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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第十七話

ここに来て初めての薬が、まさか二日酔いの薬だなんて思わなかったけど。

作ってるところが見たいと言ったレオを横目に、精霊たちに言われるまま調合していった。


「君は本当に薬師だったんだね。手際が良い」

「信じてなかったの?」

「いいや。ただどういう風に作るのかって思ってただけだよ」


その後レオに頼まれ、拠点で必要になりそうな薬を調合していくことになった。


そして ──


ヴァルディアに来てからしばらく。

ここでの初仕事の二日酔いに効く薬は、思いのほか功を奏して ──


「アシャンちゃーん、ちょっと腹痛に効く奴ないー?」

「あるわよ」

「アシャンティ、すり傷に効く塗り薬ないか?」

「それはこっちに置いてあるわ」

「この前くれた腰痛に効く湿布ねぇか、って隣のおばちゃんが言ってたぞ」

「あれはちょっと薬草が足りなくて……」


白狼団のみんなに、私の腕を買われて、ひっきりなしに仕事部屋に誰かがやってくるようになった。

どうやら、仕事に一段落つくと深酒をしてしまう人が多いらしく。

その時に二日酔いの薬がものすごくよく効いたそうだ。


「不思議っすよねー。おんなじ薬のはずなのに、アシャンちゃんの奴はほんっとよく効くんすよ」


それはそうだと思う。

だって、調合方法は全て、精霊たちが教えてくれるんだもの。

微妙な分量の違いも、「匂いでわかるのよ」って、細かく教えてくれるから。


「役に立ててるみたいで嬉しいわ」

「いっや、もう大活躍っすよ」


ただこれは、あくまで白狼団限定でのこと。

レオが店に卸すことや、私自身が売り歩くことには渋い顔をするので、今はまだ仲間内だけにとどめている。

……でも、それが良いことなのかはわからなかった。


「店出したら大繁盛確実っすよ」

「それはレオがいい顔しないもの」


最近マックスは、午後のお茶の時間にここに顔を出す。

この時間に私が出すお茶を飲むとよく眠れて、翌日すっかり元気になるから欠かせないらしい。


「それなんすけどー、それでほんとにいいんすか?」


今日もお茶を飲みながら、マックスは呟く。


「いいって何が?」

「だーかーら。頭にそんな束縛されて息詰まんねぇのか、って聞いてるんすよ」


その言葉に、驚いてマックスを見た。

……束縛?

確かにレオは、私が一人で街を歩くことも、店を出すことも、許してくれない。

でも……。

それは私を心配してくれているからこそだと思うから……。


「べ、つに、……息なんて詰まらないけど?」

「そーいうもんすかねー」

「マックスさん、あんま余計なこと言わない方がいいですよ」


そこへ、話に割って入ってきたのはバイルだった。

レオはなんだか忙しいみたいで、最近はずっとバイルといる。

そのせいか、バイルはすっかり私の助手のようになっていて、薬草作りも簡単なものなら把握してきている。


「いやむしろお前と一緒に店出したら、アシャンちゃん安泰っしょ? お前もやたら薬草に詳しくなってきてるし」

「俺はあんたと違って、あの人の怒りを買う気はないですよ」

「俺は事実を言ってるだけでさー。こーんな可愛い子、こんなとこに閉じ込めてたら可哀想じゃねぇか、って話!」


マックスは頬づえをつきながらそう言った。

バイルはそれを、困ったような顔で聞いていた。

……マックスが私のことを思ってこういうことを言ってくれてるのはわかる。

確かにもう少しだけ、自由に外に出たいって思うこともあるけど、それでも私は、今の生活に満足しているし、レオにはすごく感謝している。

レオと出逢っていなければ、私はこの生活を送れていなかったのだから。

でも……。

この時のマックスの言葉は、小石が湖に落ちたように、確かに私の中に波紋として広がっていった。


「すっかりここの連中に馴染んだみたいだね」


レオとは最近、ゆっくりと話す時間はあんまりない。

でもいつでもこうやって、私を気にかけていてくれている。


「マックスのおかげかしら?」

「……マックス? バイルじゃなくて?」


私の言葉に、レオは首を傾げた。


「ここに来たばかりの頃言われたの。私がこうやって目を隠さずに笑ってたら、ここの人たちはチョロい、から、イチコロって」


その時のマックスがやったように、親指を立ててレオに言った。

……でも未だに、チョロい、から、イチコロの意味はよくわかってないけど。


「…………ねぇ、アシャン」

「なに?」

「それはあまり使わない言葉だから、忘れようか?」


レオはにっこりと笑いながら言う。


──怒ってるわ! ──

──あのお喋り人間、怒られるのよ ──


ここで過ごすようになってからわかったのは、レオは怒ってる時も顔は笑っている、ということ……。


「……マックスを怒るの?」

「まさか。ちゃんとした言葉を教えろって頼むだけだよ」


レオはそう言うけど……。

この笑い方は、マックスが怒られるんじゃないかって思ってしまう。

そんな風に、表情一つから少しずつレオの感情がわかりはじめてきた。


「よい、しょ、っと……」


それだけの時間が経過していても、レオは私が一人で出歩くことを許さない。

だから一人で出歩けるのは拠点である建物のほんの周辺だけだ。

この日も私が一人で動ける範囲のゴミを捨てにきていた。


「ねぇ」


その時、不意に女の人の声が聞こえた。

ここに来てから交流があるのは男の人ばかりで、女の人とはほぼない。

そのため一度でも交流ある女の人のことは、わりと覚えていた。

だから振り返った先にいたのが、以前、拠点の食堂で見かけた女の人だったとすぐにわかった。

確か、レオに何か相談があるとか言ってた……。


「あなたよ、あなた。聞きたいことがあるの」


私に用があると呼び止められた。


「あなた、なんでここにいるの?」


名も名乗らないその人は、唐突にそう聞いてきた。

……なんで?

なんで、なんて……。


「ゴミを捨てに?」

「そういうこと聞いてんじゃないわよ!」


目の前の女の人が誰で、なんの用なのかはわからないけど、確実に怒っていることだけは私にもわかる。


「ここはレオンの作った白狼団の拠点でしょ!? なんで女のあなたがいるのか、って聞いてるのよ!」


レオたちは、この街で便利屋の仕事をしていると言っていた。

もちろん仕事は選ぶけど、自分たちでできそうなことを引き受けているんだそうだ。

そうすることで、街の人たちと交流を図れるからご飯も食べに来てもらえて一石二鳥だ、って言っていた。


「……私も、白狼団だから?」


だから街の人たちに「白狼団」であることを隠さなくていいと言われている。


「……だからなんであなたがいるのよ!? レオンは女は入れないって言ってたのよ!?」


甲高い声が響く。

でも……。


「そんなこと、言われたことないわ」

「あなたが知らないだけで、この街の常識よ! 女が入るとイザコザが起こるかもしれないから入れないって自分で言ってたのよ! だから安心してたのにっ」


その人は顔を歪める。

その表情を見ながら、自分の中で徐々に心拍数が上がっていくのがわかる。


「でも私は、レオに言われて、」

「レオンはあなたにだけ優しいんじゃないわ! 誰にでも優しいのに、あなたが図々しく甘えるから……!!」


なぜ私は今、この人に攻められているのか……。

それはわからないけど、聞いてはいけないという気持ちと、聞かなければならないという気持ちが、同時に押し寄せてきた。

女の人は私を睨みつけてくる。


「彼は元々、みんなに優しかったのよ! それをあなたが変えたの! あなたのせいで、彼はみんなに冷たくなったわ! ……もし彼が誰か一人選ぶなら、それはラシャだと思っていたのに。それをなんで昨日今日来たばかりのあなたが」

「……ラシャ、って、ラシャさん?」


ドクン、ドクン、と心臓の音が耳の奥でうるさく響いた。


「そうよ。二人とも否定してるけど、ラシャがレオンを慕っているのなんて、誰が見てもわかるし、レオンもラシャには特別甘いのよ。……だから、いつか彼が誰かを選ぶ時、それがラシャなら、みんな認めざるを得なかったのに。……あなたは、なんなのよ!?」

「わ、たし、は……」

「ただのお荷物のくせに、人よりちょっと綺麗なだけでしょ!? なんであなたなんかをっ」

「そこまでにしてくれません?」


頭を何かで殴られたような感覚の中、バイルの声が響いてきた。


「あんたのことは、レオンさんに報告しますから」

「……せっかくレオンの部下になれたのに、女のお守りなんてあなたも哀れなものね! 」

「女のお守りじゃなく、仲間の擁護ですよ。……行こう」


バイルは私の手首を掴み、そのまま建物の中へと引いていった。

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