こんな間抜け面に殺されるのはいささか不本意なのだが。
私が顔から思考を読み取っている間も、その顔から驚きは消えない。
私はいつ殺されるのだろう。もしかして驚いているような顔が素顔とか?
そこで気づく。暗殺者は武器を何も持っていない。偏見だが暗殺というと遠くから狙撃というイメージだったが、この暗殺者ははたして殺すのだろう。
気になったが、それはすぐにわかることだ。
私は殺されようと、両手を上げた。
しかし、いくらたっても暗殺者は動かない。まるで銅像のようだ。
私は痺れを切らした。ずっと正座は辛い。「早く殺してくれないかね」と愚痴りながら胡坐を組む。
暗殺者は動き出した。
口を動かしたのだ。
「神様を殺すなんて真似は、いくら私にもできません」
くそ。私はやはり不滅か。
ならば死ぬ方法を考えねばならないなあ。
とりあえず金を返してもらうか。
「だったら金を返してくれ。奉納金がないと、私は生活できずに物乞いしないといけなくなる」
そうだ、自殺方法を考えれば毎日が楽しいかもしれない。