四話目
「さぁ、行きますわよ」
「気合入ってるな。どう立ち回るんだ?」
「ギルド加入時にステータス見ましたけれど、高所作業はお得意じゃなくて?」
わかった。飛ぶんだな。確かに上は安全圏だ。
でも戦い辛そうだな。
「なんか違うんじゃないか?」
「ファンタジーで現実と同じ事をしても売れませんわよ」
確かに現実と同じ事をするならバランスのスキル1つでどうにでもなりそうだ。その効果を実感する機会が全くないが。
「それにしてもバトルスタイル他に無かったんですの?」
「人との約束だからな。簡単には覆すことは出来ない」
「でも人に見せるのは恥ずかしいと思いますの」
「言うな。俺自身話題として上げられると恥ずかしいんだ」
先輩と合流出来たら恨み言の1つでも言わないとな。あの先輩のことだからどっかで飽きるまで戦っているはずだ。
まぁ、決めたのは俺だから恨み言言っても返ってくるんだろうけどな。
「では、大体の方針も決まったことですしハードモードプレイヤーのハルト様をお守り致しますわね」
「気づいてたのか?」
彼女はあれか。なんていうか大雑把な人なのか。大体の方針って何時決まったのか聞きたい。多分高所作業の件なのだが。
「えぇ、ステータスを確認した時からですわね」
ステータスってそんな事まで見れるのか。これなら色々内緒にする必要性無くなるんじゃないか?
しかし、彼女の言動を振り返ってみると。
「2人揃って無茶振りとかしてなかったか」
知っててやったのならちょっとお話する必要性が出来るんだが。
「カミアリ様と合わせる時はちゃんとアイコンタクトで意思疎通してましてよ。その際ハルト様を困らせたいという意志が感じられましたので無茶な行いをお願いすることは決定しましたわ」
本当に仲が良い事で。
と、何故か待っていてくれたモンスターが痺れを切らしたのかジリジリと後退を初めた。
「なんか動き出したぞ」
「逃がしませんわ」
カミナシが弓を引き、犬に向け放つ。弓は犬の左前足を貫き使えなくする。
その犬は咄嗟に飛び退き倒れた。なんだかもがいてる。
「動きが止まりましたわよ」
「こいつらを放牧してしまって良いのかは知らないが、なるべく穏便に済ませたかった」
これ戦わなきゃいけない感じになるんじゃないの?
引いてくのなら逃がしても良かったと思う。これだけのモンスターを残すのは問題だが、街から離れるのなら今はまだ他のプレイヤーに迷惑をかけないと思う。
って異世界とかそんな事考えた直後にゲーム前提の話をしてるよ、俺。状況が理解力を超えすぎた。
と言うか、一応戦闘中なんだが、雑念が多すぎるか?
「あんな遠くまでモンスターが確認出来るのにモンスターを逃がすのはマナー違反ではなくて?」
「やっぱここだけモンスターが壁を作ってるのは目立つか」
他のところはと言うとなんて言うかモンスターが疎らだ。居ても数匹の集団くらい。
「ほら、また下がり出しましたわよ。逃がしませんけど」
今度はゴブリンを射抜く。眉間に。一撃でゴブリンは沈んだ。
モンスターはまた足を止める。
「良い腕だな」
犬の足を射抜いたのも狙ったのか。
「初期装備の弓は矢こそ尽きませんが、威力が足りないのですわ」
ふと思ったが矢の威力ってなんだろうな。解りやすいのは刺さる刺さらないこう言う差か。眉間って一応骨あるよな? そこに刺さるって威力十分なんじゃ。ゴブリンだけ特別とかか?
「もう時間稼ぎは許しませんわよ。これは戦闘ですのよ」
「ダメか?」
「さっきまで勇敢に戦ってましたのにどうなさったですか?」
「攻撃範囲が足りないと思ってな」
「スキルの話ですか」
「そうそう。そう言うこと」
なぎ払いは前面。伸突は正面。もう1つは良く解らない。180度ですらギリギリなのだ。弓では残り180度はカバーし切れない。
「1つ、恐らく攻撃系スキルを使ってませんわよね?」
ステータスを見ると色々解るんだな。
「プライバシーとかどこに消えたんだろうな」
「最初から無いのかも知れませんわね。それで、使わないのですか?」
「発動してみてもどんなスキルか解らなくてな」
「使ってみれば解ると思いますわ。それに攻撃範囲が武器の攻撃力依存というのも魅力的ですわね。ハルト様の武器なら凄い事になりますわ」
何故俺の知らない情報まで出てくるのか。そして俺の知らない情報が俺の武器的にチートである可能性を秘めているとか簡単にやる気にさせてくれる。
「そこまで言うなら使うか」
決して攻撃範囲の話とかそう言う事を知らなかった訳じゃない。と言う事にしておく。
「でも攻撃範囲が広いなら巻き込むのとか大丈夫か?」
「私、運は良いですから」
そうですか。そう言うことにしておきます。
と言う訳で早速スキルを発動。取るべき動きが脳内に浮かぶ。
「アーツ・インパクト!」
スキル名を叫びつつ、思いっきり腕を振るい、空に最後の軽業師のナイフをぶん投げた。
これがハードモード10レベル特典技である。
特典技とは、ハードモードプレイヤーが10レベル毎に色々貰えるのだが、その中の技を指すんだとか。メッセージが言ってた。
ちなみにレベル1の特典が鉄の棒だったようだ。
ついでに気づいたが、この特典でノーマルプレイヤーをこっちで助けろと言う訳なんじゃぁ無いのだろうか。うん、コレも後で考えよう。
「何も起こらないのですの?」
「言ったろ、訳が解らないって」
俺が指示される攻撃モーションは武器を天高く投げる。それだけ。攻撃範囲という言葉に騙されたが、天高く投げるだけなら空を飛ぶモンスターを狙おうとしない限り誰も使わないだろう。そう言いきれる。
「付加効果がかなり良い武器を投げたわけだが、戦わなきゃダメなのか?」
「まぁ、頑張ってもらいましょうか」
あ、モンスターがまた後退を始めた。だが、カミナシが矢を射ると止まった。
「はぁ、ここならまだ鉄の棒でもオーバーキルだから良いけどさ。おーい帰ってこーい」
ダメか。装備から外れてないのなら人に取られる事もないだろう。そろそろ誤魔化し切れないから戦わないとな。
ダッシュとなぎ払いを発動。
ダッシュで接近し、鉄の棒によるなぎ払いで蹴散らしつつ、ジャンプを発動。
すぐに元居た場所へジャンプで戻る。
そして次に狙いを定めようとすると、モンスター達が一目散に逃げ出した。
「え?」
「追いますわよ!」
「おい、待て!」
待てと言って待つ女性なら俺がハードモードプレイヤーだと知ってから戦いを強要しないだろう。もしかしたら根本的な所で俺が勘違いしている可能性もあるが。
ハードモードプレイヤーは俺1人だ。彼女には悪いが死に戻って貰っても良いと思った。
だが、俺は追った。ダッシュを駆使すれば簡単に追いついた。
「今回は無茶に付き合うから、次回からは1人で突っ走ろうとしないでくれ。俺の命が持たん」
普段絡む相手の少ない俺としてはどんな人間関係でも見捨てる事は出来なかった。それだけだろう。もしかしたら命が懸かっていると言われただけでまだゲーム気分なのかもしれない。
まぁ、理由など些細な事だ。今は戦うって決めた。それだけで十分。
「伸突」
伸突は拳でも発動出来た。拳では数値的攻撃力が足りないのか吹き飛ばすには至らないが、接近という過程が走るより早い為、追撃という面でもなかなかの性能だ。
これで足の遅いゴブリンに追いつく。
「伸突」
そして二連。二回目は鉄の棒でゴブリンを吹き飛ばし、先を行く犬を数匹巻き込んだ。
更にダッシュでゴブリンを抜き、空振り伸突2回で犬との距離を詰める。攻撃技なので本来かなり踏みしめるが、それを任意で緩めることですぐに駆け出す事に成功した。
職業補正なのか、犬と同等の側で走れる。犬との距離を詰めれば近いのから殴るだけだ。
普通に殴り、次に伸突。もう1回。
だが、重い攻撃を入れようとすると、進む速度は遅れる。それを時折ダッシュで誤魔化している状況だ。
そして延々とダッシュと伸突で戦えるほどこの世界は甘くなかった。
「ダッシュ!」
違和感。予定通りに加速が行われない。踏み出した足が空を切るようなそんな感覚。
高速で戦っているのだ。予定通りに体が動かなければ一気に崩れる。もう片足を踏み出し倒れるのだけは抑えようとし、踏み出した瞬間、加速する。
「どうなってんだよ」
鉄の棒で咄嗟に伸突をするが、スキルの補正など全く無いタダの突きになった。しかも体勢が崩れている為、一撃で倒すには及ばなかった。
「あれか。スタミナ的な何かが無くなってきてるのか」
肝心な所を隠すなよ。そう思う。ステータスにはそんな項目存在しなかったはずだ。
人間は本来自身のHPなど見ようがない。だが、疲れや痛みにより限度を知らせる事はするのだ。
だが、これは突然だ。疲れや痛みを全く出さず、体が壊れたから動くのが止まる。少し極端だが、こう言う事だろう。
現状殴りながらでも狼との基本の速度は一定なのでダッシュで速度を上げれば確実に削れる。
だが、もし突然この足が止まれば、肉体の限界が来たとすれば、それは死に直結する可能性すらあった。
「なんで俺カミナシを追ったんだろ」
なんで俺、少し前の行動をもうすでに後悔してるんだろうな。まだ終わってないないってのによ
「そうだな。終わってないな。だが、こいつらは俺に削られながらも、逃げることしか考えてねぇ。街から離れるのは問題だろ」
どこかで妥協ライン作らないとな。そうだな。
「一発。先頭の奴に一発入れよう」
決めれば、やるだけだ。スキル発動に関係するステータスは早い速度で回復している。その為、少し待てば使えるようになっている。
そして攻撃をしなければダッシュを使った分だけ、距離を詰める事が出来る。
あと3回……………2回……………1回。先頭の犬と並走に成功する。そして次のダッシュで抜き去る。
脚力3倍。それを使い思いっきり地面を踏みしめる。少し足がめり込んだ。
鉄の棒を利き手である右手に持ち直し、構える。
スキルは使えないが、伸突の最後の突きの部分だけ真似よう。
犬は急に減速するが、止まった地点は鉄の棒の射程内だ。
「くらえ」
口に出すのはたった一言。技名でも付けて叫ぶ気にもならなかった。
ただ、思いっきり鉄の棒で突くだけだった。
ヴォン
何かが飛ぶ音と共に犬の群れから後ろのゴブリンまで真っ直ぐ蹴散らす。
同時に俺は両膝を地面に付いた。
やっぱ、前兆無しで突然限界が来る感じなのかよ。
まじで酷い作りだな。一面モンスターのハードモードじゃネットワークモードに変えて休まないとこうやって突然限界が来て終わる訳か。でも、変えることすら難しい世界だと。
これはどちらにしろ早い段階でハードモード全滅もあったかもしれないな。
犬共も逃げないのかよ。それどころか少しずつ接近してくるとかね。
「どこからダメだったんだろうな。多分ハードモードに入ったところからだな」
そうすれば命を賭ける必要性なんて無かったんだから。
「あーまた後悔してるわ。けど、約束があるから何か考えないとな」
先輩は俺に生き方を強制する事がある。それも一度や二度ではない。更に大雑把な人だから、それらが矛盾することすらあるのだ。そうなると、それを聞いた人々は先輩を理解するだろう。こいつは何も考えてない、と。
だから俺は、先輩の言葉の中で、使えそうな物のみを、引き出し、心に留める。後は、記憶の片隅に残ったとしても、先輩との約束ではなく、思い出の1つでしかない。
「初めて会った時に言われたのが、体が動かないなら、頭を動かして生きろ。でしたっけ」
確かバスケだ。まったく先輩からボールを取れなくて、意地になって、でも取れなくて。最後にはバテてぶっ倒れたんだ。そして生き方を語られた。
「あの時は話のスケールが大きい人だな。としか思わなかったんですけどね」
ほら、犬共。詰め寄っても襲って来ないから。
「ダッシュからの伸突なぎ払いが出来るくらいは時間が経ったぞ」
体は動かないが、スキルで強制的に振り回す。5匹ほど巻き込んでまたモンスターは俺を避けだした。
「あいつらはなんで襲って来なかったんだかな」
もう一度力が抜けて膝を付くような事は無かった。棒立ちだ。鉄の棒を落としてしまう。力が抜けてしまったと言うより、これはもっと強制力の強い物だった。
俺の知っている動きを強制する物。それはスキルだ。
腕を上げさせられる。
直後。衝撃波が地面を襲った。俺には影響は無いが、地面やモンスターを蹂躙している。
ハードモードの特典は凄いわ。軽くチートじゃないか。
腕を振り下ろさせられる。
「当初の予定通り殲滅出来たのかな」
そもそも最初って皆死に戻り前提だったか。
逃げ出したモンスターも無関係なモンスターもかなり先まで消えている。
「先輩の言う通りになりましたね。まぁ、俺が死んでも先輩の言う通りになりますけど」
動けないんじゃどうしようもないな。諦めて待つしかないだろ。奇跡を。ただあれだな。念の為動けるようになったら奇跡が起こる可能性上げとけよ。念のためにな。
右手には空に向かって投げたナイフが握られていた。