1・・・ことのはじまり
短めでバカな話がコンセプトでしょうか。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
05/08 マルセル18歳に修正
魔の大陸に六ある魔国のひとつ、ヴァインシェルト。
別名、白の魔国。
かつては他の魔国と同じように大して面白みもない魔族と面白みのない魔物の住む土地だったが、ある時ユニークな人間がやってきて、あれよあれよという間にこの国の魔族と魔物は人間と同じように喜怒哀楽を持ち、感じる、とてもユニークな生き物揃いの、ユニークな魔国になった。
………のだそうだ。僕にはどうでもいい話だが。
僕の名はマルセル=ウェイセンフェルト。18歳。
ウェイセンフェルト侯爵家の長男だが、うえに姉がいるので第2子。
あ、姉上とは実の姉弟じゃない。姉上は養子。
母上の兄の子だ。
僕が5つの時、姉上は我が家へたった一人でやってきた。人間界から。
その時姉上は12歳。
すごいだろう、大人の魔族だってそうそう人間界との間なんて渡れない。
魔界と人間界は磁力と波動が違うから、それに耐えられる力がなければ渡ってる最中にぷちっと潰れてしまうのだ。
それだけ姉上はすごいのだ。
姉上の実の母上は人間で、姉上は魔族と人間のハーフなんだけれど、そこ等の魔族などよりものすごく強い。魔界でひと通りの常識と教養を学んだ後16歳で城に魔剣士見習いとして召し上げられ、いまや魔剣士団の長をされている。
城にあがる年齢は能力発露と個体の精神成長具合によるから、下は10歳代から上は170歳代くらいまでバラツキがあるが、24歳で人間とのハーフの魔剣士団長は記録的だ(獣人で22歳という記録なら以前みたことがある)
それに姉上は美人だ。
ゆるくうねりながら腰までとどく栗色の髪はいつも飴のように濡れて輝いているし、上等の翡翠を填め込んだような瞳はいつ見ても煌めいている。
肌は白磁のようだし、唇はなにもつけていなくても熟れた果物を思わせる艶を湛えている。
ああ、想像しただけで意識がとびそう。
……いいんだよ。僕はきわめて真っ当だ。変態じゃない。
だって姉上は僕の婚約者だもの。当然だが親公認。
あと、ちゃんと本人にも妄想する許可ももらってる。
まったくもってなんの問題もない。
ああそれなのに。それなのに――――― !
「なんだこの大量のポートレイトの山は――――っっ!!!」
どがっしゃ―――ん!
ドサドサドサ、バサッ。
ウェイセンフェルト家の団欒室。
見合い写真の山をテーブルごとひっくり返して羅刹の如き形相のマルセルは立っていた。
ぜえぜえと荒い息を吐きながら、脇に控えている執事を睨みつける。
「誰だこんなものまとめて持ってきやがったヤツは!!アホ親父かっ!!!」
すべて男の写真だった。どれも相当なレベルの美男、美形、イケメン揃い。
いずれも爵位持ちあるいはその子息だろう。
金の掛かっていそうな衣装を着て媚を売る面で写っている(ようにマルセルには見えている)。
なかには城で見かける野郎も何人かいた。
「お集めになったのが奥様で、お持ちになられたのが旦那様でございます。マルセル様」
この家に90年弱勤めているという執事は涼しい貌でつづける。
「お茶をお淹れ致しましょうか」
「要らん!なにを考えているのだ、あの夫婦め……いや、母上か…?姉上には僕という婚約者がいるというのに何故……は、まさか姉弟で結婚は許さんなどと人間界のようなわけのわからんことを言い出すつもりなのか!?いや、姉上を養子とした時に婚約も同時にしたのだ、今更それはないだろう……ではなんだ? 姉上は僕との婚約を解消して見合いをしたいなどとは言われぬだろう。僕達が愛しあっているのは僕達自身が一番よくわかっているしそもそも姉上ならきっと見合いより訓練に行く………やっぱり母上がなにか企んでおられるのか」
そこへ豊かな金髪を美しく結い上げた婦人がやって来た。マルセルの母、ニコレッタ=ウェイセンフェルトの今日のお召し物はホリーグリーン(柊葉色)のベルベットドレスである。
「あらあらまあまあ、どうしたのこれ?マルセルがやったの?」
ひょいひょいと床に散らばったポートレイトを靴の爪先で蹴り上げながら一箇所にうまいこと積み上げていく。
足技としては素晴らしいが貴婦人としてはやってはいけない。
それをみながらマルセルはニコレッタに問うた。
「母上、これはどういうことですか。姉上には僕というものが既にいるというのに何故見合いのポートレイトが此処にあるのですか。しかもこんなに大量に。貴女がお集めになったと聞きましたが、事と次第によっては僕もただでは済」
「あら、これアナタの見合い用よ?」
「………………なんと仰られました……?」
頸を傾げて人差し指を頬に添えるニコレッタ。
「いやだわマルセル、王城勤務が激務過ぎて突発性難聴にでもなった?」
「そうかもしれません。一年半上司方の怒鳴り合いど突き合いを傍で聞いていますから耳がバカになった可能性はありますね。で、申し訳ありませんがその見合い写真がなんと?」
「貴方のお見合い用よ。全部。素敵な殿方ばかりでしょう?」
「ええ優良物件を涎垂らして嗅ぎまわっている雌共なら泣いて歓ぶような野郎ばかりですね。私も野郎ですけどね。姉上という婚約者がいますけどね」
「男性体同士でも問題ないじゃないの。魔族だもの」
「問題がなくても僕が気に入りません!そもそもなんで見合いなんですか!姉上を捨てろというんですか!?」
頭に血が上り過ぎたのか過呼吸に陥ったのか、眩暈を覚えたマルセルは壁に寄り腕で己の身体を支えた。そうしないとしゃがみ込みそうだった。
姉はマルセルのすべてだ。なにがあろうと、なんであろうと、第一に優先されるのは彼女である。彼女がもしも万が一婚約を解消したいと(そんなことはまずありえないが)言うのならば、マルセルは堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで従うだろう。
狂うかもしれないが。
だかその逆はない。魔界が滅するともそれはない。
「そんなのお姉ちゃん命の貴方に無理なのは判ってるから」
にんまりと笑うニコレッタ。しかしすぐに渋面をつくってマルセルに言った。
「折角ワタクシに似た美人に産んだというのに貴方ったら殿方とはちっともお付き合いする気がないんだもの。見合いの10や20して母親を楽しませる位いいと思わなくって?」
マルセルは母親譲りの美しい容姿をしている。
少し癖のある胸程までの艶めく金髪に夜の蒼をした神秘的な眼、すっと通った鼻梁、平素はさして色味がないが、時折加減で赤く色づく唇。
王城で非肉体労働勤務をしている彼は通常、やや細身の身体を文官の白い制服で包み、銀フレームの眼鏡(外部からの書類等に規定違反魔術が使われているかどうかのチェックの為に使用)をかけているのだが、その美しい容姿に禁欲的なスタイルが女魔族はもとより、野郎共にも絶賛されている。
本人は姉命で仕事中毒なものだから噂にはとんと鈍くて知らないのだが、実の所「婚姻なしでいいから遊んでくれ」という野郎は多いのだ。
ちなみに魔族の番いには“男女(雌雄)”という基本はない。
男女、男男、女女、更に一夫多妻、一妻多夫であろうとも、当人達がイイならオールオッケーである。
「僕は生涯姉上以外と関係を持つ気はありません!雌は勿論、野郎なんてまっぴら御免です!!」
「お姉ちゃんが男性体なら?」
「受け入れます!」
「そうよねえ。貴方はそういう子よねぇ。だからお姉ちゃんが男性体選んでくれたらいいなと思ったのに貴方が雄だからお姉ちゃん女性体選んじゃったのよねえ。あんなに格好良いのに勿体ない。この間も王女殿下にお姉ちゃんを婿に欲しい欲しいって半日強請られて参ったわお母様」
マルセルの姉は雌雄選択が出来る。
実の父親(ニコレッタもだが)は淫魔族で「彼等」は「彼女等」に、「彼女等」は「彼等」に幻覚を通してなることができるのだが、マルセルの姉の場合は人間の血が混ざってなにかが反応したのか、子供時代のみならず成体となった今でも別性体に“実際に成る”ことが出来る。これは魔族でも珍しい。
「母上まさかとは思いますが姉上を売るような真似は…」
「しません。お姉ちゃんが望まない限り王女殿下だろうともあげません」
ぷるぷるしているマルセルの腕を見ながらニコレッタは断言した。
マルセルが腹の底から安堵の溜息を吐くと、ニコレッタは両の掌を叩いて笑顔で言った。
「だからねマルセル、お見合いしてちょうだい」
「その「だから」って何処から繋がってるんですか!」
「え、じゃあお姉ちゃんに「男になって」って頼む?」
「僕が姉上に男になってほしいんじゃないでしょうが!母上の欲望じゃないですかっ」
「男のお姉ちゃんが許せるならキレイな殿方もイケるわよきっと、うん」
「勝手に決めないで下さい!!」
「まずは温和な性格の方にしましょうか。お姉ちゃんに雰囲気とか容姿なんかがちょっとでも似ている方がいいわね。コトに及んだ時流され易いだろうし」
「勝手に恐ろしい妄想を進行しないでください母上ぇぇぇ!!!」
こうして本人の意思をまるっと無視したマルセル=ウェイセンフェルトの見合いは組まれることとなった。
ユニークになりすぎたんだね、という話(違う)