第二十二話
目が合ったレオは、わずかに口を動かし、笑ったように見えた。
そして次の瞬間、私の方へ倒れ込んできた。
「レオ!」
名前を呼びながら彼の体を受け止めた瞬間、手のひらに、生温かい感触が広がる。
視界に入ってきたのは、真っ赤に染まった自分の手だった。
「……待って……レオ、やめて……しっかりして……!!」
レオは、まったく反応しない。
「レオ!! 目を開けてっ!! お願い……あなたまで、いなくならないでっ……!!」
答えの返らないレオに、ただ必死に声をかけ続けた。
それからどれくらいの時間が経ったのか ──
気がついた時には、私はレオと引き離され、駆けつけたガルドたちと警備兵が、辺りの収拾に当たっていた。
私はバイルに支えられながら、拠点へ戻ろうと重い足を動かした、その時。
「お嬢ちゃん! あんた無事だったのかい!」
腕輪を買った店の店主が、息を切らせて駆け寄ってきた。
積荷が崩れて人が下敷きになったと聞き、様子を見に来たらしい。
「あのお兄ちゃんは? どうしたんだい?」
私の隣にいるのが、レオでないことに気づき、店主が尋ねた。
「彼、は……私を、庇って……」
店主が、はっと息を飲んだ。
さっきガルドが言っていた。
「息はしている。すぐ治療する」と。
でも……どうなるかなんて、誰にもわからない。
「ごめんよ……」
店主が、泣きそうな声を絞り出す。
「私が調子に乗って、あんなもの売りつけちまったから……」
そして、震える声で続けた。
「あんたたちがお似合いだと思ったから『あなたは、私が守ります』って意味の腕輪を勧めたんだよ……」
レオの顔が、脳裏をよぎる。
私の指先に口づけしたレオ。
腕輪を嵌めて、と言ってきたレオ。
そして ──
私を庇い、微かに笑った、あのレオの顔。
「……っ」
ぐらり、と視界が揺れた。
「おい、大丈夫か!」
ふらついた私を、バイルがとっさに支えた。
──何かを話したようで、何も話さなかった時間の後で、ガルドが拠点二階にみんなを集めレオの症状を説明した。
傷自体は治療できたものの、意識が戻らないらしい。
頭部を怪我したから、そのせいかもしれない、って淡々と言った。
「……なんで? どうしてこんなことになったのよ!?」
重苦しい空気の中、口を開いたのはラシャさんだった。
「今までなら考えられないことでしょ!? レオンは狙われてるなら、呑気に市場になんて出かけたりしなかったわっ!!」
そこまで言うと、キッとラシャさんは私を睨んできた。
「……全部あんたのせいよ」
初めてきちんと見るラシャさんは、痛いほどに怒っているのがわかった。
「あんたが来るまでのレオンなら、情報屋として、一つ一つの情報を大事にしてこんなミス、絶対にしなかったっ!!」
ラシャさんは私に詰め寄るように言う。
けど……。
「……情報屋? 情報屋、って、誰が? レオは自分たちを便利屋って言ってたわ」
その言葉にラシャさんは、グシャッと顔を歪めた。
「……呆れた。何も言ってないんじゃない。何も知らないこんな女のために、なんでレオンは身体を張ったのよっ!!」
「ラシャ、落ち着け」
ラシャさんを止めに入ったのはガルド。
「私が入りたいって言っても絶対に入れてくれなかったのに、なんで何も知らないこの女が白狼団に入るのよっ! おかしいでしょ!? この女を連れて来なかったら、レオンはっ」
そこまで言うと、ラシャさんは下を向き、ギュッと口を閉じた。
そしてもう一度私を見た。
「……レオンに何かあったら、あんたを一生許さない。あんたなんか大っ嫌いよ」
静かにそう言って、一階へと降りて行った。
その姿を、見届けることができずにいた。
「……しばらくはレオンの部屋に交替で人をやって様子を見ようと思う」
みんなはそれに頷いた。
それでとりあえず一旦解散となり、各自の部屋に戻ることになった。
でも……。
「アシャンティ。お前に少し話がある」
ガルドに呼ばれて行ったら、今日のことについて教えられた。
ばば様を手にかけたと思われる人たちと、レオを邪魔に思う人たちが手を組んだ。
……だから精霊たちの声が聞こえなくなったんだ。
そんな中で、レオが私と二人で出かけたから、実行に移した。
実際に行動したのは、お金に目のくらんだ浮浪者で、レオとは何の関係もない人だった。
その人たちは元々白狼団がマークしていたこともあり、あっさり捕まった。
レオを始末したかった人たちと、レオさえいなければどうにかなると思った人たちのせいで、今もレオは、目を覚まさない。
「……ラシャさんの言った通りね。私をここに連れてきたばかりに、レオは怪我をした。……私がいなければ、何も起きなかったのよ」
「それは違う。これはレオンの判断で、」
「いいの。……わかってるから、いいのよ」
そう、これは、じじ様、ばば様を失った時から気づいていたことだ。
「アイツらはお前の力というより、その目が珍しく、貴族に高値で売れると思っていたようだ」
「でもあの臭いは……」
「あれは、本当にそうだったら効くかも、くらいな気持ちで、お守り程度に持っていただけらしい」
だからそれ自体も、全員が持っていたわけではなく、「全て回収できている」と言われた。
……この短時間に、ここまでわかるわけない。
いくら私が世間知らずだからって言われても、そんなことくらいはわかる。
だからずっと、白狼団は……レオは、私のために動いていてくれたんだ……。
「ラシャの言ったように、俺たちは裏で情報屋の仕事をしてる。いつ恨みを買ってもおかしくない」
「そんなこと……」
「アシャンティ。……今回のことはお前のせいじゃない。レオンもきっとそう言う」
「……ごめんなさい。少し、一人にさせて……」
ガルドと別れて、部屋に戻った。
……今も、隣の部屋でレオは眠っている。
もっと早く決断するべきだった。
一人になりたくないからって、甘えすぎてたんだ。
結果、取り返しのつかないことになってしまった。
……レオまで失うなんて、耐えられない……。
もしレオまで失ってしまったらと、考えること自体が怖くて堪らない。
「……こんなことで、気づきたくなかった……」
これが恋じゃないと言うなら、私はきっと一生、誰にも恋をしないだろう。
家族以外で、こんなにも大切に思えた人を、傷つけてしまったなんて、謝っても許されないことだ。
そして、今、決断しなければ、きっとずっと、このままで、彼を危険に晒し続けてしまう……。
だから……。
身の回りの片づけをして……、と言っても、レオから貰った物は全て返さなければいけない。
私の持ち物なんて、カバン一つで収まるほど少ない物だ。
そのカバンを手に、大きく息を吸い込んで、レオの部屋のドアを開けた。




