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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第二十話

レオのこと。

私のこと。

白狼団にいるということ。

そして……レオとラシャさんのこと。

考えなければいけないことはたくさんあるはずなのに、何一つまとまらないまま、翌日を迎えていた。

私を呼びに来たレオが、私の顔を見てフッと笑った。


「なに?」

「……君は案外、こういうことは不器用なのかな、って思ったんだよ」


慣れないながらも自分でセットした前髪を、レオは指先でそっとなぞりながら言った。


「そういうところも可愛いけどね」


ちょっと待ってと、レオが髪を直してくれた。

……マックスはよく、綺麗だなんだと言ってくる。

それを聞いて、そうなのか、って思うだけだったけど……。

レオはいつも優しいけど、あまりそういうことを言わない人なのに、いきなりそんなこと言われて、なんだか、ひどく気恥ずかしい。


「よし、じゃあ行こうか」


髪を直した後で、レオに促された。


「待って。出かける前に聞いてほしいことがあるんだけど」

「なに?」

「……一昨日から、精霊たちの声が聞こえなくて……」


レオは顎に手を持っていき、考え始めた。


「また何かあったらって……」

「……オーケー。予定変更だ。今日は、できるだけ人の多いところにいよう。心配なことはすぐに教えて」


レオは何の問題もない、という口振りでそう言った。


「人が多いところって?」

「……今日はなるべく君と二人きりになって、思う存分君を口説こうかと思ってたんだけど、それはまた次の機会にするよ」


私の問いに、レオは軽く両手を広げながら答えた。


「く、どく……」


思わずくり返してしまった、その言葉。


「……君には嘘のない思いを、きちんと言葉で伝えた方が効果的だと思ったからね」


それにレオは反応し、口にする。

体の熱が、じわじわと上がっていくのがわかった。


「な、なんだかいつもと違うわ……」

「そりゃあ、今まで通りだと君が離れていってしまいそうだからだろう? だから、いかに俺が君を大切に思っているか、君にはちゃんと理解してもらわないとね」


その言葉に、視線を彷徨わせる。


「いっ、今まで通りがいいわ!」

「あれ? もしかしてもう効果出てきた?」

「からかわないで!」

「からかってなんかいないし、俺は本気だよ」


レオはそう言うと、私の手を取り、迷いなく指先に唇を落とした。


「……こんなことも君にしかしない」


射抜くように私を見るレオに、心臓が一気に跳ね上がった。


「もうわかったから、やめて……!」

「ははっ! 可愛い君のお願いは聞かないとだからね。今はここまでだ」


そう言いながら、レオは私の手を引いて歩き始めた。

……男の人に、色気を感じたのは初めてだ。

なかなか収まらない心臓の音に、必死に蓋をしようとしていた。

出かける直前、レオがガルドに何か話していた。

精霊のことを伝えていたのかもしれない。

あの時以来、こんなふうに声が聞こえなくなることはなかった。

でもあの鉄のような臭いはしない。

……でももしかしたら、潮の匂いが強くて、わからないだけなのかもしれない……。


「下を向いてどうしたの?」


隣を歩くレオが、覗き込むように身を屈めて聞いてきた。


「……潮の匂いが強いから、臭いがわからないのかも、って思って……」


なんの? とは言わなくても、レオには伝わったようだ。


「あんまり心配かけたくなくて言わなかったけど、俺のところに入った情報の中にも、確かにいくつか怪しいものはあった。でも一つずつ確実に潰していってるから」


レオは真っ直ぐ前を見たまま言った。

そして、不意にこちらへ視線を向ける。


「言っただろう? 何があっても、君は俺が守る。……だから心配しないで」


柔らかく笑う。

レオのことは信頼しているし、とても安心できるその笑顔に、私は小さく頷いた。


「……じゃあ今日は、この街の市場に行こうか」

「市場?」

「そう。今日はそんなに大きい規模じゃないけど、君があの店の次くらいに興奮して楽しんでいた場所だからね」


初めてレオと二人で出かけた時のことを思い出したのか、レオは楽しそうに笑った。


「あ、あれはだって、初めて見るものが多かったから」

「知ってるよ。……目を輝かせて楽しそうに笑う君を見て、他の男に見せたくないと思ったからね。あんなふうに思ったのは、それまで誰に対してもなかったのに……っと」


そこまで言って、レオは慌てて自分の口を押さえた。


「今日はもう、あんまり言わない約束だったな」


そう言うけど、もう聞いてしまった私は、頬の熱を感じながら、やっぱり少し、俯いた。

レオは小さく笑う。


「ごめん、ごめん。本当に今日はもう言わないようにするから、上を向いてくれる?」


その言葉に、私は一度目を閉じて、ゆっくり息を吸った。

そして、そっと目を開いて前を見る。


「よし、じゃあ行こう」


右手に、レオの熱が伝わる。

レオは、私にこんなにも優しい。

でも、精霊たちの声が聞こえない今、私は不安で仕方なかった。

いつもなら、精霊たちが何か言ってくれるのに。

今は、自分の気持ちすらよくわからない。


レオの言葉を信じたい。

でも……不安が消えない。


私はレオやバイルだけじゃなく、精霊にも頼りすぎていたのかもしれない。

目の前の誰かの言葉より、目に見えないあの子たちの言葉を信じて、頼りきっている。

もし、あの子たちがレオの言葉を聞いたら、なんて言うだろう?

レオは「誰に対してもなかった」って言うけど……。

それはラシャさんにもなかったんだろうか。

そんなこと口にはできないけど……。

誰が見ても、ラシャさんとの絆はあった。

ラシャさんとレオは、昔から知り合いで。

私は、ラシャさんや、あの女の人に比べたらまだ少ししか一緒にいない。

……この不安は、いつか消えるのだろうか。

レオの隣でそんなことを思いながら、私は歩き出した。

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