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夢現  作者: 天月
2/8

カーテンに遮られた朝日が、顔の上に振ってくる。

毛布をちょっとだけ引き上げてクルンと寝返りを打ってまどろむ。

この時間が、とても好き。

右も左も、上も下も、分からない、関係ない。

フワフワと漂うような、夢に落ちていくような。目覚めに落ちていくような、この瞬間。

生まれる前の雛のような気分になる。

自分の名前すら意味を成さないような、平和なまどろみの中で、目覚めを待つその一瞬。

ひどく安らぐ。


(自然に目が覚めたのって、久しぶり……)

ぼんやりと天井の木目を見て、あぁ鈴葉なんだぁ、と思う。

目覚ましがなる前に起きちゃったのかな? その割には辺りが明るいような……と思いつつ時計に視線をやるともう目覚ましの時間はとっくに過ぎていて。

(あー・・・目覚ましセットするの忘れたかな。)

そう思って目覚ましを見ると、ちゃっかりと自分で止めた形跡がある。

「さて、今日はデートだったわね♪」

自分しか居ない部屋で、それでもごまかすように独り言を言いながら起きる。

昨日見た夢を思い出してクスクスと笑う。

「恥ずかしいくらいの乙女思考……」

自分の見る夢が、普通と違うって言うことには何となく気付いていた。

毎日毎日自分は夢の中で同じ名前で呼ばれる。登場人物とその役割も毎回同じだし、話の流れも筋が通っている。

夢の中では大きなお家で綺麗なお洋服を着て優雅に暮らしてる。

格好良いお兄ちゃんと、格好良い弟と、可愛いっていうよりやっぱり格好良い妹。

大事に大事に愛されて、大切にされて。まるでお姫様のように。

(そう言えば夢の中に鈴葉の知り合いって初めて出てきた、雷くん……。)

キャーキャーキャー。顔を抑えて一人で騒ぐ。しかも婚約者だよ?

そりゃ、出てきたって言っても写真だけだったけど。


キッチンに行くときちんとラップをした食事が置いてある。

(あーお姉ちゃん、お仕事だったんだ・・・)

それなのにご飯まで作らせちゃった……。

自分が夏休みだからって言っても社会人は普通に仕事なんだ。朝もぐうたら寝てて悪かったって思う。

飲み会で遅くなるって言うメモを見た。

几帳面で綺麗な文字で綴られた最初の出だし。

『鈴葉へ』なんてことはない普通のメモ。姉が妹へ向けた伝言。

「……鈴葉へ お姉ちゃんは飲み会で遅くなるけどちゃんとご飯食べるのよ。」

声に出して読む必要はないメモを、意識して声に出して読み上げた。

鈴葉と言う耳慣れた音。言いなれた音。幼い頃からいつも、一人称は自分の名前だった。

幾度と無く、繰り返し繰り返し呼ぶ自分の名前なのに。何故なのか、いつだって間違っているかのような気になる。

必要以上に幼いその癖を、私は死ぬまで直せないんだろうと思うと滑稽で。

水に濡れた犬がするようにプルプルと頭を振った。耳の横で結んだツインテールが犬の耳よりも大袈裟に揺れた。

意識的に気を変える、夕飯は雷くんと食べて帰ろうと思いながら約束の時間に間に合うようにご飯を食べてお洒落した。


「あーんっ!! 遅刻しちゃうよぉ~~~っ」

パタパタパタと走りながら、目的地に急ぐ。

折角のセットが台無しだ……まぁ自業自得だけど。

待ち合わせ場所には既に雷くんが居て、時計を見てはきょろきょろしてる。

「ら、雷くん、ごっ、ごめん~~~。」

私を見つけてにっこりと笑う、ああ、今日も雷くんは格好良い。

「鈴ちゃん!」

直ぐ傍に来て雷くんの袖を掴んでゼェハァと荒くなった息を整える。

「ち、遅刻しちゃった……」

クス、と笑い声が聞こえた。

「そんなに一生懸命走ってこなくても、大丈夫だよ。ありがとう」

遅刻した私に、ありがとうなんてチグハグなことを言いながら雷くんは笑う。

(あーんっ、格好いいよぉ)

走った所為じゃないドキドキがやって来る。

「やっぱり起きれなかったの?」

からかいを含んで言う。

今日の約束の時間もあんまり早くからだと起きれないだろうからってこの時間になったことを思い出す。しかも、家は本当は直ぐ近くなのに、我侭を言って待ち合わせ場所を駅前にした自分。うん、わざとじゃないけれど、間に合わなくて走るのも新鮮な感じ。いつもは迎えに来てもらって……準備できてなくても、家に上がって待っててもらってるから。

「ち、違うもん! ちょっと、夢で見たこと考えてて。」

「夢?」

(あ……。)

ハッとする、夢のことはあんまり話したくない。

恥ずかしいほどに乙女チックな夢。

本当はお姫様みたいな生活をしているあの女の子が、不自由だったり窮屈だったりすることも知っているけれど。けれどもそれでも、十二分に乙女チックには違いなくて。

「え、っと・・・あ、そうそう雷くんが出てきたんだよ!」

「え? オレが・・・?」

「うんうん、写真だけなんだけどね。スーツ来て、バリッと格好良かったよ」

夢の中の私と婚約したとか、そういうことは恥ずかしくて言えない。

「はは、スーツって。鈴ちゃんは……もしかして、年上趣味?」

「ええっ? そんなこ・・・!」

そんなことない、って。そう何気なく続けようとして。夢の中に出てくる木崎さんと言う名前の双子の執事さんを思い出した。

(……っ!)

「・・・・・・ふぅん、鈴ちゃんは、年上が、好きなんだ」

一言一言区切った台詞と目が怖い。

「ち、ちが! ただ、えっと、その……」

しどろもどろになる。慌てた時にもそれを顔に出さない夢の女の子を、こんな時心底羨ましいと思う。

「ただ?」

感情が読めない声で追及の手を緩めない。

「ただ、あと何年後かの雷くんを想像したの。」

それは、本当のこととは少しだけ違う気がしたけれど。けれども絶対に嘘ではないはずで。

あの双子を思い出すのは、ただ雷くんに似ているからって言う理由しかない筈だから。

夢の中のあの子でさえ、自分の執事さんたちを見るときに。雷くんに似ていると思いながら見ていることを知っている。

「っ・・・! あ、ありがと……」

雷くんが口元を隠す。ほんのりと目じりを赤く染めて、視線をそらして照れてる。

私……私も真っ赤になっている、きっと。


遊園地は凄く人が多かった。

開園前から来てたわけじゃないから、入り口付近では並ばずすんなり入れたんだけれど。

それでもどのアトラクションも待ち時間が長くて。でも、そんな待ち時間も雷くんと話しているだけで、全然苦にならない。子どものころは、乗り物に乗れない退屈な時間は嫌いだった。

「ふふ、楽しいね」

手を繋いで人ごみの中。アトラクションに乗るために1時間待ち。

周りは人、人、人。知らない人ばかり、もしも知った人が来ていても、会うことはないだろう程にたくさんの人ごみ。それでも一番大切な人と手を繋いで。はぐれることはない。

「そうだね」

他愛のない話をしながら、宝物のような時間を過ごす。人ごみは、疲れるけれど。

こういうのは大好き。

「―――――――・・・」

バッと振り返る。反射的な動作。頭で考えるよりも先に、体が動いた。

「どうかした?」

近くで驚いたように響くその声もどこか遠い。


遠くで聞こえた声。その遠さで、違う声が全く同じことを言ってても聞こえなかったと思う。

違うことを言っていたとしても、同じ声に私はやっぱり振り向いた。

喧騒と言うのだろうか。乗り物の音、知らない人たちの話し声、笑い声、ものを食べる音や作る音。こんなにも溢れる音の中で、遠い声を何故か正確に拾う。

ドクン、と心臓が跳ねた音が聞こえた。少し、駆け出しそうになった。繋がれていた手を引かれたから動けなかっただけで、手を繋いでいなかったら、雷くんとはぐれてしまったと思う。

お日様のような、声。

(まってよ、まひちゃん……って、言ってた)

そんなことって……、そんなことって?

……まさか、そんな。

けれどもあの声は、間違うはずもない大切な人のもの。

(ふたりで、来てるのかな……。それとも、4人で?)

「鈴葉ちゃん、どうかしたの?」

ハッとなる。

いつもは鈴ちゃんと呼ぶ彼が、鈴葉ちゃんと正しく呼んだ声のその強張りに。

「あ・・・、ごめん。何でもないの。」

「なんでもない、って感じじゃなかったよ?」

荒げているわけでもない声が、でも責める響を持つ。

「あ、うん。知っている人が居た気がして」

「誰?」

小さな頃からの幼馴染。家も直ぐ近くで、学校も同じ。習い事も、バイト先も、全部。

雷くんが知らない私の知り合いをとっさに思い出せなくて。

「え……っと、誰って、お、お姉ちゃん・・・」

全然、全然違うけど。

「え・・・?」

「あは、今日は仕事だから居る筈ないんだけどね。きっと気のせい!」

そう、きっと気のせい。夢の人が現実に居る筈無い。

ドクンドクンと胸が騒ぐ。


気のせい、有り得ないと思いながら、それからは1日きょろきょろと落ち着かなかった。

雷くんはお姉ちゃんを探しているって思っていたとみたいだけれど。

(そんなことって、あるのかな……)


「ごめんね・・・」

雷くんは、優しい。それでも、失礼な態度だったってことは分かる。

「うん? どうして?」

「折角のデートだったのに……」

泣きそうになる。分かっていても、どうしても明夜くんを探すのを止められなかった。

(探して、もしも居たとしても、それが何だって言うんだろ・・・)

冷静になると、酷く馬鹿げた行動だったと思う。

それでも、また……あの声を聞いたら探してしまうだろう自分を知っていた。

「鈴ちゃんが居れば、いつだってデートだろ?」

会ったこともない人。それでも、また……あの声を聞いてしまったら。

「うん、ありがと」

笑えば、笑い返してくれる。

「でも、妬けるね。鈴ちゃんに男兄弟が居なくてよかったかな?」

いたずらっ子みたいにそう言う。冗談だったかもしれない、私を元気付けようとした言葉だったかもしれない。

けれども、罪悪感に胸が痛んだ。


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