第二十一話
「何か気になるものがあったら、なんでも言って」
久しぶりに来る市場は、やっぱり目移りするような物が多くて。
「あれは?」
「確か北部の料理だよ。独特な味なんだけど、食べてみる?」
レオに言われるがまま、口にしたけど ──
「……何これ!? すごく辛いっ!」
今まで食べたことがないくらい、辛い味のものだった。
「北部は寒いから、そういう香辛料を摂って体を温める、って話だ」
「ここは温かいんだから、摂る必要ないじゃない!」
「ははっ。君は辛いのが苦手なんだね。それは俺がもらうよ」
レオはそう言って、私の食べかけた辛い食べ物を取り上げた。
「辛くないの……?」
「んー……これは、この辛さがいいと思うんだけどね」
そう言って、ペロリと平らげる。
……なんであんなに辛い物を、あんなに平気で食べられるのかしら……。
「口直しに、どうぞ」
そう言って手渡されたものを、思わず凝視した。
「それは辛くないから大丈夫だよ」
レオはおかしそうに笑う。
そう言われて、恐る恐る、一口だけ口に含んだ。
「……美味しい……」
さっき口にしたものと比べてしまったせいか、とても甘くて美味しい。
これなら食べられると思い、しばらく食べていたんだけど……。
「なに?」
ニコニコと笑いながら、私を見ているレオに気がついて声をかけた。
「君の見た目と同じ、甘くて優しい物が好きなのか、って思っていただけだよ」
「……もう、言わないって言ったじゃない」
呟くように言った言葉に、レオは「ごめん」と笑った。
しばらく市場を回っていた時。
「どうしたの? 気に入ったものがあった?」
アクセサリーを売っているお店の前で、足が止まった。
「……ばば様がしていた物に似ているわ」
昔、じじ様から貰ったんだと、ずっと身につけていた腕輪の模様と似ていた。
「それは西部で昔からある、持つ者の幸福を祈る模様が彫られている腕輪だよ。お嬢ちゃんのおばあさんは、西部の人かい?」
お店の人にそう聞かれたけど、自分がどこから来たのかわからない私は、口籠った。
「彼女の祖父母が西部出身だったかな」
私の代わりに、レオが答えた。
「じゃあ間違いないね。きっと同じ模様だ。買ってやったらどうだい?」
店主がそう言う。
「全部同じ意味?」
「そうさね。細かいところは違うけど……恋人にやるなら、この模様かね」
レオの問いに答えた店主の「恋人」という言葉に、ぎょっとした。
「どういう意味がある腕輪?」
「これは ──あなたに、永遠の愛と幸福を、って意味さ」
「一つ買うよ」
「い、要らないわ!」
本当に買おうとしているレオを止めようとしたけど……。
「お嬢ちゃん。こんないい男が買ってくれるって言ってるんだから、にっこり笑ってもらってやらなきゃ」
「そうだよ俺が君にあげたいんだから、黙って受け取ってほしいんだけど」
店主と二人がかりで、説得されてしまった……。
「でっ、でも私は恋人じゃないもの……!」
その言葉のあと、しばらくの静寂が訪れた。
「……はぁぁ。情けないねぇ、最近の若いもんは! もっとシャキッとしなきゃだろ!」
「耳が痛いね」
店主とレオが話し出したから、思わず二人の顔を見た。
「そういうことなら、お嬢ちゃん。こっちはどうだい?」
そう言って指さされた腕輪は、とても華奢な作りの物だった。
「これは、あなたが安全に暮らせますように、って意味のやつだ」
「それなら……まぁ。でも、何かあったわけでもないのに、これ以上レオからもらえないわ」
「それなら、ほら! こっちは男物で、同じ意味の腕輪だよ。お嬢ちゃんが買ってやったらいいだろう?」
「……商売上手だな」
レオが小さく笑った。
「……レオは、私があげたら身につけてくれる?」
伺うように見上げると、レオは一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐに優しく笑った。
「……もちろん。君からもらったら、肌身離さず身につけるよ」
……レオには、いつももらってばかりだし……。
「それにするわ」
「まいど! あんたはどれにするんだい?」
「俺としては、これがいいんだけどね」
そう言って手に取ったのは、さっきの恋人向けの腕輪で。
「それはダメよ!」
反射的に声を上げると、レオは一瞬だけ驚いて、それから苦笑した。
「……ってことらしいから、俺もそれかな」
そう言って指さしたのは、さっきの安全を祈る腕輪だった。
「……そうだ。同じような意味で、あんたにおすすめがあるよ」
店主がレオに耳打ちすると、
「それにしよう」
迷いなく、レオは決めた。
「待って! どういう意味のもの!?」
「それと同じさ。安全祈願だよ」
にっこり笑うレオに、店主も「そうだそうだ」と頷いた。
少しの疑いが残るものの、私たちはそれぞれ、お互いに贈る腕輪を購入した。
「なるほど……ここを外して嵌めるのか」
レオは、私が選んだ腕輪をじっくり確かめるように眺めている。
私も、貰った腕輪をさっそく着けようとした、その時。
ひょい、とレオに奪われた。
「俺が嵌めてあげるよ。手を出して」
そう言われて、右手を差し出す。
パチン、と軽い音がして、腕輪が嵌まった。
「君は腕が細いから、この華奢なデザインがぴったりだね」
そう言いながら、今度はレオが自分の左腕を差し出してくる。
何かと思って顔を見ると、
「俺にも嵌めてくれるんでしょ?」
笑いながら、私が贈った腕輪を差し出していた。
「……レオは自分で嵌められると思うわ」
「君に嵌めてもらうからいいんだよ」
差し出された腕は、私よりずっと太くて、筋ばっていて。
パチン、と音を立てて嵌めたしっかりした作りの腕輪が、とてもよく似合っていた。
その後もしばらく市場を回り、そろそろ戻ろうかと思った時だった。
私の左側に立っていたレオに、すれ違いざま、誰かがぶつかった。
「……お、前……」
「へへっ。悪ぃな。あんたに恨みはねぇが、金くれるって言うからよ」
そう言ってレオから離れ立ち去ろうとする男の手には、真っ赤に染まったナイフが握られていた。
えっ、と声になる前に ──
「ぐあっ!?」
レオが男に飛びかかり、そのまま相手の体が宙を舞って吹き飛んだ。
「レオ!!」
その場に片膝をついたレオに、慌てて駆け寄る。
甲高い指笛の音が、周囲に響いた。
「アシャン、これからガルドが来るから ──」
レオがそう言いかけた、その瞬間。
影が落ち、辺りが暗くなる。
直後、すぐ近くで積まれていた荷が、轟音を立てて崩れ落ちてきた。
ぶつかる ──
そう思って、思いきり目を閉じた。
でも、覚悟した衝撃は来なくて。
恐る恐る目を開けると ──
「……レオ?」
レオが、私に覆い被さるようにして、そこにいた。




