第二十九話
「レオン! 怪我をしたって聞いたけど、大丈夫なの?」
一人で街を歩いていると、知った顔に声をかけられた。
「ああ、怪我は良くなったよ」
「心配したのよ」
「それは嬉しいね」
特段思い入れがあるわけじゃないが、娼館の女は「使える」
だからつかず離れずの距離を保っていた女だ。
「快気祝いをしてあげましょうか?」
妖艶に笑う女は、いかにも男慣れしている。
「それは俺にメリットがあるのか?」
「あら、いつもあなたも喜んでるでしょう?」
「そういうことにしておこう」
時として必要な情報をくれる女だからこそ、こうして不用意に触ってくるのを、いつもなら許していた。
……が、どうも小さな違和感がある。
これはなんだ? 嫌悪? それとも、触れられること自体が、もう違うのか ──
「ああ、でもあの女が出しゃばってくるかしら?」
不意に聞こえた単語に、心より先に体が反応した。
……ガルドはあえて言わない選択をしている。
マックスや他の連中も、ガルドに従っているということは、中立を保つと思っているということ。
ラシャ、も、知っている可能性が高いが、昨日の様子じゃ、アイツも言うつもりはないんだろう。
……なら、他の人間から聞き出すしかない。
「そんなに出しゃばっていたかな?」
さり気なさを装い口にした言葉に、
「出しゃばってたじゃない! あの女が街に来たせいで、あなた変わったわ! 私にだって全然会いに来なくなったでしょう!?」
思った以上に、感情の篭った反応をした。
街に「来たせい」ならば、元々はこの街の住人じゃなかったのか?
「まぁいろいろ忙しかったから」
「あの女とのデートで忙しかったんでしょ!? 知ってるのよ、女を庇って大怪我をした、って ──みんなそう言ってるわ! あなたわざわざ疫病神を連れてきたんじゃないの!?」
「……庇って怪我をした?」
思わず聞き返してしまった。
「なによ、違うとでも言うの?」
「あ、いや……。そういう噂になっているのかと思ってさ」
口では適当に誤魔化していたが、心臓が、うるさい。
あの怪我は積荷の崩落が原因じゃないのか?
……あの部屋の主を庇って怪我をしたから、思い出そうとすると頭痛がするのか……?
でもじゃあ、何故彼女は今いない?
俺に対する罪悪感から、姿を消した……のか……?
「だいたい、あんな使えなそうな子の何がいいのよ! あんなのただ見た目がいいだけじゃない! 人よりちょっと綺麗だったからって、騙されたのよ。そこら辺の男と同じで、あなたまでそんなに単純だとは思いもしなかったわ!」
「なるほど、ものすごく綺麗な女ってわけか」
「はぁ!? 何を聞いてるのよ! ちょっと綺麗なだけって言って、」
「気づいてないのかもしれないが、お前は同性を褒めるような人間じゃない。にも関わらずそんなこと言うってことは、認めざるを得ないような容姿、ってことだろう?」
俺の言葉に、女は一拍の間の後、顔を真っ赤にした。
「何よっ! 私が心配してやったのにっ!! あんたはもう出禁よっ!!!」
そう叫んで去って行った。
……どうやら図星を指してしまったようだ。
情報先一つの犠牲で、わかったのは、街の外から来た人間ということ。
俺はその女を庇って大怪我したということ。
そして恐らく ──同性から見ても目を見張るほどの綺麗な女なんだろう、ということだ。
「収穫があったのかなかったのか、微妙なところだな……」
街の人間であるなら、いくらでも探しようはあった。
だが、外から来たのだとすれば、今もここにいる可能性は低い。
「参ったな……」
仕事の片手間に探そうかと思ったが、思っている以上に、これは難航しそうだ。
もしかしたら ──
こっちを優先させなければ、何も掴めないかもしれない。
ガルドの選択。
マックスたちの態度。
ラシャの沈黙。
そして ──
俺の中で疼く、顔も知らない女への、名前をつけようのない思い。
今後、自分はどうするのか。
どう、したいのか。
仕事を優先するのか。
それとも ──
その答えを俺は、少しずつ、でも確かに探し始めていた。




