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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第六話

「じじ様! 大丈夫!?」


結局、宿屋の部屋の前まで、レオは私を抱きかかえたままだった。

部屋に入って下ろしてもらうと、私はすぐにじじ様のところへ駆け寄った。


「油断してたわい。まったく、歳は取りたくないもんだ」


そう言って、じじ様は私の頭を撫でようと手を上げる。

その手に血がついているのに気づいて、私は思わずその手を掴んだ。


「……無茶しないで……!」


祈るように、そう言った。


「少しは落ち着きましたか?」


濡れたタオルをじじ様に手渡しながら、レオが静かに言う。


「……お前さんには、世話になったな」

「そう思うなら、知っていることを教えていただきたいのですが」


レオの声は穏やかだけれど、どこか張りつめたものを含んでいた。


「彼らに、身に覚えは?」

「あるわけなかろう。あんな輩」

「『宝石眼』……この言葉はご存知ですか?」


その言葉が、部屋に落ちた瞬間。

空気が、ひやりと冷えた気がした。


「知らんな。宝石とはとんと縁がない」

「……そうですか」


その声は静かなのに、なぜかひどく冷たく感じられて。

私は、レオの方を振り返ることができなかった。


「セラさんに、遣いを出しましょうか? 心配していると思いますし」

「いや、手当てもしてもらったんだ。もう帰れる」

「その足でですか? 道中、同じことが起こらないという保証はありませんよ」


レオの言うことはもっともだ。

けれど、ひとり家にいるばば様のことも心配だった。


「アシャン、君はどうしたい?」

「……私、は……」


じじ様の怪我も心配だけど、一人家にいるばば様も心配。

どうしようかと考えた、その時。


──今日はきっともう、大丈夫よ ──

──彼の仲間があの場にいた人間、すべて、捕まえたわ ──


胸の奥で、少しだけ緊張がほどけた。

なら、私だけでも家で心配しているであろう、ばば様に会いに帰ると伝えようとした。

その直後。


──彼、見た目よりずっと残酷ね ──

──捕まえた男たちを、拷問してでも理由を聞き出せって、すごく怒っていたわ ──


その言葉に、身体がわずかに強ばった。


「……あの人たちは?」

「うん? 」

「さっきの人たちは、どうしたの?」


レオは一瞬だけ目を見開き、それから、すっと視線を逸らした。


「駆けつけた仲間があの場にいた全員を捕えて……少し、尋問してるかもしれないな」


──嘘よ ──

──必ず聞き出せって言ってたわ ──

──とても、静かな声で ──


精霊は嘘をつかない。

だから、レオは……。

そう思った瞬間、指先から、じわりと冷たさが広がっていった。


「頭、ちょっといいですか?」


部屋に入ってきた男と、レオが小声で話し始める。

レオは考えるように顎に手を当てた後、私たちの方を向いた。


「ロアンさん。申し訳ないが、今日はここに泊まってもらうことになりました」


えっ、と声が出そうになる。


「捕らえた三人は最近増えていた誘拐事件の犯人グループで、まだ仲間がいるようです」


──あと二人いるって言ってたわ ──

──手分けして捜してるみたい。でも人手が足りないのね ──


「足のこともありますし、何よりアイツらに誘拐されたと思われる女性の遺体が見つかりました」


ハッ、と息を吸い込んだ。

……あの人たちは、すでに人に手をかけて……。


「今日はここで休んでください。明日、彼女と一緒に家まで送ります」

「で、でも、ばば様が……」

「それは大丈夫。遣いを出すから伝言があれば、すぐに届けるよ」


そう言って笑うレオは、いつものレオだった。


「ならばセラに、苗木を気にかけるように言ってくれ」

「わかりました」


レオはクイッと顎で合図を送った。


「……お願い。あの人が、ばば様のところに無事に辿り着けるよう、手伝ってあげて」


精霊たちは、私の考えていることがわかるわけではない。

きちんと話さないと、あの子たちには伝わらない。

だから両手で口元を隠すように覆い、小声でそう囁いた。


──任せてちょうだい ──

──すぐに戻るわ ──


じじ様の言う「苗木」とは、何かあった時、私の存在を伏せたまま伝えるための合言葉だ。

「苗木を気にかける」──つまり、私を気にかけろという意味。

暗に、ばば様へ「私が狙われた」と伝えたのだ。


「……俺も少し席を外します。代わりに、」

「ちーっす! さっきぶりでーす!」


マックスさんが、扉の向こうから顔を出した。


「……知り合いか?」

「う、ん……さっき、市場でちょっと……」

「いいか? お前、余計なことは言うなよ」

「まーかせてください、って!」


胸をトン、と叩いて答えるマックスさんに、レオはため息を吐いた。


「ここは俺たちの拠点じゃない。俺たちも人手が足りないんです。場を和ませてはくれる奴なんで、我慢してください」

「頭、ひどい! 俺が使えないみたいな言い方じゃないっすか!」

「まずその言葉遣いをどうにかしろ……じゃあ、任せた」


そう言って、レオは足早に部屋を出て行った。


「足、大丈夫っすか?」

「お? おお……」


マックスさんはじじ様に対しても、ずいぶん軽い調子で話しかけてきた。


「あんたらには不運だったけど。俺、実はあんたとゆっくり話してみたかったからラッキー、なんて」


あまりにも軽く言うものだから、じじ様が思わず言葉を失う。


「……マックスさんは、どうして私と?」

「マックスでいいっすよ! 女の子からさんづけなんて、むずかいーし!」


人懐っこそうな顔でマックスが笑うから、私は頷いた。


「それでマックスは、どうして私と話してみたかったの?」

「そりゃあ、頭が『森の妖精』なんて言った人間、興味湧くに決まってんじゃないっすか!」

「……あの若造、そんなこっ恥ずかしいことを言ったのか!?」


じじ様は目を丸くしてマックスを見た。


「そーなんすよ、そーなんすよ。まさか白狼団のレオンハルトから、『森の妖精みたいな女の子に会った』なんて言葉が出るとは思わないじゃないっすか! だから余計、どんな子かなーって思ってたんすよ」


身振り手振りを交えて、マックスは楽しそうに続ける。


「頭、男にはモテるけど、決まった女は作らないから、女に興味ないのかとまで思ってたのに。まさか、こういうタイプとか思わないじゃないっすかー」

「……よく喋る男だ」


じじ様は、呆れたように小さく息を吐いた。


「あんたを一目見て、目、奪われたって言ってたんすよ。『あの』レオンハルトが!」

「えっ、」

「そっからずーっと浮かれてんのか、やたら森に行きたがって仕事にならねーんすよ。『あの子は元気かなー』って。だから俺、確かめに来たんす。あんたがどんな子なのか、この目で見て、頭に報告しようと思って」


マックスはニヤリと笑いながら言った。


──煩い人間ね ──

──喧しいわ。でも嘘は言ってないわね ──


精霊たちが、どこか不機嫌そうに囁く。

……嘘は言ってない、って?


──彼はすごくあなたを気にかけてるのよ ──

── 一目惚れしたのかしら ──


「ちょっと……黙って……!」


クスクスと笑う精霊たちに、思わず、小声でそう漏らした。


「どーかしたっすか?」

「え? あ、ううん……何でもない……」


そう答えた直後。


「……あれ? あんた……」


マックスが、私の顔をまじまじと見つめ、ゆっくり身を乗り出してくる。


「……なんか、すげぇ……目、キラキラしてて……」


精霊と交流してる時、目が、それこそ宝石のように輝くらしい。

……というのはわかるし、マックスの前で迂闊にあの子たちに話しかけてしまった私も悪いけど。

距離が、近い。

マックスが近づいた分、無意識に後ずさりして、このままだと椅子から落ちる ──

そう思った瞬間。


バン!


音が部屋に響いた。

振り返ると、レオが立っていた。

いつもの優しい笑顔は、消えている。

緑の瞳が、マックスを鋭く射抜いている。


──彼、ムッとしてるわ ──

──ええ、怒ってる ──


腕を組んで立っているレオは、重々しく口を開いた。


「マックス」


その声は、初めて聞く冷たさを帯びていた。


「部屋の外で待機だ」


命令口調。

マックスの顔から、笑みが消えた。


「……了解」


静かに、部屋を出て行く。

レオは横目で一度、マックスに目を向けた。

その直後、黙って、私を見つめる。


──あの人間は不用意に近づきすぎたのよ ──

──彼は、誰かがあなたに近づくのが嫌なのね ──


胸が、ドクン、と跳ねる。

怖いのか、嬉しいのか、分からなかった。

ただ一つわかるのは、レオの目が、私だけを見ていたこと。

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