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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第二章

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第二十五話

ここからしばらく、レオ視点です。

夢の始まりはいつも、誰かの泣き声。

どうしたのかと近づこうとすると、足が動かない。

見ると、蔦が足に巻きついている。

取り払おうと手を伸ばしても、その手にも蔦が絡み、上手く動けない。

だから声を出そうとするけど、声も出ない。

何もできないまま、泣くあの子を見ることしかできない夢。


「2ヶ月か……」


鏡に映る少し痩せた顔を見ながら呟く。

腹に残る縫い痕を指でなぞった。

いつ負った傷なのか、俺は覚えていない。

みんなは「大怪我だった」と言う。

頭を打って、骨も折れていたと。

だが、何故怪我をしたのか ──その記憶が俺の中にはない。


「もういいのか?」


部屋に入ってきたガルドに、振り返りながら答える。


「いつまでも寝ていられないだろう? 体がなまってしまう」


ようやくベッドから起き上がり、不自由なく動けるようになったのはつい先日のこと。


「お前にも迷惑かけたな」

「レオンの尻拭いはいつものことだ」


このやり取りも、実に久しぶりだった。

そのまま食堂に向かう。


「頭! もう大丈夫なんすか!? なんならこれを機に権力交替を」

「したとしても、お前には回らないだろ」

「っすよねー……。ガルドさん、まじで鬼のようにこき使ってくるからそろそろ休みたいんすよ」


相変わらずマックスは場を和ませる力がある。

ぶつぶつと言って去って行く姿は、実に、アイツらしい。


「レオン! もう大丈夫なの?」


そう言ってラシャは近寄ってきた。

ラシャを白狼団に入れるつもりはない。

けれど、こうして白狼団のエリアを自由に出入りしている時点で、そんなルールはあってないようなものだとすら思えてくる。


「お前にも迷惑かけたな」

「いいのよ。ご飯1週間、レオンの奢りなんでしょ?」

「……それは拒否権はないのか?」

「お金くれるなら拒否してもいいけど?」


手でお金を示すジェスチャーをしながら言うラシャに、ため息が出た。


「お前なぁ……。ここの連中に毒されすぎだ。もう少し淑やかにしたらどうだ?」

「……それはレオンの理想なだけでしょ! そんな女、この街にはいないわよ」


一瞬の間の後で、ラシャが横を向きながら言った。


「そうか? いるんじゃないか? この街にも」

「いないわよ」


ラシャの声がどこか、震えているように感じた。


「レオンが言うような女、この街にはもう……」


言葉を飲み込んで、ラシャは背を向け去って行った。


「……なんだ? アイツ……」


呟くように言った言葉に、


「ラシャが気難しいのはいつものことだ」


ガルドが答えた。


「まぁ……確かにな……。でも酷くないか? あれじゃまるで、俺の理想の子が最初から存在しないように聞こえるじゃないか」

「……そうだな」


ガルドは元々、あまり表情の変わらない奴だ。

そのガルドがほんの一瞬だけ、何かを諦めたような顔をした気がした。


「動けるようになったとしても、しばらくは表の仕事だけだな」


食事中、ガルドが口を開いた。

白狼団は傭兵崩れの街の便利屋兼ご飯屋 ──

それは表向きで、裏では貴族相手の情報屋だ。

それは便利屋の比にならないほど、危険がつきまとう仕事なわけで。


「せっかく歩き回れるようになったのに、またベッドに戻るわけにもいかない。しばらくは甘えさせてもらうよ」


怪我から復帰したばかりの人間を使うのはリスクが高すぎる。


「お前のサポートはユリウスに頼むとしても……寝てる間に、バイルが抜けてたのは地味に痛いよな。アイツの腕を買っていただけに、抜ける時に叩き起こしてほしかった」


バイルは年が若いわりに、慎重で機転も効く男だ。

育てていけば、かなり良い駒になってくれる……そう思っていた。


「姉が心配で抜けたんだ。そう言ってやるな」

「それもなんだが、バイルは確か男兄弟だけじゃなかったか?」

「……いや、姉がいる。世話の焼ける姉らしい」

「そうだったか……」


記憶にない。

いや、もともと知らなかっただけかもしれないが。


「……一人で突っ走ってしまうから、自分が助けになると言って抜けたんだ。……それが全てだろう?」

「まぁ……いないものは仕方ない。その姉とやらと上手くやってればいいな」


肩肘をついて言う俺に、ガルドは視線を伏せたまま、小さく「大丈夫さ」と呟いた。

そしてリハビリを兼ねて、久しぶりに街に出た。

いつもと変わりない街並み。

いつもと変わりない人々。

その中で ──


──レオ──


微かに、風に溶けるような声を聞いた気がした。

不意に誰かに呼ばれたような気がして振り返るが……。


「……気のせいか……」


誰もそこにはいなかった。

その時はまだ気づかなかったが、後になって考えれば、最初の違和感はすでにこの時あったのかもしれない。

掴もうとすると、消える。

確かにそこにあった気がするのに、何一つ形にできない。

失ったのか。

消えたのか。

それとも最初から、何もなかったのか ──

わからない。

ただ、理由のわからない空虚だけが、心の奥底で静かに疼いていた。

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