第十六話
「もっと気の利いたところも考えたけど、まず君には身近な物に慣れてもらいたいと思ってね」
部屋に荷物を置いた後で向かったのは、拠点一階のご飯屋兼居酒屋だった。
お昼はご飯屋で、夜はご飯とお酒を出しているそうだ。
「いらっしゃー……かし、っと、レオンさん!」
店にいたのはユリウス。
頭、と言いかけて口を抑えた。
「どうしてユリウスがここにいるの?」
「んー……、俺たちもいつも仕事があるわけじゃないからね。時間がある奴はここで働いてるんだ」
傭兵の仕事がない時に、ここにいる、ってことなんだろう。
「レオもここで働くの?」
「俺はまた別のことをしてるよ」
にっこり笑う姿を見ると、それ以上踏み込めない。
料理を作ったり、優しく笑ったり。
私が思い描いていた「傭兵」とは、全然違う。
レオは一体、何者なんだろう。
「はい、お待ちっ!!」
ドン! と乱暴なほど勢いよく、飲み物が入ったグラスを持ってきたのは ──
「おい、ラシャ。もっと優しく置かないと割れるだろ?」
「これくらいで割れるわけないでしょ!」
ラシャ、さん、だった。
「そう言えばちゃんと紹介したことなかったよね? 俺と同郷で、ここで働いてもらってるラシャだ。ラシャ、こっちは新しい仲間のアシャンティ」
「こ、こんにちは」
頭を下げるものの、
「……どーも」
それだけ言うと、フン、とラシャさんは仕事に戻っていってしまった……。
レオが困ったような顔をしている。
「私、嫌われてるのかな……」
前に会った時も、ラシャさんはチラッと私を見て、すぐ目を逸らしていた。
「いや、アイツはこの間からへそ曲げてるだけだから気にしないで」
横目でラシャさんを見送りながら、レオはそういうけど……。
年の近そうな女の子と関わるのは初めてで、もしかしたら友達になれるんじゃないかって思ってた。
だから、余計、胸に引っかかった。
「このお酒、美味しい」
「酒のわりに、飲みやすいだろう?」
ラシャさんが持ってきたお酒は、レオのオススメで。
お酒初心者でも飲みやすいらしい。
レオの瞳のような色のお酒は、口当たりが滑らかでどんどん飲めてしまいそうだ。
「レオン! ここで会えるなんて、来て良かったわ!」
それからしばらくした後で、女の人が一人、近づいてきた。
「また相談に乗ってほしくて、」
「うーん、それは今は無理かなー」
ほわほわ、っていうのか、ふわふわ、っていうのか。
気分が空に登っていってるような気がする。
なんだか気持ち良いわ。
「少しだけ! お願い! 少しだけでいいから!」
「いやいや、無理でしょ。連れもいるし」
不思議ね。
なんだか心が前に出てきたような感じがするわ。
「ねぇ、あなた。レオンを少し借りてもいいわよね?」
「あのなぁ、もう少し状況を、っ!?」
レオの身体は、傭兵らしくないかもしれないけど。
でも、大きくて、とても温かいのよ。
「だめよ。レオは私の側にいなきゃなんだから」
「…………ねぇ、アシャン? 君酔ってるよね?」
私の身体を支えるレオの腕は、とても優しいの。
「あなたの匂い、好きよ。すごく落ち着く」
「さては俺の忍耐力を試そうとしているんだな? 甘えてくれるのは嬉しいけど、酒が入ってないならもっと嬉しかったよ」
私を抱き上げるレオは、とても力強いわ。
「レオは温かくて、誰よりも優しいわ」
「君はもう、酒は禁止だ。少なくとも俺がいない時は飲むんじゃない」
そうして、困ったような、どこか呆れたような声で、レオはおやすみと言った。
その声を最後に、私は眠りについた。
夢の中でじじ様が呆れた顔をしている。
ばば様は「困った子ね」と言いながらも、おかしそうに笑っていた。
……そうね。
きっと、星に還るってこういうことなんだわ。
これからもきっと……ふらりと夢に、出てきてくれる。
それからどのくらい経ったのか ──
──…きて…… ──
──おき…… ──
──おはよう!起きて! ──
「アシャン、おはよう。起きれたかな?」
パチッと、目を開けると、思った以上に瞼が重かった。
ボーッとする頭に、レオの声が響いた。
「大丈夫? 開けるよ?」
少し間を置いて、レオがそっとドアを開けた。
「良かった、起きたんだね。大丈夫?」
「……なんだか頭が痛いわ……。それに胸焼けもするし……」
起き上がりながら答える私に、レオは手に持っていたトレイをテーブルに置いた。
「完全に二日酔いだね」
「……二日、酔い……」
「そうなんじゃないかと思って、二日酔いに効くスープを持ってきたよ」
そう言われて、椅子に座るよう促された。
もそもそとベッドから起き上がって椅子に座る私に、「日差しを入れよう」と言いながら、レオはカーテンを開けた。
「少しずつでいいから飲むといいよ」
隣に座ったレオに促され、一口、口に含んだ。
さっぱりとした酸味が胸焼けしてる体に滲みる。
「それで君は、昨日のこと覚えてるの?」
もう一口、と、スープに手を近づけたところで、レオに声をかけられた。
……昨日のこと?
昨日はだって──
『だめよ。レオは私の側にいなきゃなんだから』
そう言って、レオに抱きついてしまった自分。
レオの体に頬を寄せ、離れまいとした自分を思い出してしまった。
カッ、と一瞬で顔から火を吹くんじゃないかってくらい、熱が集まった。
「おっ、覚えてないわっ!」
思わず、声が裏返った。
私、なんてこと、してしまったの……!
だってそんなつもりなかったのに、なんであんなこと!
咄嗟に嘘を吐いたことより、昨日の醜態が頭を大きく占めた。
その時。
「ははっ! そうか、覚えてないのか」
レオが本当に楽しそうに笑った。
──彼、信じてないんじゃない? ──
──あなたの嘘を見抜いてるのよ ──
「ほんとうよ! 何も覚えてないわ!」
レオは、私が今まで見た中で一番、優しい顔をしていた。
「わかってるよ。君は覚えてないんだよね?」
「そ、そうよ!」
「それは残念だ。……じゃあ、次は酔ってない時に聞かせてもらえると嬉しいよ」
眩しいほどに優しい眼差しに、胸がどきりと跳ねた。
「ほら、冷める前に飲むといい」
もう一度、スープを飲むように促され、黙って従うことにした。
「今日はゆっくり休んでいたら?」
「……いいえ、薬を作らないとだもの」
「誰も君を急かしたりしないさ」
「誰かが急かさなくても、私がほしいの」
「君が? なんの薬を?」
「……二日酔いに効く薬よ」
そう言うと、レオは今度こそ堪えきれないというように笑った。




