9.一人ぼっちの時間
休日でも活動したい部活のために学校はいつでも開いている。私は美術部の活動があると親に偽って学校まで来ていた。
「亜希、おはよ」
「おはよう!」
美術室に顔も出さず、私と亜希は朝から秘密の場所で待ち合わせしていた。
例え学校は休みでもこの楽しみだけは休んでられない。早く縛られたい!
今日はお昼まで縛ってもらって、ご飯を食べた後は夕方まで縛ってもらう予定だ。初めての長時間プレイを前にしてすごくドキドキしている。
会って早速、私は亜希に背中を向けながら手を差し出した。服が汚れてしまってもいいよう、あらかじめ体操着に着替えてある。
「はいはい。欲しがりさんなんだから」
亜希は日に日に手際が良くなっていて、まばたきを何回かしているうちに縛られてしまう。
「……ん?」
いつもと同じように縛られているはずなのにどこかが違う。
締めつけが弱いのかな?
「今日はずっと縛ったままにするからね。ちょっと緩めてないと身体に悪いのよ」
「えー。もっときついのがいい」
「文句言わないの」
髪を撫でられたかと思うとどこぞの球団の帽子を被せられる。
「直射日光に気をつけなさいよ。私は忘れ物取りに一旦帰るから」
「一人にするの?」
「ちょっとだけよ。じゃ、またね」
笑顔で手を振ると何の未練も無く去っていく。一人だけになったせいか、そよ風に揺れる草の音も校庭から響く部活動生の声も聞こえるほど静寂になった。
亜希はどれくらいで戻ってくるだろう。学校から亜希の家まで歩いて十分くらいだから、長く見積もっても三十分後には帰ってきてくれるはずだけど。
とりあえず壁に背をもたれることにする。椅子にぴったりの石段にお尻を置いて、これからどう時間をつぶそうか悩む。
縛られたままできることと言ったら……何だろう?
こんな格好だから外にも出られないし、すごく退屈。華宮先輩が覗きに来てくれたらいいのだけど、美術部の活動があると言っても休日まで学校に来てるとは限らない。
せいぜい縄の感触を楽しむくらいしかできないけど、亜希の気遣いのおかげで圧迫感が弱く、いつもよりどこか物足りない。そのくせどれだけ動いても緩まないのだから不思議だ。
いろんなことを考えたり、暴れてみたりを繰り返す。そうやっていてどれだけの時間が流れただろう。気づけば太陽はずいぶん高くまで昇ってきていた。
日焼けで縄の痕が残ると嫌なので木陰に隠れることにする。更衣室裏に唯一立っているこの木は枝が広く伸びていて、直射日光を防ぐパラソルになってくれた。
いつまで経っても亜希は帰ってこない。私はいつも縄が隠されている鞄を枕にして地面に寝転がり、時が過ぎるのをじっと待つ。
もしかしてこのまま夕方まで帰ってこないつもりなんじゃないだろうか。動けない私を放置して、自分は家でテレビでも見て楽しんでるのかもしれない。私のことなんか忘れてお昼ご飯を美味しそうに食べているのかもしれない。こっちは動けなくされて、亜希を待つしかないっていうのに……。
帰ってきたら文句を言ってやらなきゃ。いつまで待たせるんだって怒ってやる。
寝返りをうつと亜希が貸してくれた帽子が取れそうになる。顔に覆いかぶさってしまい、目が隠れて何も見えなくなった。
丁度いいや、このまま寝てしまおう。起きてても退屈だしね。
ぽかぽかの陽気に包まれてうとうとしていると、いつの間にか本当に眠ってしまっていた。
「ただいまっ」
どれだけ寝ていたんだろう。目を開けると帽子越しにちらつく木漏れ日の輝きが眩しかった。
「あれー。キィ、寝てんの?」
どうやら亜希の声で目が覚めたみたいだ。
すぐに飛び起きてもよかったのだけど、なんとなく返事はしないことにした。寝てると思われているなら寝てる振りをするのも面白そうだから。
「きーぃー?」
帽子を取られた。呼吸を抑えめにして、うっかり目を開けてしまわないように注意する。
「寝てたら返事して」
起きてるけどしないよ。
私が本当に寝ていることを確かめるためなのか、亜希の指に何度も頬をつつかれる。
「やわらか……」
そう言ってもらえるのはいいけど、つっつき過ぎ。
「……っ!」
そろそろ大きい声で驚かしてやろうと思っていた時、胸を触られた。
ただ触るのとはどこか違う。手の平で覆い込むようにねっとりとした感じで、もはや友達相手にちょっかいを出すような手つきではなかった。
まさか女の子の身体にただならぬ関心があるんじゃ……!
「よかった、私より小さい」
「うるさいっ」
まだ中一なんだし、これからどんどん大きくなるっての。
「やっぱり起きてた。下手な演技しちゃって」
「どこ触ってんのよ」
「いいじゃん胸くらい。キィのは小さいけど柔らかくていい感じね」
「変態っ!」
近いうちに襲われるかもしれない。今のうちから亜希との接し方を考え直さないと……。
「そんなこと言っちゃいますか。せっかくお昼ご飯持ってきてあげたのに」
亜希は手に持っていた包みを見せつけてきた。なかなか大きな箱を包んでいるらしい。
「なにそれ?」
「お弁当よ。キィを縛った後で作ってたんだ。食べよ」
にこにこ顔でレジャーシートを敷き、その上にお弁当を広げていく。
「全部できたてだから美味しいよ」
なかなか帰ってこないと思っていたらそういうことだったのか。亜希のことだから朝は寝坊してしまって作り損ねていたに違いない。
お弁当箱には主食のおにぎりを始め唐揚げや玉子焼き、真っ赤なプチトマトが眩いサラダなどが綺麗に詰められている。どれもこれも美味しそう。
「すごい……」
わざわざ作ってきてくれたことにも驚いたけど、この料理たちが亜希に作られたのがちょっとだけ信じられない。実を言うと亜希がこれほど家庭的な子だなんて思ってなかったから。
「はい、あーん」
お箸に挟まれた唐揚げが私の口元に迫る。
本当、よくそんな恥ずかしいことができるよね。
「自分で食べるから、縄を解いてよ」
「お箸これしかないの。忘れちゃったんで」
本当はわざとなんじゃないの。亜希はろくなこと企まないんだから。
「間接キスとか意識する?」
「うん。ちょっとだけ……」
「ちょっとならいいじゃん。ほら口開けな」
「むぐ」
美味しい。さくさくの衣に閉じ込められたふんわり食感のお肉が絶妙で最高だった。
「はい、あーん」
「んーんっ」
「遠慮しないで。それ」
まだ食べてる最中なのにおにぎりを突っ込まれた。お米とお肉が口の中で混ざり合っていい感じだった。
こんなに美味しい料理が作れるんだから、亜希の将来は意外と素敵な奥さんだったりするかもしれない。もぐもぐしながら亜希のことを見ていると、いつか亜希の恋人になるであろう男の人がどんな人間なのか気になった。
亜希に彼氏ができたら、私はどうなるんだろう。
「あっ、そっかそっか。喉乾いてるよね。ごめんね、気づかなくって」
私が食べ物を飲み込んだところを見計らって、亜希は水筒のコップに注いだお茶を飲ませてくれた。ひんやり冷たい麦茶が喉に染みていく。
まあいっか。恋とか彼氏とか、私たちにはまだまだずっと未来の話だろうし、余計なことは考えないようにしよう。
コップから口を離すタイミングが悪かったせいで、お茶が体操服にこぼれてしまった。
「濡れちゃった……」
「ほっときゃ乾くでしょ。次は玉子焼きねっ」
料理を振る舞うのが嬉しいみたいで、それからもいろんなものが口に運ばれた。もう、こういうところは子供っぽいんだから。
今回のテーマは「放置プレイ」です。