第十八話
「……ラシャさんのこと、気にする必要、ないと思うけど?」
部屋に戻ってきたところで、バイルが口を開いた。
「そ、れは、気にしてないわ……」
ラシャさんのこと、もちろん驚いたけど……。
二人はみんなが認めるほどの仲だったんだ、って。
でもそれ以上にあの人に言われた「お荷物のくせに」という言葉が、胸を抉った。
「いたっ!?」
下を向いていた私の額を、バイルは指で弾いた。
「あんた、嘘下手すぎ」
バイルは小さく息を吐いた。
「まぁ……、さっきの女のことは俺から頭に言うから」
「そ、その必要、ないんじゃない!?」
私の言葉に、バイルは驚いたように目を見開いた。
……一度会っただけの人に「ただのお荷物」なんて思われているなんて……。
それをレオに言ったら、きっとレオは怒る。
もしかしたら、あの人を責めるかもしれない。
でも……それは違う。
ここで薬師の仕事をしてはいるけど、お店に卸していないから利益が出ていない。
でもレオは、自分が買い取ると言って、私が作った分のお金をくれる。
それはレオに迷惑をかけているってことで……。
お荷物なのは、事実だから。
それを指摘されて怒るなんて、筋が違う。
だからそんなこと、レオに言う必要ないわ……。
「あの女に見覚えは?」
「それは、うん、前に一度……」
「会ったことあるのか?」
「……前にレオに連れられて、下でご飯食べてた時に……」
「あー……」
バイルは唸るように声をあげた。
「まぁ……アレは頭の身から出た錆みたいなもんだから」
「バイルはあの人、知ってるの?」
「俺自身は知らないけど……頭の昔の遊び相手、とかじゃないか?」
バイルは横目で私を見ながらそう言った。
……遊び相手ってことは、ある程度仲良くないと言われない言葉だと思うし、あの人はレオのことをよく知っているのかもしれない。
「今は交流ないからこそ、こうなってんだと思うし。頭に言ったところであんたは悪くないどころか、逆に謝られると思うけど?」
それでも言わないのかと、バイルは聞いてきた。
……私は別に、謝られたいわけじゃ、ないし。
「ほんとに、言う必要、ないと思うから……」
バイルは小さく一つ、息を吐いた。
「……あんたがそう言うなら、今回は黙っとく」
「ごめんね……ありがとう」
バイルの優しさに、甘えてしまう。
もしかしたら、こういうところも、 ……お荷物って、見られてしまうんだろうか……。
翌朝 ──
レオはどんなに忙しそうにしていても、毎朝必ず私の部屋に来て、私の前髪をセットしてくれる。
できるから、やりたいんだ、って言われて、それを不思議に思わなかったけど……。
「レオはどうして髪を整えるのが上手いの?」
不意にそう聞いてしまっていた。
「昔、まだ村にいた頃だけどね。俺の村は、大人は畑で忙しかったから、子どもはみんなまとまっていたんだよ」
大きな手からは想像できないほど、今日も器用に、私の前髪を編み込んでいく。
「だからその時、ラシャとか、下の子たちにやってあげてたんだ」
朝のほんの5分でも、こうやって話がしたいって言われて始まった行為だけど……。
今はその時間が、一日の始まりとして、大事な時間になっている。
「ラシャさんに……」
「うん? ラシャがどうかした?」
レオは私を見る。
その優しい眼差しに、何も言えなくなった。
「……ううん、なんでもないわ」
「そう?」
レオは少しだけ、不思議そうな顔をした。
でもそれ以上は聞かずに、柔らかく笑った。
「はい、今日も似合ってるよ。なんでもやっておくもんだね。あの頃の経験が、まさかここで活かせるなんて思わなかったよ」
レオは柔らかく笑うけど……。
昨日のあの人の言葉が、どうしても頭から離れなかった。
「アシャンちゃん、なんかあったんすか?」
いつものお茶の時間に、唐突にマックスが聞いてきた。
「なんでそんなこと思うんです?」
どう答えようか、咄嗟に言葉が出なかった私の代わりに、バイルが口を開いた。
「いや、なーんか、いつもと違うくね? って思って……うーん……」
マックスはそのまま考える仕草をする。
「あ! わかった! 今日はその目を見る回数少ないんすよ!」
ぽん、と手を打って一人納得しているマックス。
「どういう意味?」
「んー……だからー、アシャンちゃんて、そこらの女よりダントツ目引くんすよ。特にそのキラキラの目が!」
その時、昨日の女の人の言葉が蘇ってきた。
「しかもその目って、すっげー印象に残る、っていうか」
『ただ人よりちょっと綺麗なだけの、お荷物』
そう言っていた、あの人……。
「なのに今日はあんま目合わないから、元気ないのかなー? って思ったんすよ」
自分でも、だんだん目線が落ちていくのがわかった。
それと一緒に、胸の奥も、少しずつ重くなっていく気がした。
「みんなマックスさんみたいに、軽いノリで切り替え早く生きてけねーんだから。そりゃ元気ない日だってあるでしょ」
「あー、女っていろいろ複雑って言うもんなー」
一人何かを納得し、マックスは部屋から出て行った。
「……気にしてんの? 昨日の女のこと」
マックスがドアを完全に閉めたことを確認してから、バイルが口を開いた。
「気にする必要、ないって昨日も言ったと思うけど?」
テーブルをコンコン、と指で叩きながらバイルは言う。
「気にするとかじゃなくて……」
「なに?」
「……私、危ない目にはあったことあるけど、そういうことじゃなく……純粋にああいう風に……悪意を向けられたことないから……どう処理したらいいかわからなくて……ずっと落ち着かないの……」
そこまで言うと、バイルは大きく息を吐いた。
「俺が口を出すことじゃないから黙ってたけど」
「うん?」
「頭は特定の女を作らなかっただけで、モテないわけないんだ。だから、ああいうのはこれからもゴロゴロ出てくるだろ」
頬づえつきながら言うバイルに、目を見開いた。
「ゴ、ゴロゴロいるの? ああいうこと言う人が?」
「それだけモテる男だろうし……。まぁそこをうまくラシャさんが抑えてた、みたいなところは確かにあったけど、頭がラシャさんになんとも思ってないのは、誰が見てもわかるだろ」
バイルはそこまで言うと、ハァ、と息を吐いた。
ラシャさん……。
みんなが、レオの特別な人になると思っていた人。
「……でも、人の気持ちって、本人にしかわからないじゃない?」
「いやだから、」
「人も、植物みたいにわかりやすかったらいいのにね」
そう言った私に、バイルは噴き出した。
「だったら精霊に聞いてみたら? 頭のこと」
「そんなこと聞くわけないでしょ」
バイルにはそう言ったけど。
そう言えば ──今日はまだ、一度もあの声を聞いていない。
そのことに、この時になってようやく気がついた。
いつもならこんな時、励ましてくれたり、叱ってくれたり、何か言ってくれるはずなのに。
胸の奥が、すうっと冷えた気がした。




