8.やられたらやり返す
プール更衣室の裏までやって来た。私は茂みに隠されていた鞄から縄を取り出して亜希に向き直る。
「誰かを縛るなんて生まれて初めて。上手くできるかな」
「優しくしてよ……?」
いつもたくましい亜希が今ばかりは弱々しく見える。私は亜希に縛られる時のことを思いだしながら緊縛にとりかかった。
まずは縄が二分の一の長さになるように折りたたむ。こうすることで鬱血の対策になるらしい。
亜希の手首を背中で交差させてから縛っていく。肘よりも高い位置に手首を持っていくことは身体が柔らかくなければ難しいのだけど、亜希の場合も全く問題ないようだ。
手首をしっかり固定すると、残った縄を亜希の上体に巻きつけていく。胸の下に二回、胸の上に二回巻き、手首にまた固定する。
仕上げに余った縄を分岐させてから両脇へ通し、身体の手前と奥に伸びている縄を絞りあげる。そこからまた手首のところで結びつけ、晴れて緊縛の完成だ。
「どう、亜希? 自分の縄で縛られた気分は」
「……」
俯いて答えようとしない。
「答えてよ」
亜希は無言を貫こうとしていた。顔を覗きこんでも逆の方向を向いてしまって、目も合わせてくれない。
悪いことして縛られてるくせに。
「先輩、亜希が反抗的です!」
「そうね。キィちゃんが今までされてきたこと、そっくりそのままやり返しちゃいなさい」
そんなのいくらでも思いつく。
私は手の平に力を込め、亜希のお尻を思いっきり叩きつけた。
「いっ」
一回だけじゃ済まさない。二回、三回と続けて叩く。痛みを逃がそうともがく亜希の姿が面白くって、痛みが消える前にまた叩く。堪えるような悲鳴が可愛くて心地いい。
「キィ、もうやめてっ」
「やっと口利いた」
どうやら耐えられなくなってきたらしい。私も手が痛くなってきたし、そろそろおしまいにしようかな。
「いいよ。もうやめる」
あともう一回叩いたらね。亜希が安堵した瞬間を狙って、今日一番の力で平手を打ち込んだ。
「あひっ!」
次はどうしてあげよっか。口でも塞ぐ? くすぐっちゃう? いじわるなこと言って辱めるのもいいなぁ。
「お願い、もう許して。反省したからっ。キィの気持ち十分に分かったから!」
「だめ。もっともっと、もーっと分かってもらいたい」
「覚えてなさいよ……っ」
悔しさに歪んだその表情がさらに私の心をくすぐる。
どれだけいじめられても無抵抗でいるしかないなんて、すっごく可哀想……だからこそ愛しくて堪らない。
亜希に私の気持ちを知ってもらいたかったはずなのに、私が亜希の気持ちを知ってしまっていた。縛っていじめるのがこんなにも楽しいなんて!
「キィちゃん、ノリノリね」
絵を描いていた華宮先輩が声をかけてくる。
「先輩も縛られてみます?」
先輩は胸が立派だから、そこを強調する縛り方にするべきかな。
「遠慮するわ。いつも生意気な亜希ちゃんのしおらしいところを描いてるほうが楽しいし」
そういうことならもっと亜希の姿を見てもらわないと。
「もうやだ……」
思いがけずに聞いた亜希の泣きそうな声。少しやり過ぎたかな。十分に懲りただろうし、そろそろ許してあげることにする。
だけどまだ縄は解かない。本当に伝えたいことが、亜希に知ってほしい私の気持ちがある。
私は亜希の頭を抱きしめる。顔を胸に押し当てて、そっと優しく包み込む。
「き、キィ?」
「亜希はいつも、私を縛ると宝物のように大切にしてくれた」
この温かい気持ちが亜希には通じているだろうか。
「私は亜希のお人形。亜希に遊ばれるための人形なんだよ。だからもう、乱暴に扱わないで」
これが本当の気持ち。
騙されたことなんかどうでもよかったのかもしれない。大切にされなくなることだけが恐ろしかったんだ。
「キィの気持ち、よく分かった」
亜希のほうからも頭を押し当ててくる。
「もっとぎゅってして」
なんて可愛いんだろう。愛しさのあまり、時間が流れるのも忘れて抱きしめ続けた。
縄を解くと同時に亜希に腕を取られ、背中へ回り込まれてしまった。
「亜希っ!? 何を……」
「決まってるじゃん」
抵抗する間も与えられずに縛りあげられてしまう。さっきまでの立場が一瞬で逆転されてしまった。
「やっぱり私は縛るほうが性に合ってる」
さっきまでの弱々しい亜希はどこへ行ったのか、その瞳には復讐の炎が灯っていた。
「さーて、どういじめてあげよっか」
「乱暴しないでね……?」
「大丈夫。キィが嫌がることも喜ぶこともちゃんと知ってる。今度は間違えないから」
亜希のいじめる気満々な笑みを見て全身がぞくっと震える。
「キィに叩かれたお尻がまだ痛いんだよね。利子もつけてたーっくさんやり返してあげるから」
やっぱり私は縛られるほうが性に合ってるかも。
亜希に縛られると、こんなにもドキドキが止まらない。
倍返しだ!