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「え……?」
渡されたそのワンピースを見て、ちょっと驚いてしまう。
「どうした?」
固まって動かない私を怪訝そうに見つめた後その服を見てまた視線を戻す。
「気に入らないか?」
淡いピンクのノースリーブのワンピース。花の刺繍とビーズがちりばめられた白のレースが重ねられていて美しい。それでも、私が盛装として着るには地味な装い。
けれども普通のデートに来て行くには些か豪華な。
(鈴葉さんが、昨日来て出かけた服と同じだわ……)
昨日と言うべきか、今日と言うべきか……。
ショールを着ればそのまま知人の結婚式にでも出席出来そうなドレスに、普通のサマーカーディガンを羽織らせて、まるで普段着にしている。そうすると、ちょっとおめかし程度に見えるから不思議だ。
「いいえ、可愛らしいお洋服ですわね」
それを着て心躍るほど、何時もの服より豪華だというわけでは決して無い。
寧ろ、どちらかと言えば地味な装い。
素敵とは表現出来ない、可愛らしいお洋服。
「盛装とは言っても、真神の家で育ったわけじゃないからな。これくらいが丁度良いだろう」
まぁ、確かに真っ当な服装をしてくれば、これだと浮くということもないだろう。
「そうですね」
(けれどもどうせ、雷斗さんは来ませんわ)
彼は水族館へ行き、そして夕食の後、映画を見て帰るのだから。
それでも指定の時間前に言われたとおり待ち合わせらしい場所に行く。
カチカチカチ―――
付き添いに来ていた木崎さんがこの上なく不愉快そうな顔をする。
「お嬢様、もう帰りましょう」
待ち合わせの時間になっても真神家の跡取り息子は顔を見せない。それは分かっていたことだった。時間を10分過ぎたところで木崎さんは既にそう言った。
待たされて2時間。木崎さんはもう7回ほど同じ台詞を口に上らせている。
相手の家の者はワタワタと慌てた様子を見せ、何処かへ電話を掛けたり、しどろもどろにこちらへ謝罪をしたり忙しそうだ。
そんな様子を見て思う。
(使用人が三流だわ……。)
真神家の使用人は決して三流じゃない。これは、真神雷斗と言う人物が、真神一族のなかでどれだけ軽んじられているのかと言うことを物語る。
(けれども、神名家の長女姫たる悠緋を待たせるなんて……)
真神一族から、雷斗を追い出すために神名家の長女を待ちぼうけさせるなんてリスクが高すぎるはずだ。
(真神智喜……一体何を考えているのかしらね)
本気で雷斗をこの場に引きずり出したかったのなら、真神ほどの財力を誇る家がそれを出来ないことはおかしい。雷斗と鈴葉のデートにはどんな邪魔も入らなかった。
(一体何の茶番なのかしら・・・)
暇だからと言って暇つぶしに本を読んで待つなどと言うことも出来ない。
人目を常に頭に入れた兄様からの徹底的なマナー教育がそうすることを許さない。
ただ木崎さんと話しながら相手の使用人たちがバタバタと慌てふためく様を観察しながら時間を潰すだけ。
「まだ待たれるのですか?」
ここで私が怒って席を立てば彼等は叱られるのかしら? それとも、ホッとするのかしら?
真神智喜と言う男は一体こちらのどんな反応を予想していて、そして兄様はどういう風にすれば満足なのかしら。
腹を立てて帰ることは容易い。待たされているのは悠緋ではなく、神名の長女たる私。朝来さんの妹であり、駒なのだから。
(なんて、ご無礼な……)
「ねぇ、兄様はなんと仰っていますの?」
当然の問いかけに、木崎さんは困った顔をする。
「まだ、何も。」
当然相手方が時間に来なかったことはあの人の耳にも入っただろう。けれども、何も言ってこないと言うことは……。
(待て、と言うことなのかしら? それとも、自分で考えろと?)
兄様の言葉を思い出す。夢の話を聞いてそれでも“会って来い”とあの方は仰った。
新しい指示が出ないということは、そう言うことなのだ。
「では、8時30分まで待ちましょう」
私の言葉に不満そうに一度ため息をこぼすと、一瞬で完璧な有能執事の顔になる。
「もし、兄様から何か指示があったら言われたとおりに。」
「お嬢様、そろそろお時間です」
8時30分まで待つ、と言った後は木崎さんは帰ろうとは一言も口にしなかった。
(本当に……有能ね)
相手側の使用人たちと比べたわけじゃないけれどその差は歴然としている。
何の収穫も成しに帰らねばならない私はどんな態度がこの場で一番適切なのかを考えた。
当たり障り無く相手の使用人頭に挨拶をして退席する。
本当は嫌味のひとつでも言ってやりたかったのだけれども。
今後のことを頭に入れるとどうとでも対応できる態度が都合が良かった。
後で破談にしたいなら憤慨すればいいだけのことなのだから。
「私はバスに乗って帰ります。貴方は先に帰っていて」
兄様は、会って来いと仰った。私は雷斗なる少年に会う方法を知っているのだ。
次のバスに乗れば良い。それに乗って雷斗と鈴葉はやってくる。
「は……?」
珍しく我が家の有能執事が言葉に詰る。彼がそんな風に驚いた顔を素直に見せたことに驚いたけれど。こちらは普段の表情の中にその驚きを隠す。
「いけません」
当然そう来るだろうとは思っていたけれど。
「何故?」
その理由も、彼がそう言わねばならない立場に在ることも知っているけれど。
「おひとりでバスだなどと……誘拐でもされたら、どうします」
嗜めるように言われると、幼い頃からの条件反射で言うことを聞いてしまいそうになる。
本当に使用人でありながら執事とは空恐ろしい生き物だ。
「されないわ」
にこりと笑って往なす。
主とは、我侭なものだ。その我侭を如何にして諌め、叶えるのか。主のどんな要求にも応えるのが使用人であり、そしてまた、主の身を守り通すのも彼らの役目である。
「いけません」
重ねて言う。私は今までにこの人に一体何度いけませんと、言われてきたのだろうかと。そしてこれから何度言われるのだろうかと。どうでも良い考えが頭を掠めていく。
「じゃぁ貴方も一緒にバスに乗る?」
もとより、一人でバスに乗れるなんて思っていない。
「バスだなどと・・・」
「いけません? でも私はバスで帰るわ」
続く筈だった言葉を取り上げて先回りして言う。
表情は変えずに、目に物を言わせる。
我侭娘から一瞬にして、上流階級の……神名家長女の顔になる。
「あなたさまの、おっしゃるとおりに」
バス停に停まるバス。
生まれてから今までに、本当は片手で足りるほどしか乗ったことは無いであろう乗り物に、なれた動作で乗る。
夢の中では、毎日のように利用しているそれ。
けれども、不思議に新鮮だ。
自分が座った場所を見る。
自分に酷く良く似た少女よりも、確かな存在感を持って視界に飛び込んでくるのは藍川雷斗と言う真神家の跡取り息子。
「――――!!!」




