第二十四話
夜明け前、一人ひっそりと拠点を後にした。
行く当てなんてないから、あの日から一度も戻れずにいた森に向かおうと街の外れに向かう。
……あの日、初めてこの街に来た時もこんな風に薄暗かった。
人目を避けるには、ちょうど良い。
──……だ……わよ ──
街の外へ出てしばらくして、声が聞こえてきた。
──まだ暗いわよ ──
──もう少し明るくなってからの方がいいと思うわ ──
久しぶりに聞こえるその声は、私を心配するものだった。
「大丈夫よ。あなたたちがいるから」
そう言った私に、
──聞こえたわ!やっと声が届いた! ──
──嬉しい! またお話できるのね! ──
賑やかに返事が返ってきた。
思わず小さく笑った。
……大丈夫。
私は一人じゃないわ。
そう思い、そのまましばらく、歩き続けた。
それからどのくらい歩いたのか ──
少し休もうと、腰を下ろした時。
不意に以前この道を通った時のことを思い出した。
「あの時からずっと、私を守ってくれていたわね……」
まだ全然、お互いのこと、わからなかったはずなのに。
なんの躊躇いもなく、私をヴァルディアまで連れて来てくれた。
「……レオが本当にもう、こんなことに巻き込まれないといいけど……」
誰に言うでもなく呟いた言葉。
それに返答したのは、
──彼ならもう大丈夫よ! ──
精霊たちだった。
私を励ましてくれているのか、そう思った時。
──彼にはもう、あなたの記憶はないんだから ──
とんでもない言葉が頭に響いた。
「……記憶がない? どういうこと?」
私の言葉に、元気よく答えてくれる。
──あなたは強く願ったもの。彼が安心して暮らせるように──
──ええ、あなたは願ったわ。とてもとても強く──
──だから私たちが答えたのよ! ──
その無邪気な声と、あまりにも残酷な内容がチグハグで、すぐに理解できなかった。
「……待って。私が強く願ったから、レオの記憶がもうないってどういうこと?」
少しずつ、胸の奥が締めつけられるように鼓動が早くなるのがわかる。
──あなたは彼が傷つかないように強く強く願ったわ──
──でもあなたがいる限り、彼は傷ついてしまう──
──だから彼の記憶からあなたを消して、あなたがいなくなれば、彼は安心して暮らせるの! ──
「待って。ねぇ、待ってよ! どうしてあなたたちはそんなことできるの!? 記憶を消すなんてそんな、」
──何を驚いているの? ──
──私たちは世界の情報と流れに干渉できるもの ──
──人間の記憶なんて、世界の情報の一部よ。すぐにできるわ ──
明るい声のまま、精霊たちは話続ける。
──あなたのとてもとても強い願いに答えたの──
──あなたは大好きなトモダチだから──
自然と手で口を覆う。
言葉が出ない。
私が強く願ったから、レオの中から私の記憶が消えた……?
だってじゃあ、今までの彼との思い出は……。
──どうして泣いているの? ──
──泣かないで ──
この時になってようやく、何かがおかしいと気づいたように、精霊たちは心配そうな声を出した。
この子たちは悪気などなく、ただ私の強い願いを叶えるために、行動したんだ……。
「……ごめんなさい、しばらく一人で考えたいの。だから、今は話しかけないで」
そこまで言うと精霊たちの気配が、消えていった。
「……私、なんてことを……」
じじ様は、力なんて要らないから平穏に暮らしてと、ずっと言っていた。
そして……私が契約することを、考えただけで背筋が寒くなると、ずっとずっと、警戒していた。
それはきっと、こういう意味だったんだ。
契約もしていないのに、願っただけで人の記憶を消してしまうなんて、あってはならない力だ。
絶対に、誰かに知られてはいけない力。
「……最初から、私は一人になるしかなかったのよ……」
誰も巻き込まないために。
誰も傷つけないために。
「本当に、ひとりぼっちになっちゃった……」
もう本当に、戻れないのだと、初めてきちんと理解した。
……でもきっと私は、もう二度と、レオ以上に好きになる人なんて、できるわけがない。
彼ほど心寄せられる人は、きっともう現れない。
だから、ちょうど良かったのかもしれない。
これからは一人で生きていくんだ。
心の中でそう決意した。
第一章終わりです。
次回からレオ視点です。




