透明に濁る私
朝。
目覚まし前に目が覚める。カーテンの隙間からは、まだ朝になりきらない青い光。
枕元にあるはずのスマホを手探りで探す。結局わからない。
うざったい。どうせベッドの隙間。
あった。
まだ5時半。
あってほしくない通知。
嫌なアイコン、できれば見たくない。
最悪の目覚め。
目覚ましに起こされるのは嫌い。うるさいから。でもその前に起きるのも嫌い。まだ寝たいから。
それでも、目が覚めてしまった。仕方ないから、気だるい体を起こす。
――めんどくさい。
乱れた布団。よだれのついた枕。
引き出しから2種類のヘアアイロン。鏡。化粧品を机に出す。
アイロンに電源を入れて階段を降りる。
◇
リビングには既に明かりがついていた。
テレビ。水が流れてる。鍋の沸騰。包丁の音。
テーブルの上には人数分の空の弁当箱。
お母さん。いつも早い。
私はあくびをしながら服の中に手を入れてお腹を掻く。
「おはよ。今日はいつもより早いじゃん。目が覚めちゃったの?」
「……うん。」
相槌だけ。
家族でもあんまり話したくない。
別に嫌いとかじゃない。ただ、話したくない。
適当に返事をしながら冷蔵庫を開ける。
「もう。なにか飲む前に先に歯磨きと顔洗いなさい。その間に準備しといてあげるから。」
お母さんの声。
料理をしながら、振り向かずに私に話しかける。
――めんどくさい。
私は深く息を吐きながら言われた通りにする。
スマホ片手に歯を磨く。お湯になるまで出しっぱなし。
終わったら洗顔。
前髪をピンでとめて、髪をまとめる。
水が跳ねるのが嫌い。
どうして水って跳ねるの?むかつく。
パジャマの袖が濡れて気持ち悪い。
終わったら化粧水。乳液。日焼け止め。
お母さんがうるさいから。めんどくさいけど。ニキビの方がもっと嫌。
そうこうしてると自分でも気付かないうちに眠気が飛んでいた。
リビングに戻るとテーブルの上には焼かれたパンに牛乳。好きなものを塗るようにと置かれたジャム。
私はパン派でもごはん派でもない。
そもそも朝ごはんを食べたくない。
でも食べないとうるさいから。
仕方なくイスに座る。足を組むと怒られる。スマホを見ても怒られる。
ほんとうるさいしうざいしだるい。
パンを2口、牛乳は飲みたくないから飲まない。
口臭くなりたくないから。
足元には犬。あったかい。
テーブルの下から、私の膝の間に顔を覗かせてふぇっふぇっ言ってる。
残ったパンをあげるとがっつく。
いつもそうしてる。だから寄ってくる。
お母さんにはバレてないはず。
自分の弁当箱を持ってさっさと部屋に戻る。
お父さん。姉や弟と顔を合わせたくないから。
スマホで好きな動画を流しながら。化粧。アイロン。
めんどくさいならしなくていいじゃんって彼氏とか弟が言ってくる。しなくてもかわいいとか。馬鹿じゃないの?
素っ裸で外に出るようなもんじゃん。
自分達はそんなことできるの?
それに。自分だけしないのも変だし。それで話題を振られるのもめんどくさい。
――ドンッ!!
姉が私の生活音がうるさくて壁を蹴る。いつものこと。めんどくさい。でもしったこっちゃない。
私の前髪の方が大事だから。
何度も鏡を見ては整える。これに1時間は必要な気がする。
ようやく、気持ちの悪いパジャマともおさらば。
壁に掛けられた制服を手に取る。なんとなく香水を一振り。その方がみんなの反応がいいから。
袖を通して、スカートを履く。
カーディガンにブレザー。
鏡に映る自分を見る。
よし。今日も変じゃない。変じゃない、よね。
スマホを見る。まだ早い。でも家にいるよりはマシ。
カバンを肩に掛ける。
学校に行くためのカバン。でも学校に必要なものは何も入ってない。じゃらじゃらとついたぬいぐるみや缶バッジ。私の好きなものは何もない。
玄関。
ローファーを履く。かかとが潰れている。
「……いってきます。」
今日も誰にも気付かれないように家を出る。
◇
晴れた空。少し冷たい風、転がる枯れ葉。
金木犀の香り。昔は嫌いだったけど。
いまは少しだけ好き。なんとなく寂しいような匂い。
イヤホンを着けて歩く。
外の音が嫌い。うるさいから。
バス停までの道。
いつも見る鳩。スーツの大人。二人で並んで歩く子供。
赤い車。寂れた公園。
毎日同じ。
当たり前だけど、話したこともない。
みんな当たり前に生きてて、相手からしても私は当たり前に生きている。
私は私の視点があって、他人も鳩も車もみんな自分が主人公なんだ。
変なの。
あ、バス停についた。
スマホ。
友達の投稿のチェック。みんな楽しそう。
私はここにいるよって主張してる。さみしがり屋が多い。
彼氏からのメッセージ。
『おはよう。今日は寒いね。はやく会いたい。』
どうして会いたいんだろう。
私は会いたいのかな。
あの人は私のことが好き。前から好きだったらしい。
私のどこを見て何が好きなんだろうね。
聞いてもわからなかった。
全部私の話じゃないみたいで。
こんな私のことを見つけてくれた。
周りも囃し立てた。
なら。そうあるべきだと思った。
でも。
誰かの人生の大事なところに、私がいていいのかな。
私はそんなにできた人間じゃないから。
あの人には夢があって、その夢を支えられる人が側にいるべきなんじゃないかな?
なにより。
誰かの人生を支えるとか。私には無理そう。
『おはよ。私もはやく会いたいよ。』
きっと喜ぶんだろうな。
私の言葉で一喜一憂する。
かわいいね。めんどくさい。
バスに乗る。
私の席は決まってる。
一番後ろの右側。
前の座席の背もたれに額を預ける。
いつも同じ景色。
私のことをちらちら見てくる中学男子。
よくアメをくれるおばあちゃん。
反対側で人の話ばかりしている女子高生二人。
シャキッとしてたり。この世の終わりみたいな両極端なスーツのお姉さん。
次の次のバス停から乗ってくる。眼鏡のおじさん。
景色が流れていく。
何も変わらない。季節が流れていくだけ。
何かが変わると思って遠い学校を選んだ。
移動がめんどくさくなっただけだった。
みんな何も変わらない。
私が変わらないからそう感じるだけなのかな。
でも、今がそうならきっとこの先もそうなのかもしれない。
小学生の頃から特に夢はなかった。
みんなが夢を描いたり。話していることにむしろ違和感があった。
みんなきっかけを見つけるのが上手。
親にも、教師にも、当時友達だった子にも。何もないって、変だって言われた。
変なことはよくないらしい。
女子はみんな横並びが好き。いつも一緒だし。
彼氏と付き合ったら友達が減った。
うざいしだるいしめんどくさい。
だから周りに合わせてる方が楽。
それでも普通でいさせてくれない。
何をしても。何を言っても。誰かが誰かの話をする。
出る杭は打たれるらしい。
どんなことにも適切な言葉があるって不思議。
でもそれって既に誰かが歩いた道があるってことだよね。
私が考えていることも。既に誰かが通った道。
なら私はなんで生きているんだろう。
このまま生きたら。
まずはきっと進学する。
どうして?
それが普通じゃないの。
その後は就職。
それもきっと普通のこと。
働いてないとこの世界にいないことになるから。
もし、お父さんが働いてなかったら、お母さんは受け入れるのかな。
働きたくないなぁ。
それでいつか結婚して。子供を産む。
誰とだろう。今の彼氏なのかな。
嫌いじゃないけど。あの人はどうなんだろうね。
子供だってさ。いつからが大人?
いつから子供って産めるの?
私もお母さんみたいになるの?
きっとなれない。めんどくさいもん。
楽しいのかな。お母さんって人生。
たぶん、楽しいとかじゃないよね。
そうやって考えると。人生例えば100歳まで生きるとして――
長いなぁ。30年ぐらいでもよくない?
あ、最寄りのバス停。
降車ボタンを押す。
カバンから鏡を取り出して前髪を整える。
バスが停まった。
「ありがとうございました。」
バスの運転手が私の声にお辞儀する。
ここから学校まで徒歩。
長い。スマホの音量を上げる。歩く速度を上げる。
みんな私と同じ制服。
本を読んでたり、自転車漕いでたり、彼氏と手を繋いでたり。友達と楽しそうで気だるそうに歩いてる。
「おはよ!!」
肩を叩かれる。
はぁ、今日も誰かにとっての私が始まる。
「おはよ。」
「ちょっと聞いてよ! 彼氏がさぁ――」




