14.たまにスイッチが切り替わる
登校して自分の席に着くなり、私は深い溜め息を吐いた。後ろの席がまた空っぽだったからだ。
亜希は今日も休むらしい。これで欠席が五日以上続くことになる。いつも元気に振る舞ってるから分からなかったけど、意外と病弱な子なのかもしれない。
「キィちゃん、おはよ」
「うっ、おはよう……ハマちゃん」
突然の天敵の登場に身構えたものの、さすがに今からくすぐってくるつもりはないみたいだった。
私は心の中で安堵しながらほくそ笑む。すぐにでもホームルームが始まるようなギリギリの時間に登校してきた甲斐があったというものだ。
「今日は一緒に遊んでくれるよね?」
それにしても、小さい身体からは信じられないほどの威圧感がハマちゃんから押し寄せてくる。
「ね?」
怖い……。
この時間はなんとか乗り切ったものの、ホームルームが済んで担任の先生が姿を消した直後、吉野さんの迅速な行動を読み切れずに捕まってしまった。私を逃がしたら罰があると思ってか、羽交い締めする腕の力が強い気がする。
「さてキィちゃん、いよいよお楽しみの――」
「あのっ、私、お手洗いに行きたくてずっと我慢してるんだけど……」
「む」
そう言うとハマちゃんは拗ねたような顔をしながらも、渋々と言った感じで言った。
「……いいよ」
行かせてくれるみたい。吉野さんが腕を離してくれたので、私はそそくさと教室を出ていく。
やったやった、また逃げられた。本当はもよおしてなんかいないんだよねー。
だけど次の授業までどうやって時間を潰そうかな。教室を出ちゃったから会話する相手もいないし……。廊下で窓の外を眺めながら考えていると、誰かに声をかけられた。
「キィちゃん」
吉野さんだ。なんだか申し訳無さそうに、恐る恐るといった態度をとっている。
「いつもごめんね? でも私、キィちゃんを捕まえてないと……」
「吉野さんがくすぐられちゃうんでしょ。ハマちゃんって意外と怖いよね」
どうしてそれを知ってるの、と言いたげに吉野さんは驚く顔をした。
そう、私を逃がすとハマちゃんによるおしおきが待ち構えている。だから吉野さんは必死になって私を捕まえようとするのだ。
今でこそまんまと逃れられたけど、放課後になる頃には策も無くなって、ハマちゃんから逃れることはひどく困難になっているだろう。どうにかしないとなぁ。
私はどうするべきか考えて、思いついた。
ハマちゃんに懲りてもらう良い作戦がある。
「吉野さん、ちょっと協力してくれない?」
「えっ、何を……」
「今日の放課後なんだけど……」
ひそひそと詳細を伝える。全て話すと吉野さんは目をキラキラさせて頷いた。
これでよし。ふふっ、放課後が楽しみになってきた。
昼休み。例の作戦は一度きりの大勝負……まだ実行には移さない。
私は打ち合わせ通り吉野さんに羽交い締めを許し、ハマちゃんのくすぐりを甘んじて受け入れる。
「キィちゃん、覚悟してね」
「ちょっとは手加減してね……?」
とても優しくは見えない愉快げな笑みを浮かべるだけでこの小さな悪魔は返事もしてくれない。ハマちゃんの華奢な指がそっと私の脇腹に押し当てられる。
「あひゃっ」
思わず声が出てしまった。その指先はぐるぐると同じ箇所を這い回る。
「ひぃっん……っ」
「ここが弱点なんだよね。キィちゃんは」
「っ、ちがう……」
「へー。じゃあどこが本当に弱いんだろう? 探さなきゃ」
やるならひと思いにやればいいのに、ねっとりと触ってばかりで全然くすぐろうとしない。私の反応を見て面白がってるんだ。
「ねえ、わざとやってるでしょ……! ひうっ」
「なにがー? 私はキィちゃんが言うから手加減してあげてるだけだよ」
ハマちゃんの指は脇腹の上から下まで繰り返し撫でてくる。こんなちびっ子なんかにいいようにされて、何に抵抗もできないのが悔しい……。
苦しまぎれに力いっぱい身をよじらせるけど、吉野さんの力強い拘束のせいでこの妙な刺激からは少しも逃れられない。
ふとクラスメイトの視線が気になった。私達を見ている人がたくさんいる。はしたない声を出している姿が、こんな大勢の目の前で……。
恥ずかしい思いに耐えながら、時間が過ぎてくれるのを待つしかなかった。
「くっくくく……!」
こみ上げる笑いが止まらない。
くすぐられているからってわけじゃない。待ちに待った放課後がようやく来てくれたんだ。にやにやが収まらなくってしょうがない!
「キィちゃん」
それはハマちゃんも同じらしい。私を思う存分いじめる気の顔をしている。
「放課後も逃げないでよね」
「うん……もう逃げない」
ハマちゃんの後ろをついてきている吉野さんと目を合わせた。アイコンタクトで意思を伝え合う。
作戦、実行だ。
「吉野ちゃん、またキィちゃんを捕まえといてね」
「ううん。私が捕まえるのはキィちゃんじゃないよ」
「……え?」
吉野さんの腕がハマちゃんの脇を抱えあげる。決して逃げられないようにがっちりと、いつにも増して力強い羽交い締めだった。
「ちょっ、違うって! 私じゃなくてキィちゃんを捕まえるの!」
「何にも違わないよ」
じたばたと暴れるハマちゃんに、私は心の底から勝ち誇ってみせた。
攻守逆転だ。
「私達ばっかりくすぐられて不公平だもんね。ハマちゃんもたっぷり同じ目に……いーや、それ以上の仕打ちをしてあげる」
昼休みと違って、放課後はいくらでも時間があるもんね。
ああ、想像するだけでぞくぞくする。涙目になりながらもよがるしかないハマちゃんの姿が見たくて仕方ない。
「キィちゃん? 目が怖いよ……?」
「ハマちゃんにいいこと教えてあげる。確かに私はMかもしれないけど……今はすっごくSな気分だよ」
私は手をハマちゃんの脇に埋め込んだ。
「あひぃっ!」
「謝ったって許してあげない。私と吉野さんの気持ち、しっかり噛み締めてね」
「きゃはははははだめえええ!!」
指をちょっと蠢かせるだけで気持ちいいくらい喘いでくれる。
「お願い、ごめんなさいっ、許してええええええええっ!!」
だめだめ。夕方までの約二時間、しっかりくすぐってあげるからね。二度と変な気を起こさないようにたっぷりお灸を据えるとしよう。
しばらくして、ただくすぐるのにも飽きてきた私は、脇腹に指の腹を当ててそっと撫であげることにした。するとハマちゃんはの身体はぶるっと震えて、だんだんと顔を赤くしていく。
「ううぅ……んんんっ」
反応が変わった。小さな喘ぎ声を出すようになった。
「あっ、うう……んっ、ああっ」
普通にくすぐるより面白いかも。
ハマちゃんは私の魔の手から逃れようと身じろぎしているけど、吉野さんの羽交い締めが強力で、腰を左右に振るだけのことしかできないようだ。その無力な様が見ていて楽しい。
今度は耳元に息を吹きかけてみる。
「はぁっん……」
いやらしい声。なんだかドキドキしてきた……。
「キィちゃん、だめ……もうしんどい……」
懇願するハマちゃんの言葉を無視して、私は構わずにこの行為を続けた。
もう、自分でも止められなかった。
この物語は次回で最終回となります。




