第十五話
歩いてる途中の露店で、ヘアピンを見つけた。
特に何が良いとか拘りがなかった私は、目に着いたそれを買うことにした。
「よく見えるだろ?」
買ってすぐ、前髪を留めた。
どこか重かった景色が、ガラリと変わった気がした。
そして目的地の薬草屋に入った途端、店主の声に私の足が止まった。
「昨日来た子じゃないか!」
店主の顔が、ぱっと明るくなった。
「薬師の仕事に使える薬草がほしくて」
「薬師だったのか!いくらでも相談してくれよ。珍しいもんも入ってるよ」
やっぱりここのお店は素敵だ。
薬草も生き生きしてるし、店主もとても良い人だ。
「苗まで貰って良かったのかしら?」
たくさん買ってくれたからと、ハーブの苗まで貰ってしまった。
これからもあのお店に通わせてもらおう。
いろいろと買い出しを終え、拠点に戻った時。
「あー! アシャンちゃん、髪型変えたんすか!?」
ピンで留めた前髪を指差し、マックスが近寄ってきた。
「う、うん……。そう、だけど」
マックスはまじまじと私を見つめてくる。
その視線に耐えられず、思わず視線を逸らした。
「やーっぱ、アシャンちゃんて、キラキラした綺麗な目してるんすね」
いきなり目の話題になって、反射的に手で隠してしまう。
けれど ──
「絶対そっちの方がいーっすよ! 話しかけやすそう!」
そう言って、マックスは屈託なく笑った。
「……そう、かな?」
「そーっすよ! 顔隠れてるとなんか話しかけづらいけど、アシャンちゃんがそうやって顔出して目見ながら笑ったら、ここの連中なんてチョロいからイチコロっす!」
親指を立てながら、マックスは断言する。
……チョロい、から、イチコロ?
意味はよくわからなかったけれど、なんとなく嬉しい言葉なんだろうというのは伝わった。
「いいもん見たなー」
そう言い残して、マックスは満足げに去っていった。
その直後。
「帰ってきたの? いろいろ買えた?」
後ろから、レオの声が聞こえた。
「ええ! あのお店、やっぱりすごく素敵よ! いろいろ買ってくれたからって、おまけでハーブの苗をもらったの」
そう言いながら、もらった苗を見せようと袋を広げた。
……けれど、レオは何も言わない。
不思議に思って顔を上げると、彼は少し口を開けたまま、固まったように動いていなかった。
「……レオ?」
その声に反応して、レオはバッと私の隣に立っていたバイルを見た。
「本人の意思です」
バイルは、いつもと変わらない淡々とした声で言った。
その一言に、レオはぐっと目を閉じる。
「レオ?」
もう一度名前を呼ぶと、彼は困ったような、少しだけ諦めたような顔で、私を見た。
「そういうことをするなら、その場に俺がいる時にしてほしい」
えっ、と声が出そうになった、その時。
「似合ってる。……でも、本音を言えば……」
そう言って、私の額にそっと指を伸ばし、前髪のあたりに触れる。
「俺だけが知っていたかったけどね」
苦笑まじりの、その声はとても優しかった。
朝のレオの姿が、突然脳内に蘇ってきた。
誰にも見せたくないと言った、その感情が独占欲と言った。
なら……、自分だけが知っていたいっていう思いもきっと、レオの、独占欲で……。
「……そう、なん、だ……?」
胸の奥がぎゅっとした。
レオが触れた場所から、熱が全身に広まった気がする。
吐く息が、熱い。
──あなたの心、春みたい ──
──彼が温かいのよ ──
今日は一日、おとなしめだった精霊たちが騒ぎ出す。
それも熱を加速させた。
「じゃあ俺は今日はここで」
バイルが一つ咳払いをした後で、そう言った。
「あ、ありがとう!」
その言葉に、軽く頭を下げてバイルは去って行った。
「バイルとは打ち解けた?」
「うん。バイルは年下だけど、いろいろ教えてくれて。頼りになる兄様みたいな人だわ」
「……兄様、ねぇ……」
レオはため息を吐いた後で、小さく呟いた。
「まぁいい。……荷物を置いたら、ご飯を食べに行こうか」
レオは私の荷物をひょいと手に取り、部屋に向かった。
でも行き先は、私の部屋じゃなかった。
「ここが君の仕事部屋だ」
「……わざわざ部屋をわけなくても……」
「君が薬師として仕事をするなら、何かあった時にみんなが君を頼るだろう?」
「それは、うん」
「そうなった時に君の部屋と仕事部屋が一緒だと、アイツらが君の部屋に入ることになるからね」
荷物を机の上に置きながら、レオは言う。
「別に私は気にしないわ」
「俺が気にするからダメだ」
レオは私の前に来て、ヘアピンに触れた。
「君はこれから、いろいろな人間と知り合って、きっと今よりもっと、綺麗になっていく」
レオは「直してあげる」と言いながらパチン、と、ヘアピンを外した。
そのことで前髪が元に戻っていく。
「そんな君に近づく奴ら、いちいち相手にしてやれないからね。最低限の防衛だよ」
そしてクルクルと器用に私の前髪を指で巻く。
「君は無防備だから、代わりに俺がやらないと」
巻いた前髪を、再びヘアピンで止めた。
「……うん。ただ止めるより、こうするとより可愛い」
優しく笑いながら、レオはそっと私の目尻に触れた。
「……本当に、俺だけ見ててくれたらいいんだけどね」
どこか悲しそうな顔で、そう呟いた。




