47話 抱いてくれ
「ハドリアヌスの子を産んでもらっては困る。生きていてもらっても困る。もうこの国の道は決まったのだ。メンフィスの王子を迎え、私が子を産む。その子を次期大公にせねばならない」
正直、語尾は嗚咽でなにを言っているのかわからない状態だ。
ふ、と。
影が差す。
ウェイドが立ち上がったのだ。
「きっと、私のことを悪鬼だと思うだろう」
涙が頬を伝い、顎からしたたり落ちる。ウェイドが手を伸ばし、そっとフレイアの手からゴブレットを取り上げた。
「そんなことは思わん。仕方ないことだ」
「姉は生きようとしているのに……。それなのに、死んでくれと私は言うのだ」
「俺が大公の立場でもそう考えるさ」
ウェイドはベッドの端に腰かけると、フレイアの頬を両手で包む。
そしてとめどなく流れる涙を親指でぬぐった。
「国の行く末を考えるならば、仕方なのないことだ」
「姉は優しいのに……。私は鬼畜のようだ」
うめくと、「しい」とウェイドがなだめる。
そして顔を近づけてくる。
目を閉じると、ウェイドはフレイアの顔を包んだまま、まぶたにキスをした。
ほろほろと涙が流れる。
彼はまるでその涙を呑むように、優しくキスを落とす。
「ウェイド殿下」
「なんだ?」
「もうなにも考えたくない」
「考えるな」
「抱いてくれ」
「ん?」
笑ったのだろうか。
ウェイドの呼気がつむった瞼を撫でる。
「なにも考えられないぐらい、めちゃくちゃにしてほしい」
「それは魅力的なお誘いだが」
ちゅ、と。
ウェイドがまた瞼にキスをする。
フレイアはそっと目を開いた。
「その誘惑に負けて俺が君を抱くとする。もうそれはそれは、何度も何度も」
ウェイドは柔らかく笑う。
「そしたらだなぁ。そのあと、俺が君を抱くたびに、君はこの日のことを思い出す気がするんだよ」
「思い出す……?」
「ああ。そして落ち込むんだ。『あのとき、あんなことがあった、こんなことを考えた』って」
ウェイドはフレイアの頬を包んだまま、こつりと額同士をくっつけた。
「俺はねぇ、大公。意外にロマンチストだからな。大公とのそういうことは、記憶に残る日にしたい。それなのに、それが最悪な夜だなんてごめんだな」
「……お前はずるい」
フレイアはぼろぼろと涙を流す。
「抱きたいとずっと言うくせに、私が抱いてほしいというと、抱かないんだ」
「知らないのか、大公」
まつげが触れ合う距離で、ウェイドが笑う。
「これもテクニックだ。じらすというのは最高に惚れるだろう?」
そう言われ。
フレイアはぱちぱちとまばたきをした。
まつ毛に乗った涙が散る。
「惚れた?」
そんなことをまだ言うから。
フレイアは吹き出した。
「惚れるか、バカ野郎!」
どん、とウェイドを突き放す。
それが合図かのように、フレイアは笑いだす。
「お前は……! 本当に自分のことしか考えていない!」
「そんなことはない。俺と大公の未来をしっかりと考えている」
「嘘だ!」
言い切り、笑うフレイアにウェイドは唇を重ねる。
「おい」
「泣く大公もセクシーだが、笑っているほうが俺は好きだ」
わずかに唇を離し、ウェイドが言う。
フレイアはじっと彼をにらみつけ、どん、とウェイドの胸を突いた。
とっさのことでウェイドはベッドの上にあおむけに倒れた。
フレイアはその彼の腹に馬乗りになる。
「じゃあ、怒っている私というのはどうだ?」
上から見下ろし、フレイアが言うと、ウェイドはくつくつと愉快そうに笑った。
「最高にたまらないね」
こいつ、バカなのか。
フレイアがあきれたとき、ドアノックが鳴る。
「殿下!」
ロクランだ。
慌ててフレイアはウェイドから離れようとしたのに、あろうことか彼はがっしりとフレイアを捕らえた。
「ウェイド、やめろ!」
「なんだ、ロクラン。入れ」
「ダメだ、ロクラン卿!」
「いいぞ、ロクラン」
「ふざけるな! しばらく待て、ロクラン卿!」
「かまわん、来い」
「どっちなんですか、もう!」
言うなりドアが開く。
なんとかウェイドの腹の上から降りようとしてもがくフレイアと、腹に乗せたまま愉快そうに笑っている自分の主を見、ロクランは目をすがめた。
「この非常時になにやってんだか」
冷ややかに吐き捨てられ、フレイアは顔から火が出るかと思ったが、ウェイドはしれっとしたものだ。
「愛を語っていたところだ」
「違う、ロクラン卿! 誤解だ! うりゃあ!」
バチン。
思いっきり顔をひっぱたいてやると、ようやくウェイドが手を放す。彼はその瞬間、「がふっ」と変な呼吸をもらしたが、フレイアは無視した。
慌ててベッドから降り、ブーツに足を突っ込む。
その間にウェイドが上半身を立て直して顔を撫でた。
「で? ロクラン」
「ウォルター准将が大公代理と殿下をお呼びです」
「……ウォルター准将が?」
ウェイドが言い、フレイアと顔を見合わせる。
どうしてハドリアヌスではないのか。
彼もそんな表情をしていた。




