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7.さらしもの

「今日はこれを使いまーす」

 亜希がポケットから取り出したのは一本の毛糸だった。大人しいめのピンクで、見た瞬間からなんとなく好きな色だと思った。

「どうするの?」

「縛るに決まってるでしょ」

 そんな毛糸で? いつも使ってる縄くらいの長さがないと人間の身体なんてろくに縛れないと思うんだけど。

「ほら、背中に手を出して」

「はいはい」

 亜希は私の二本の親指を交差させたかと思うと、交わってる部分を中心に毛糸を絡め始めた。結び目を整え終えた時、亜希が「どうよ」とでも言いたげな表情を見せてくる。

「親指を縛るだけでも十分動けないでしょ?」

 たしかにあんまり動けないけど、これだけじゃどこか物足りなくて、いつもぎちぎちに縛られている身としては少し不満だった。

「散歩に行こっか」

「えっ?」

 亜希の手が強引に私の腕を引っ張って、わざわざひと目につく場所へ出ようとしていた。一体何をしようというのか! もちろん私は踏ん張って抵抗する。

「ちょっと、見られたらヤバイでしょ!」

「大丈夫。縛ってる箇所は簡単に隠せるぐらい小さいし、見つかってもただの遊びって言い張れば問題にならないわ」

「そうかもしれないけど、それでも恥ずかしいから!」

「ゴールは美術室ね。めいっぱい遠回りしていきましょう」

「いーやーだー!」

 結局連れだされてしまった。

 靴箱の前で亜希に靴を履き替えさせてもらって、転びそうになった時は身体を支えてもらいながら廊下を進む。

「堂々と歩いてれば平気よ」

「そんなの無理……」

 そう簡単に割り切れるわけがない。こっちは曲がり角にさしかかるたびに人が来てないかはらはらしてるっていうのに、亜希はそんな私を見て面白がっている。愉快そうな笑みがちょっとだけ恨めしい。

「どう? たかが毛糸一つで無力にされた気分は」

 またいじわるなことを言う。

「いいから、早く美術室に行くよ。着いたら解いてよね」

「はいはい」

 階段を登って、まずは二階にたどり着く。このまま三階まで登ってしまえばあっという間に美術室へ到着だ。

「だーめー。こっちを通りまーす」

 また階段を登ろうとしたところでまたぐいっと引っ張られてしまう。廊下の真ん中まで連れてこられたかと思うと、向こう側の端を指さしながら亜希は言った。

「遠回りするって言ったでしょ」

「勘弁して……!」

「大きな声出さないの。人の目が集まっちゃうかもよ?」

 こうなってしまってはやめてと言って引き下がる亜希ではない。だけど、本気で嫌がる私の気持ちを無視できるほど冷酷な亜希でもない。私は足に思いっきり力をこめて逆方向へ歩こうとする。

「お願い、本当に恥ずかしいの。早く終わらせていいでしょ?」

「…………」

 無言にならないで。何を思案しているのか分からないけど、またおかしなことを考えだしそうな表情が浮かんでいる。

「そんなに恥ずかしい?」

「すっごく!」

 だからもうやめて。いじめるのは他に誰もいない場所で、私たちだけの時間にして。

 真剣な思いは見つめ合う瞳を通じて確かに伝わった。

「そうだよね。ごめん! 今解くからね」

 指の毛糸が解かれたら胸を撫で下ろそう。早まって安心しきった私は、背後に回り込んだ亜希が毛糸の縛りを解いてくれていると思っていた。

「ふぐうっ!」

 いきなりタオルを噛まされた。ぎゅっとねじり上げることで太く固くなったそれは顎の動きを制限し、言葉を完全に封じられてしまう。

 どうしてこんなことをするの!

「大丈夫って言ってるでしょ? こんなの罰ゲームだって説明すれば誰でも納得する。キィの名誉は絶対に守られるし、私が守ってあげる。信じて」

 騙された……。

「嫌がらなきゃ猿轡までされずに済んだのにね。残念でした」

 もう抵抗する気も起きなかった。亜希の裏切りとも言える行動に想像以上のショックを受けてしまい、しぼんだ風船のように身体の力が抜けていく。それを観念したとでも思ったのか、亜希はにんまりと満足げに笑っていた。

 身体を縛ることを許した以上、この子のすることに逆らうことなんてできない。だけど今までは亜希を信じていたから、このいけない遊びを楽しんでいられたんだ。

 それなのに……。

「あーっ、二人共、なにしてんの?」

 廊下を渡っていた時、教室から女子の一人に見つかってしまった。

「なにこれ。キィちゃんどうしたの?」

 彼女はクラスメイトのハマちゃんだ。私たちはいつの間にか自分たちのクラスの前までやって来ていたんだ。

「キィはね、悪いことしたからおしおきされてんの」

 ちょっと亜希っ、罰ゲームだって説明してくれるんじゃなかったの!

「へぇ、キィちゃんがね。なんか意外」

「むうううっ」

 違うから信じないで!

 珍しいものでも見るかのように、ハマちゃんの視線が私の身体を這い回る。こんな姿、他の人には見られたくなかったのに……。

「それ」

「んうっ!」

 ハマちゃんの指がつんつんと私の身体をつついてくる。逃げようとすると先回りされてまたつつかれる。手が使えれば防ぐこともできるのに、毛糸の縛りが邪魔をしてどうしようもない。私の反応が面白いようで、ハマちゃんはにこにこ笑って楽しそうだ。

 そんな私たちの様子を見ていた他のクラスメイトもどんどん加わっていき、気づけば四方八方からいじられるようになっていた。頼りになってくれるべき亜希も便乗して私の身体をつついてる。

「むうっむうううっ」

 ずっとこんなことされてたら体力が保たない。誰か助けて……。



 なんとかクラスメイトの輪から脱出した私たちは、ようやく美術室にたどり着くことができた。

 それにしてもムカつく。肝心な時に私の気持ちを分かってくれなかったこともムカつくけど、私のことを騙したことが何よりも許せない。

 亜希を信じていた私の気持ちを、よりによって亜希に踏みにじられたんだ。熱湯のように沸きあがったこの気持ちはとても抑えられるものではなかった。

 美術室で華宮先輩と合流すると、亜希によって噛まされていたタオルの結び目がようやく解かれる。

 同時に思いっきり息を吸い込んだ。この怒りをぶつけるために。

「亜希のっ、ばかあああああっ!!」

「ひゃっ!?」

 渾身の力を振り絞った怒声で亜希どころか先輩まで驚かせてしまった。先輩には後で謝るとして、今は思いのまま怒ることだけを考える。

「嫌だって言ったじゃん! なのに嘘ついて油断させて無理やり……ほんと信じらんないっ!」

「ご、ごめん……キィは無理やりなのが好きなんだと思って……」

 そんなこと言ったこともなければアピールしたことだってない。何考えてるんだか!

「まあまあ。キィちゃん落ち着いて」

 華宮先輩が間に割り込んで仲裁に入る。いくら先輩でも怒りに震える今の私は止められない。

「無理です。私、すっごく怒ってるんですから!」

「キィちゃんの気持ちは分かるわ。だからって感情的になってしまっては何もすっきりしないわ」

 それはそうかもしれないですけど……。

「今の話を聞いた限り、キィちゃんは裏切られたことに怒ってるってことでいいのよね?」

「はい。もうかんかんです」

「ということは、亜希ちゃんが今回の蛮行についてしっかり反省し、キィちゃんの気持ちをちゃんと理解できるようになれば全て丸く収まるはずよ」

 先輩は眼鏡の位置を直しながら、レンズの奥で切れ長の瞳を瞬きさせた。

「キィちゃんの気持ちを知ってもらうためにも……亜希ちゃんを縛っちゃえば?」

「「へ?」」

 不本意なことに、私と亜希の声がぴったり重なった。

今回は「市中引き回し」をしました。

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