ext.画期的な試験勉強
途中まで書いて放置してた話があったので、今更ながら投稿します。
中間テストが控えているせいか、休憩時間だというのに教室の雰囲気がいつもより大人しい。かくいう私も中学校生活初のテストに少しだけ不安を感じていた。
先生は不安になるようなことばっかり言う。成績が悪いと後々まで響くとか、ここが人生の分かれ道だと思えとか。どさっと重たいものがのしかかったみたいに気分が沈む。
「縄文時代ってなんかときめくよね」
後ろの席で亜希がおかしなこと言ってる。変なことばっかり考えてるとテストで痛い目見るよ。
「キィの身体にも縄目模様つけてあげよっか」
「……もう」
せっかく休み時間を消費して勉強しているのに、全然集中できない。私はシャープペンシルをノートの上に投げ出した。腕を伸ばして身体の凝りをほぐす。
亜希のせいで肌に食い込む縄の感触を思いだしてしまった。ぎゅっと締めつけられて腕を動けなくされてしまう時の緊張が心をくすぐる。
だめだめ。余計なことは考えないようにしないと。
「亜希、問題出してあげる」
「えー」
次の授業が始まるまで、一問一答形式で何問か出したけど、亜希の正答率は意外と高かった。余裕な態度が見せられるのはしっかり勉強できているからなのかもしれない。
焦りは増すばかり……。
放課後になると、亜希が私の腕をしっかりつかんできた。また人前でべったりしてきて、恥ずかしいったらない。
「行こう?」
「だめ。今日からテストの日まで、帰って勉強する」
「そんなに根詰めるほど難しくないじゃん」
亜希が天才肌を光らせる。
「私は頭悪いし。少しでも頑張らないと分からないのっ」
「そんなことないって。キィは大丈夫だから安心して」
「だめったらだめ。勉強する!」
亜希はどうせ勉強が苦手だろうと思ってただけに、私の中で危機感というものが芽を出してしまった。
思えば自宅学習なんて宿題以外のことは何もしていない。こんなことではきっと悪い点数を取ってしまう!
「真面目なのもいいけどさ、お楽しみを我慢して集中できんの?」
亜希は私の腕を抱き締めたまま言った。
確かに、このまま帰っても後悔してしまうかもしれない。身体を締めつけられる感覚が恋しくなって、縛られた時の妄想をして――。
「ううぅ……」
勉強しなきゃいけないのにって思うほど、私の身体が縄を求めてしまう。
亜希の口車に乗ってはだめ。分かっているのに心が収まらない。
「ね。キィには私が必要でしょ」
耳元で囁かれる甘い誘惑。
もう何も考えられない。私はこくりと頷いて、二人で一緒にいつもの場所へと向かった。
結局はいつものように、亜希の思い通りになってしまった。
同級生の子に心の弱さを掌握されて、自由も時間も奪われて……考えれば考えるほど、目を閉じて感情に意識を向けるほど、心地いい屈辱が全身に染み渡る。
ぎちぎちと音を立てる縄の締めつけに、私を抱き締める亜希の腕に、この上ない幸福を感じている。
「ああん、もう……勉強しなきゃいけないのに……」
「そんなに不安なの?」
「だって、点数が悪かったら塾に行かされるかもしれないし」
そうなればこの楽しい時間もかなり制限されてしまう。私はそれがイヤで仕方がないのだ。
「なんですって! それを早く言いなさいよ!」
いきなり目を丸く見開いた亜希は、慌てたように鞄からあらゆる種類の教科書を取り出した。
「ほら、範囲のとこ読むよ」
「ひゃっ」
いきなり抱き寄せられたかと思うと、背後から伸びてきた手が教科書を広げる。
「この長ったらしい名前の太字、絶対出るから」
「う、うん」
その指で七文字熟語を示しながら、亜希の吐息が耳を優しく撫でていく。
あん、くすぐったい。
「ほら読んで。音読して」
「か、開墾した土地の所有を許可した、743年の……」
まさか縛られたまま試験勉強が始まってしまうなんて思いもしなかった。
しばらく教科書を読み進めていくと、後頭部に妙な違和感があった。
「キィの髪っていい香りがする」
いつの間にか私の髪に顔を埋めてられている。
嗅がないでよっ。
「亜希は勉強しなくていいの?」
「キィの声聞いてたら頭に入るから」
髪の中でもぞもぞ喋られるとむずむずして仕方がない。集中できないけど、いつものことながら抵抗しても無駄なんだ。大人しく読んでいよう。
一通り読み終えてひと息つくと、亜希はハチマキのような桃色の布を持ってきた。
「今読んだとこ、覚えてるかチェックしましょ」
言いながらハチマキで私に目隠しをする。視界がピンク色に染まってしまって、布の向こう側は何も見えなくなってしまった。
「問題です。743年に制定された、土地が何やらどうこう言う法律は?」
なんだかひどく適当な問いかけだけど、その答えは簡単に分かった。最初に読んだ所だから印象に残っている。
「墾田永年私財法っああんっ!」
答えた直後、空気を切り裂くような音が鳴り響き、私のお尻に鋭い痛みが走る。
「正解でーす」
「合ってるのになんで叩くのっ」
「キィにとってはご褒美でしょ。撫で撫での方が良かった?」
言いながら亜希の手が私のお尻に触れる。アフターケアのつもりか優しくマッサージしてくれるのだけど、ただこそばゆくて仕方がない。
「もう……じゃあもし間違ってたらどうするつもりなの」
亜希はしばらく思案したように唸ると、感情を見せない声で答えた。
「何もしない」
まるでそれが一番の罰であるかのように。
やっぱり亜希は私のことをいじめられ好きな人みたいに思っているのかな。確かにそうだけどさ……。
それからもついつい真面目に問題を解いていき、その度にお尻を叩かれた。
ちゃんと正解しているのに叩かれて、その理不尽な刺激が私の心を揺さぶっていく。
まるで痛みがご褒美なんだと教え込まれているみたいに、いつもそれを求めてしまう。
「あん……」
たまに間違えてしまうと、お尻が寂しくてひどく切ない気持ちになる。
こんなの普通じゃない。叩かれたいだなんて考えちゃいけないのに。本当なら考えるはずがないのに……。
もしこの気持ちの変化が亜希の狙い通りなのだとしたら、それは感心するべきなのか、それとも恐怖を覚えなければいけないのか、今の私には分からなかった。
「キィは本当にいい子ね。よしよし」
「こらっ、だめだって……」
またお尻を撫で始める亜希に、あまり強いことは言えない私。
何も見えないせいで、亜希の手にこもった優しさをより確かに感じた気がした。
「もう今日は終わりにしよっか」
目隠しが外されて久しぶりに見た外の世界は、いつの間にか夕焼け色に染まっていた。
縄が解かれて気持ちが緩む。締めつけられていた身体には深く余韻が残り、お尻に受けた屈辱もあって、気持ちが元に戻らない。
「キィ、大丈夫?」
「ん……」
亜希の両腕が私を捕らえる。その温かい胸に抱き寄せられて、私は自然と亜希の背中に腕を回していた。
女同士で抱き締め合うなんて、中学生にしては変かな。
でもこれが一番落ち着く。
テストの結果だけど、なんだかんだで亜希の教育がかなりの成果を上げたようだ。
苦手だった暗記科目で満点を取ってしまった。
「キィには感謝してもらいたいもんだわ」
亜希はどこか不満げな様子。結局私の方がいい点を取ったから、悔しくて拗ねてるんだと思う。
本当、すごく感謝してるよ。ありがとうね。




