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ext.亜希と兄貴の休日

亜希視点で描く番外編です。

キィがハマちゃんと遊んでいる間に、亜希はとんでもない体験をすることになります。

 キィの水着緊縛は私にとって思いのほか衝撃的だった。特にあの太腿だ。キィは普段着でさえ露出を避けているからなかなかお目にかかれる機会が無かったのだけど、大福みたいに柔らかくてふわふわした太腿が私の心を挟んで離さない。

 ああ、縄さえあればあの脚を縛ることもできたのに……。残念ながら私の麻縄は上半身を縛るだけの長さしか持ち合わせていない。かと言って上半身を自由にさせたまま脚を縛ったって楽しくない。

 新しい縄がほしい。キィの太腿に頬ずりした時、私はその思いを強くしていた。

 お小遣いは十分貯まっている。これだけあれば買えるだろうというぐらいの額を、たった今口座から下ろしてきた。

 私は自宅に帰ってくるなり、居間でテレビを見ながらかき氷を食べている兄貴に声をかけた。

「ねえ兄貴、また縄売ってよ」

「あ?」

 呆気にとられたような顔を向けてくる。そんなに意外なことを言ったつもりはないんだけど。

「お前、股縄に興味あんの?」

「その『また』じゃないわよ、ばか!」

 何を考えているんだか。兄貴の脳みそは一度洗濯されて汚れを落とすべきだと思った。

 だけどまあ、仕方のない部分もあるのかもしれない。兄貴の稼ぎはもっぱらSM趣味によるもので、モデルの女の子を縛っては撮影し、その動画をネット販売して生計を立てている。兄貴のサイトは結構評判が良いらしいけど、インターネットを使わせてもらえない私には本当のところよく分からない。

「冗談だってば、じょーだん」

 ほとんど溶けきっていた氷をスプーンで混ぜながらにっこり笑う。兄貴の趣味を知るまでは爽やかでかっこいい自慢の兄だと思ったこともあったっけ。今は爽やかなセクハラ野郎だと思ってる。

「つーかこないだ売ってやった縄はどうした。失くしたのか」

「あれ、短くて上半身しか縛れないもん。足も縛ってあげたいから、もっと縄が要るのよ」

「ふーん」

 興味無さげな生返事だ。なんか腹が立つ。

「そういやキィちゃんって言ったっけ、お前のお気に入り。ちゃんと俺の教えを守ってんだろうなぁ?」

「もちろん。パートナーを大切に……でしょ?」

 今年の春、一人の女の子を縛りたいと兄貴に打ち明けたら猛反対された。素人がやっていいことではないと、いつになく厳しい態度にちょっぴりビビったのを今でも鮮明に思いだせる。必死に頼み込んで、兄貴の指導を受けることを条件にようやく許してもらえた。その時に教わった心得の一つが、縛った相手を尊重するというものだったのだ。

「キィは私の親友で、宝物よ。粗末にするわけないじゃん」

 本当は何度かキィの気持ちを無視して怒らせて挙句の果てに仕返しまで受けたことがあるけど、それは内緒にしておく。

「だから縄ちょーだい」

「やなこった」

「なんでっ。縄なんていっぱい持ってんじゃん。お金なら払うからさぁ」

 兄貴がSM用の麻縄じゃなきゃ人を縛るなって言うから、ホームセンターで買わずにお願いしてるのにっ。

「金は大切にしろ。服でも買っとけ」

「嫌だ。縄が欲しい」

「だめだ」

「だから、なんでよっ」

 兄貴はかき氷を飲み干すと、空の器を持って立ちあがった。そのまま台所へ行くのかと思ったら、私の前に立って真面目な顔をしている。

「俺はお前の保護者だ。これ以上余計なことを吹き込むわけにはいかないんだ」

 ちょっとした事情があって私は兄貴と二人だけで暮らしている。だから兄貴には私の身を預かる大人としての責任があるのかもしれない。

 だけど私だって譲れない。縛りの楽しみを知ってしまった以上、もう止まれない!

「……はぁ。分かったよ。売ってやる」

 私の必死な思いを込めた熱視線が兄貴の心を動かした。やったやった、私の勝ちだ。

「ありがと、あーにきっ」

「気持ち悪い声を出すな」

 可愛い妹を持つと兄貴も大変だね。

 はやる気持ちを抑えきれない私は、急いでいるわけでもないのにそそくさと財布を取り出してお金の用意をする。

「こないだと一緒で、五千円でいいよね?」

「金はいらない。身体で払え」

「……は?」

 なにを言ってるんだろうこのボケは。

「亜希、今からお前の身体をがんじがらめに縛りあげる。その上で俺の出すいくつかの条件をクリアできたらお望みの縄をくれてやる」

「ちょっとちょっと、なに言ってんの……」

「嫌ならいいんだぜ。縄は二度とやらねえから」

 どうやら私が嫌がりそうなことを条件にして諦めさせようとしているらしい。だけどなけなしのお小遣いを使わないで済むのだから、私にとってはむしろ願ったり叶ったりの提案だ。

「いいよ、どうぞ縛ってください。そんなの平気だから」

「本当にやるのかよ。いいのか?」

「だからいいってば。早くして」

 もったいつけられるのは嫌い。

「では早速一つめの条件だ。水着に着替えろ」

「はいはい、水着に……はぁ!?」

 なにを言ってるんだろうこのアンポンタンは。水着姿の妹なんか見て何が楽しいんだか!

「嫌ならいいんだぜ。俺はなーんにも困らねえから」

 余裕の態度で文字通り見下す姿勢をとってくる。なんて腹の立つ顔なんだ。

 私はこんなことでは諦めない。家の中で、それもこんな変態兄貴の前で水着になるなんて気持ち悪いにもほどがあるけど、負けるもんか。

「ちょっと待ってて」



 早速服を脱ぎ捨ててスクール水着に着替えたはいいものの、夏とはいえこんな格好だとスースーして落ち着かない。考えてみれば裸に布一枚をぺったり貼り付けてるだけなんだから心許ないのは当たり前だ。

 気が進まないまま居間に戻ってくると、そこには縄を持った兄貴が待ち構えていた。

「ほら、後ろを向け」

「なによ偉そうに。変態。シスコン」

「何とでも言え」

 兄貴に手首を掴まれると、強引に背中へねじ曲げられた。肘より高い位置で手首を交差させ、厳重に縛られていく。

 さすがこれ一つで稼いでるだけのことはある。深呼吸を一度する間に胸まで縛られて、あっという間に高手小手縛りが出来上がった。

 そういえば兄貴に縛られるのは初めてだっけ。緊縛の練習台にさせろなんて言われそうで言われたことがないし、兄貴も妹に縄を掛けるのは気が進まないのかな。

「次は脚だ。そこに座れ」

「はーい」

 ソファの上、ふわふわのクッションにお尻を埋め込んで両脚を差し出す。足首、膝ときて太腿の三箇所を縛り合わせられたので、立ち上がることさえ簡単にはできなくなってしまった。

「では二つ目の条件を発表します」

 兄貴は穴の空いた箱を持ってくると、中に腕を突っ込んで歌い始めた。

「何が出るかな、何が出るかな」

「くじで決めんの?」

「これは個人的なプレイで使ってるもので、命令ボックスって言うんだ。公序良俗に著しく反する内容のものは抜いてあるから安心しろ……よし、これに決めた」

 取り出されたのは折りたたまれた紙切れだ。それを広げると、自分で作ったくじのくせに驚いた顔をした。

「二十四時間、縛られた状態で生活すること。長時間の耐久プレイだ」

「なんですって!」

 明日のこの時間までずっと縛られたまま……。

「トイレとかお風呂はどうするのよっ。行くなって言うの?」

「いつもならトイレも風呂も俺が手伝ってやってるんだが、お前の世話なんかしたくないしなぁ。しょうがないから必要な時は解いてやるよ」

「む……」

 それならなんとかやれなくもなさそうだ。明日は日曜日で休みだけど、出かける予定は組んでいない。

「最後の確認だ。本当にやるか?」

「もちろん。私がやめるって言っても解かないでよね」

 リタイアする気はさらさらないけど念の為に言っておく。くすぐられたりして無理やり言わされることもあるかもしれないし。

「……分かったよ。このカウントダウンタイマーが鳴れば終わりだからな」

 兄貴がテーブルの上に置いたデジタル時計には「24:00:00」と表示されている。てっぺんのボタンを押せば動き始めるやつだ。

「スタート」

 時計が動き始めた。

 しばらく秒単位で時の流れを観察して、すぐに退屈になる。縛られたまんまじゃ何もできないから暇の潰しようもない。

「兄貴、テレビつけて」

「自分でつけろ」

 ケチ。

 ぴょんぴょん飛び跳ねていけば自分でできないこともないけど、兄貴の前でそんな格好悪いことはやりたくない。からかわれるに決まってるんだから。

「別にいいし。ふん、なによ」

 少しでも身体がよじれた時、縄が至るところでギチッと音をたてる。縄の締めつけが強くなったような錯覚がした。変な仕掛けとかされてないでしょうね……。

「そうだ。亜希、もし縄抜けできたらクリアってことにしてやるぞ」

 そんなことできるわけない。私だってプロとしての兄貴の腕は認めてる。本気で縛ったのなら抜けられるはずがないのだ。

「もしかしたらするっと解けるかもしれないぞ?」

 にやにやしてて嘘くさい。どうせ縄抜けできないって思ってるくせに。

「んっ、んう、このっ!」

 物は試しにと挑戦してみたけれど、縄が緩むどころか余計に食い込んできた気がする。私の心は早くも折れてしまった。

「できないよ……」

 兄貴の縛りは完璧だった。きつく縛られているはずだし締めつけられる感覚もあるのに、身体のどこも充血しないし痛みなんかまるで感じない。

 まるで縄に優しく抱きしめられているみたいで、ちょっとは気持ちいい、かも……。

 私もこんな縛りができるようになったらキィは喜ぶだろうなぁ。これが終わったらもっと縛りのコツを教えてもらおうか。兄貴が素直に教えてくれるかは分からないけど。

「俺は買い物に行ってくるから頑張ってろ。これ、喉が渇いたら飲んどけよ」

 溢れそうなくらいに水が入ったビールジョッキが目の前のテーブルに置かれた。飲みやすいように曲がるストローが差し込んである。

「脱水症状には気をつけるんだぞ」

「はいはい」

 支度を済ませると兄貴は早速外へ出かけた。行きつけのスーパーにでも行ったのだろうから、帰りは三十分後ぐらいかな。

 退屈しのぎにストローを咥えて水を飲む。すると思っていたよりも喉が渇いていることが分かり、ごくごくと飲み続けていった。常温の水が次から次へと身体に染み込んでいく。

「んあ、なくなった」

 多めに用意してくれていた水を全て飲み干してしまい、ジョッキがすっかり空になった。兄貴が帰るまでは節約しながら飲むべきだったかな……。

 額から伝わった汗が頬を濡らす。こんなに暑いのに兄貴はクーラーもつけてくれない。耐えかねた私は床に下りて、芋虫のように這うことで扇風機の前に移動した。そばに落ちていたリモコンを後ろ手につかんで電源ボタンを押す。

 扇風機は何の反応も示さない。もしやと思ってコードを目で追うと、コンセントが抜け落ちていた。

「もう、最っ悪」

 身体を伸ばして天井を仰いだ。押しつぶされた腕が痛くなってすぐに横を向く。

 しーんと静まり返っている。今この部屋には私の他に誰もいないから、何が起こったって縄を解いてはもらえない。

 もしもたまたまうちに泥棒が入ってきたりしたらどうなってしまうのだろう。私みたいな美少女が水着姿で縛られているのを見つけられたら、何をされるか分かったもんじゃない。

「んっ……」

 吐息が漏れる。

 ふと、キィの姿が思い浮かんだ。もしもキィに私の緊縛姿を見られたらどうしよう。兄貴が玄関の鍵を掛け忘れてて、たまたま気まぐれで訪ねてきたキィが入ってきたりしたら……そんなことはにはならないとは思うけど、私の想像は止まらなかった。

 家ではいつも縛られているんだと変な誤解をされるかもしれない。これを機に立場が逆転してしまって、放課後も毎日縛られてはいじめられるようになってしまうかもしれない。

 怒ったキィが私を縛りあげた時の、勝ち誇ったような笑みを思いだす。あの顔を見ると妙にドキドキさせられる。いつも縛っていじめていたキィに無抵抗な姿を晒すことがこの上なく私の心を締めつける。

 私って、本当はMなのかな――。

 ぎちぎちと縄が肌に食い込んでいく。痕になっちゃうかもしれないけど、別にいい。精一杯この身をよじらせて縄の感触を確かめる。

「はぁ、はぁ……」

 部屋には私しかいない。目を閉じて溜まった息を吐く。

「んんっ、はぁん……」

 いやらしい声を出すと今まさに襲われているかのように錯覚する。身体を動かせない分だけ、私の頭は余計な想像ばかり繰り返してしまう。

 切ない気持ちがじんわりと染みていくようだった。

 キィのことはいつも私から抱き締めてるけど、抱き締められるのも好きだ。自由を奪われて心細くなっているところをあのふわふわした身体が包み込んでくれる。キィの胸に顔を埋めて、頭を撫でてもらいながら優しい声をかけられる。これ以上の幸せなんてきっとない。私がキィを縛るのは、キィに縛られたいからなのかもしれない――。

「変な声出すなよ。何やってんだ」

「はひっ……あ、あにき……!」

 いつの間に帰ってきたのか、買い物袋を片手に提げた兄貴がそばに立っていた。寝転がっている私を見る目は冷ややかだった。

 聞かれた。あんな声を聞かれたら私が恥ずかしい妄想に浸っていることが丸分かりだ……顔の表面だけがぼっと熱くなる。

「これ飲んでろ」

 兄貴は五〇〇ミリリットルもある紙パックのジュースに付属のストローを刺し込んで目の前に置いてくれた。私が好きなオレンジジュースだ。

「うん……」

 もう何も喋りたくない。何も無かったことにしてほしい。私は会話をしなくていいようにストローを咥え続ける。

「で、何を想像してあんな声出してたんだ」

「っ! けっほ、けっほ」

 無かったことにはしてくれなかった。ジュースが気管に入りかけた。

「お前も年頃だからなぁ。好きな男に縛られるところでも想像したか?」

「違うわよっ。好きな男子なんかいないし……」

「じゃあ、キィちゃんしかいないな。お前の頭の中ではキィちゃんと何してたんだよ」

 兄貴がにやにや笑ってる。私が赤くなっているのを面白がってるんじゃないでしょうね。

「ふん、ばーかっ。知らない!」

「そういうこと言うか。口の悪い奴だ」

 兄貴が私から離れていく。買ってきたものを片付けるようだ。

「……う」

 いくら暑くて汗をかいていたとはいえ水分をとり過ぎたかもしれない。少しずつ尿意が押し寄せてきた。だけどばーかだなんて言ってしまった手前、トイレに行くから縄を解いてほしいとは頼みづらい。

 ほとぼりが冷めるまで我慢しよう……。

「おっ、もう一時間経ったのか。またくじを引かないとな」

「……は?」

 なにを言ってるんだろうこのオタンコナスは。

 兄貴は最初に引いたくじが入っていた箱を持ち出してきた。わくわくするような顔で手を突っ込んでいる。

「だって退屈だろ。一時間ごとに引くことにしたから。くじの命令に従わなきゃ縄はやらねえぞ」

「勝手に変なルール付け加えないでよ、この卑怯者っ!」

 冗談じゃない。二十四時間縛られたままになる命令だけでもきついのに、これ以上何をさせようというのか。

「何が出るかなぁっと、これに決めた。……なんだ、これか。つまらんなぁ」

 兄貴はくじを開けてしらけた顔をしているけど、大したことが書かれていないみたいで私はほっとした。何でも思い通りにいくと思ったら大間違いなんだから。

「口を開けろ」

「え? あっ」

 油断した隙を突かれ、黒い皮のマスクで鼻から顎までを覆われた。マスクの内側には大きな出っ張りが付いていて、私の口を無理やりこじ開けたまま閉じられないようになっている。

 頬にベルトが通されたかと思えば、後頭部でかちっと音が鳴った。鍵を掛けられたのだ。

「あがっ、ああんっ!」

 慌てて顔を振り回すもマスクが外れそうな気配は無い。息が苦しい。舌で出っ張りを押し出そうとしても隙間さえ空けることができない。

「次のくじを引く時には取ってやるよ。一時間後だ」

 血の気が引いていく。これから一時間も息苦しい思いをしなければならないってだけでも厳しいのに、そのうえ尿意を催していることさえ伝えられなくなったのだ。今はまだ大したことはないけど、一時間後までに耐えられるかどうか自信が無い。

 ジョッキ一杯分の水と五〇〇ミリリットルものジュースを飲んでいるのだから、尿意がどれだけ成長するのか考えるだけで恐ろしかった。

「ああっ、あぐああぁっ!」

「はっはっは。ばーかばーか」

 私に馬鹿呼ばわりされたことを根に持っていたみたい。何も言い返せないのをいいことに愉快そうな顔で罵られた。

「ばーか。あほー」

「あぐっ、ううぅ……」

 こんなに悔しかったことがかつてあっただろうか。いつもなら腹を一発ぶん殴ってやったのに、今の私では言い返すことさえできない。

 ムカつくムカつくムカつく……。

「なんか面白くなってきたなぁ。どれ、もう一個くじを引いておくか」

「ああぁっ!?」

 一時間に一回って言ってたでしょうがっ!

「引いたぞ。どれどれ……」

「あがぁっ、あぐあぁっ!!」

 縛られている身からすれば調子に乗って遊ばれることがどれだけ恐ろしいか、心の底で思い知らされていた。

 ふと時計を見る。こんな生活がまだ二十三時間も続くなんて、本当に耐えられるだろうか。

 ちょっとずつ後悔が募っていく。こんな挑戦、するんじゃなかったかな……。



 私の赤い首輪から伸びた手綱の先を兄貴が握っている。部屋の中を散歩しようと言うのだ。上から下までしっかり縛りあげられたこの身体でどう歩けというのか。

「ほら、早く行けよ」

「あぁんっ」

 口を塞ぐマスクに言葉を奪われているせいで悪態の一つもつけられない。

「あんっ、あぁっ」

 これが今の私に言える精一杯の悪口だ。ちなみにバカ兄貴って言った。

「お、犬の鳴き真似か。そっくりだな」

 手綱を後ろにぐいっと引っ張られる。逆らっても首が苦しくなるので顔を上げないといけないのに、床を這っていかなきゃ散歩は終わらない。

 膀胱に意識を向ける。もうあまり時間は残されていない。こんなことになるなら水もジュースもあんなに飲むんじゃなかった。兄貴は親切にしてくれたつもりなのかもしれないけど、今となっては巧妙に仕組まれた嫌がらせとしか思えない。

「うぐっ、あうぅ……」

 このまま兄貴の前で漏らしてしまうのだろうか。動けない、喋れないんじゃあ仕方ないよね。

 自分に言い聞かせて身体の力を抜く。せめて自然に流れ出てしまうまでは我慢しようかな。

 手綱を引っ張られても無視してやった。首が苦しいけどそれ以上に動きたくない。込み上げる何かが目に溜まっていく。泣きそうだ……。

「もうやめたいか?」

 兄貴が顔を覗き込んでくる。

 恥ずかしい声まで聞かれたのにこのままやめてしまえるはずがない。だけど頷けば縄を解いてもらえそうな雰囲気だ。

 これも仕組んだことなのかな。飲み物をたくさん飲ませてから口を塞いで、やめたいかと質問する。首を横に振ればこのSMプレイは続行されてトイレに行けない。頷けばリタイアしたことになって縄はもらえない。

 漏らしてしまったら兄貴とは今まで通り普通に接することができなくなる気がする。二人で暮らしてるのに、そんなギスギスした関係にはなりたくない。

 もう嫌だ……。

「……しょうがない、か」

「う?」

 いきなりのことで何がなんだか分からなかった。兄貴が私を縛る縄の結び目を解き始めた。

 縛るだけでなく解くことにも慣れているらしい。あっという間に私は身体の自由を取り戻した。

 首輪も口枷も忘れず外してくれる。どういうことだろう。

「ほら、トイレ行ってこいよ。漏らしちまうぞ」

「うん……」

 とりあえず考えることはやめてトイレに行くことにした。

 無事に用を足してほっとすると、今度は兄貴がどういう魂胆なのか考えて不安になった。何か悪巧みしてるんじゃないだろうか。あの陰湿な馬鹿兄貴なら考えられる。

 居間に戻ってくると兄貴はソファに腰をかけてテレビを見ていた。テーブルの上に綺麗に束ねられた縄が転がっている。

「やるよ、それ」

 それ、と言うのは……縄のことでいいのかな。

「なになに、どういう風の吹き回しよ。逆に不気味なんだけど」

「今日のは釘を差しておこうと思っただけだよ。お前はすぐ調子に乗るからな。ほっといたら友達を泣かせそうで、心配だったんだよ」

 キィのことを言ってるんだ。

 私は言葉に詰まった。なんて言ったらいいのか分からなかった。

 しばらく沈黙した後で縄を手に取る。何か言わなきゃいけないと思いつつも言葉が出てこない。

 ここは素直にありがとうと言うべきだろうか。違う気がする。もっと兄貴に言っておくべきことがあるはずだと思った。

 何だろう、何だろう――

「兄貴っ」

「な、何だよ」

 勢いに任せて口から飛び出したのは、自分でもびっくりするような台詞だった。

「気持ち良くなる縛り方、教えてよ」

「……はぁ?」

 本当は兄貴に安心してもらいたくて言葉を選んでいたはずなのに、どうしてこんなことに……。

 もう引くに引けなくない。やけっぱちになった私は兄貴に背中を向け、腕を交差させるように組んで見せる。

「せっかくキィが相手してくれるのに、粗末な縛り方はできないでしょ」

「……確かにそうかもしれないな」

 兄貴は縄を奪い取ったかと思うと私の腕に巻きつけていった。すごく丁寧に、相手を思いやる気持ちが伝わってくるようだった。

「いつまでもそんな格好で、風邪引いても知らないぞ」

「今夏だし、馬鹿じゃないんだから引かないって」

 休み明けに一週間も治らない高熱を患ったのは別のお話……。

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