第二十三話
レオの部屋は薄暗く、明かりとりのためにカーテンが半分開いていた。
頭部に包帯を巻かれたまま横たわるレオに、一歩ずつ近づく。
月明かりに照らされているレオは、いつもよりも青白い顔をしている。
その顔に手を伸ばそうとするけど……。
『何も知らないこんな女のために、なんでレオンは身体を張ったのよっ!!』
不意にラシャさんの言葉が蘇ってきて、手を引っ込めた。
『レオンに何かあったら、あんたを一生許さない』
「……言われなくても、わかってるわ……」
『あんたなんか大っ嫌いよ』
「……そんなの、私が一番っ、私を嫌いよっ……!」
じじ様も、ばば様も、……レオも……。
みんな、私のせいで傷ついてしまう。
こんな力さえなかったら。
謝っても、許されない。
私がいなければ、レオはこんなことにはならなかった。
一度思ってしまったことは、取り消しようがなくて……。
……それまで堪えていた涙が、堰を切ったように流れ落ちた。
俯いてスカートを握りしめてる、その手の甲に、フッと何かが触れた。
勢いよく顔をあげると ──
「……泣……かない……で……」
掠れた声を絞り出すようなレオの声。
ソッと私の手の甲に触れた、レオの左手。
薄っすらと目を開けている緑色の瞳と、視線が合った。
「レオッ! 気がついたのね! 大丈夫!?」
思わずベッドの横に膝をついて、顔を覗き込んだ。
どこか朦朧とした目をしながらも、私を捉え、何度かゆっくりと瞬きをした後。
「……怪我、は……?」
力なく私の頬に触れながら、掠れた声を出した。
……どうして、あなたは……。
「大丈夫。どこも怪我してないわ」
こんなになってもまだ、私の心配をしてくれるの?
私の言葉に、微かにレオの口角が上がった気がした。
……こんなに優しい人を、もうこれ以上傷つけてはいけない。
袖で涙を拭って、ベッドに腰を下ろした。
「ねぇ、レオ。薬飲める?」
返事はなく、レオの目が彷徨う。
「ばば様がね、怪我や病気をしたら、薬を飲んでたくさん寝るとすぐ治るわって言ってたの」
「……くすり……?」
「うん。痛み止めと……ぐっすり眠れる薬よ」
レオは少しの間の後で、小さく頷いた。
……レオが気がついてしまったなら、引き止められるかもしれない。
でも、もうここには居られないから……。
「少し苦いけど、我慢してね」
そう言って水を口に含み、レオの顔に近づいた。
初めての口づけは、苦い、薬の味がした。
顔をあげると、緑色の優しい瞳が、私を映していた。
「……あなたのこの瞳、大好きよ」
いつも優しく私を見つめてくる緑色の瞳。
身体を起こして、レオを見ると、少しずつ瞬きが遅くなっているのがわかる。
「ねぇ、レオ」
きっともうすぐ薬が効いて、レオは眠り始めるだろう。
「私、あなたに会えて良かった」
あなたがいてくれたから、あの日、あの瞬間に、私は一人じゃなかった。
「次に目が覚めたら、もう危ないことはなくなってるわ」
いつも私を守ってくれた、……大好きな人。
「だから今はゆっくり休んで。……私ももう行くわ」
そう言って立ち上がった。
瞬間。
「……まっ、て……」
「レオ! まだ起き上がっちゃダメよ!」
レオは身体を起こそうとした。
慌ててレオの身体を横に寝かせる。
レオは、私の右手を掴んだ。
「……い、くな……」
どきりと心臓が跳ねた。
何かを感じたレオは、引き止めようとしている。
でも……。
……もうすぐ、薬が効き始める。
だから私は ──
「ア、シャン……」
レオに掴まれている手とは反対の手で、そっとレオの瞼を覆う。
「……大丈夫。きっと、よく眠れるから」
ほんの数回、起き上がろうとする力が手のひらに伝わった。
それもやがて収まり、私はゆっくりと瞼から手を離した。
レオの寝息が、静かに聞こえてくる。
「……今まで、ありがとう。元気でね……」
そう言って立ち上がった時、右腕に、引っ掛かりを覚えた。
見ると、レオが、私にと昼間買ってくれた腕輪に、指をかけていた。
「……そう、ね」
小さく息を吸い、
「あなたからもらった物は全部、置いていくんだから……これも、置いていかないとね……」
パチン、と小さな音を立てて、腕輪を外す。
「……これも、返すわ……もう、あなたは、私を守らなくていいんだから」
眠るレオの手のひらに、私の腕輪を、そっと乗せた。
そして静かに、レオの部屋のドアを締めた。




