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精霊師の末裔が選んだ忘却  作者: 猪口 零都
第一章

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第十三話

やや長めです

目を閉じていても感じる眩しい日差しに、ゆるゆると目を開けた。

一瞬、ここがどこで、どうしてここにいるのか分からなかった。


「アシャン、起きてる?」


ノックの音とともに聞こえたその声で、ようやく現状を思い出す。

……私は、あの森を出たんだわ……。

ドアに向かおうと、どこか重い体を起こした、その時だった。


──おはよう! ──

──ここは温かな水の匂いがする場所ね ──


「え……?」


思わず天井を見上げる。


──やっと声が届いたわ!──

──ずっとあなたとお話ししたかったの!──


「……戻って、きた?」


──おかしなこと言うわ。私たちはずっと一緒にいたのに ──

──そうよ、そうよ。戻ったんじゃなくて、聞こえなくなっていただけよ! ──


「……ずっと、側にいてくれたの?」


──当たり前じゃない。あなたはトモダチだもの ──

──あなたは大好きな人間だもの ──


「……アシャン? 大丈夫? 入るよ? ……って、どうしたの!? 悪い夢でも見た?」


駆け寄ってくるレオは、滲んで見えた。

服の袖で涙を拭う。


「ずっと、側にいてくれたんだわ」

「え?」

「ここは温かな水の匂いがするところだって言ってる」


その一言で、レオには伝わったようだった。

いつもの、あの優しい笑顔を私に向けてくれる。


「そうか。気に入ってくれると嬉しいよ」


私の目尻を、指の腹でそっと拭いながら、そう言った。

朝ご飯を済ませると、今日は私の生活に必要な物を買いに行くと言われた。


「ご飯って、誰が作るの?」

「うちは当番制だよ」

「なら私も作るわ」


名乗り出た私を、レオはじっと見つめてきた。

そのまま、ぐっと目を閉じたかと思うと、上を向き、下を向き……そして、


「君は作らなくていい」


そう一言で返してきた。


「どうして? 私もここにいるんだから、当番制なら私だって、」

「君には別のことをしてもらうから、いいんだ」


にっこりと、それ以上追求させないような笑顔でレオは言う。


「……私だって料理できるけど」

「知ってるよ。……ここはね、一階で居酒屋のようなことをしていて、俺たちの食事もそこの厨房を使う。でもまだ君には踏み込ませたくない。その理由じゃ駄目?」


ちょっと困ったような顔で、レオが私を見る。

私が口を開きかけた、その時。


「レオン! 帰ってきたなら教えてって、いつも言ってるでしょ!」


突然、女の人の声が響いた。


「……ラシャは朝が早いなぁ」

「何言ってるのよ、もうお昼近くじゃない!」


ラシャと呼ばれた人は、一直線にレオの元へ近寄ってくる。


「あー……。アシャン、食堂は二階に降りてすぐ右にある部屋だ。先に行っててくれる? ガルドがいるはずだから、聞くといい」

「うん、わかった」


先に行くよう促されたから、その場を離れることにした。

すれ違いざま、ちらっとラシャを見ると、目が合った。

長い髪の、綺麗な人。

気が強そうな顔をしてるけど、レオを見る目に優しさがある人。

でも、私を見た瞬間。

ぷいっと、思いきり顔を逸らされてしまった。

……私、嫌われた?

部外者って警戒された、とか?

そんなことを考えながら、とりあえず食堂へ向かうことにした。


「アシャンちゃん、こっちっす!」


食堂に入って、ガルドを探しだす前に、マックスから声をかけられた。

呼ばれた席にはガルドもいた。

ここに来るまでの間、何度か話す機会があったガルドたちからも、マックス同様、さん付けで呼ばなくていいと言われて、そのように呼んでいる。

レオは白狼団の人たちは家族みたいって言ってたから、ここの人たちはそうなのかもと思っている。


「レオンは?」

「あー……ラシャ、さん? に、声をかけられて」

「それ長くなるっすね」


昔からの知り合いだからだろう。

ガルドだけは、レオを「頭」ではなく「レオン」と呼んでいる。

その呼び方に、二人の信頼関係が滲んでいる気がした。


「あの人は誰?」

「俺たちの村の仲間。妹のような奴だ」


ガルドが教えてくれる。


「いつものことっすけどねー。話長くなると思うから、アシャンちゃんも先に食べてたらいいんじゃないっすか?」


マックスが私にパンが入ったお皿を出してきた。

……アシャン「ちゃん」なんて呼ばれたことないから、すごく不思議な感じだ。


「てゆーか、頭いない今のうちに聞いていーっすか?」

「え? ……なに?」


マックスはテーブルに身を乗り出した。


「アシャンちゃんて、結局のところ頭の女なんすか?」


じっ、と私を見つめてマックスが聞いてくる。


「頭、の、……女?」


逆に聞き返した私。

ガルドは額辺りを抑えている。


「まぁ……要は、恋人か? ってことだな」


チラッと私を見てガルドは言う。

……恋人か? って、レオの恋人かってこと?


「ちっ、違うわ!」

「え? 違うんすか?」


マックスは驚いたような声を出した。


「じゃあ、赤の他人にあんな独占欲丸出しってことなんすね?」

「お前、言い方に気をつけろ」


ガルドがマックスを静止するような素振りを見せる。

独占欲……?


「でも事実っしょ。アシャンちゃん、大変じゃないっすかー。逃げたくなったらどーすんだ、って話っすよね」

「……べ、つに、逃げない、けど……?」

「いやいやわかんねーって、男と女なんて! どっちかが重すぎてもダメなんすよねー」


──煩い人間ね ──

──おしゃべりだわ! ──


不機嫌そうな声を出す精霊たち。

その直後、いつの間にか来ていたのか、マックスの肩に、ぽん、と手が置かれた。


「随分、ためになる話をしてるじゃないか」


そう言いながら、マックスの隣に座るレオ。


「お前の恋愛談義が聞ける日が来るなんて思いもしなかったよ」

「……いやいやいや、何言ってんすか、頭にそんな話必要ないっすから」


心なしかマックスの顔色が悪くなった。


「そう言うな。せっかくだから聞いてやるよ。重い男がなんだって?」

「勘弁してほしいっす……」

「……ふふっ」


二人のやり取りを見てたら、思わず笑いが漏れてしまった。

その声を聞いて、レオ、マックス、ガルドも私の方を見てきた。


「あ、ごめんなさい。……すごく仲が良いんだと思ったら、声が出ちゃって」


そう言った私を、三人は驚いたような顔で見てきた。

でも次の瞬間、口を開いたのは、マックス。


「アシャンちゃん、どこ見てんすか! これは仲が良いとかじゃなく、上司の圧力ってやつで」

「おい」

「え? な、なんすか……?」


突然低い声で、レオがマックスを遮った。


「アシャン『ちゃん』? 知らないうちに、随分仲良くなったじゃないか」


レオは笑ってるけど、笑っていない。


──ムッとしてるわ! ──

──彼、イライラしてる! ──


目の奥だけ、さっきまでとは違う気がした。

それは私にもわかった。


「だからそういうとこっすよ! もうほんとに勘弁してくださいって!!」


そう言いながら、マックスは立ち上がり、食堂から出て行った。


「追いかけなくて、いいの……?」

「いいんだ。アイツはいつもあんなだよ」


レオの言葉にチラッとガルドを見ると、ガルドも困ったように笑いながら頷いた。


「ここのご飯はどう? 口に合う?」

「あ、うん。とても美味しいわ」

「それは良かった」


目の前に並べられたパンやサラダ、スープは、いつも食べていた味とは違うけど、美味しいと思う。


「ガルド、今日は1日開けるからあとよろしく頼む」

「……ラシャは?」

「へそ曲げて降りて行ったよ」


レオは困った顔をしながら言うけど、その目は私に向けるように優しい物だった。

……少しだけ、胸の奥がざわついた。


「とりあえず、君の着替えから買いに行こうか」


ご飯を食べ終わった頃、レオが今日の予定を口にした。

昨夜、レオがとりあえずこれを、と、自分が着ていた物を持ってきてくれた。

でもやっぱりサイズが大きいから、裾は折らなきゃだし、ウエストも緩くてちょっと不格好だ。


「私、そんなにお金持っていないわ」

「そんなこと心配してたの? 俺こう見えてわりと稼いでる方だから心配しなくていいよ」


あの日、薬を売りに来てそのままこの街まで来たから持ち合わせなんてそう多くない。

でもレオは心配するなって言う。


「でもお金は借りるものじゃない、って、じじ様が」

「ロアンさんらしいね。でもこれは貸すんじゃないよ。俺が君にあげるんだ。だから問題ないだろう?」


そこまで言うとレオは歩き出した。

……レオが私にくれるから問題ない?

本当にそうなのか考えながら、あとを追った。


「……人が多い……」


私がいたあの森の近くの町とは違い、どこを見ても人で溢れている。

だからなのか、精霊たちの声が聞こえない。


「迷子にならないように手を繋がないとだね」


そう言ってレオは私の手を取った。

体がビクッと反応した。

大きくて優しい手が私を包み込んだ。


「まずは服屋だね。君が気にいる物があるといいけど」


そう言って連れてきてくれたお店は、綺麗な──ラシャさんが着ていたような服がずらりと並んでいた。


「気に入ったのはある?」


レオはそう聞いてくるけど……。


「ど、どれがいいのか、わからないわ……」


森にいたら決して着ることのないであろう服ばかりで、初めて見るものに戸惑いを隠せずにいた。


「なるほど。んー……じゃあ、これとか? こっちもいいと思うし……あ、待った。これも一緒に」


パッパッと、レオがいくつか服を選んでくれた。

私は言われるがまま、その服を持って試着室に入った。

一着、袖を通してから、外にいるレオに声をかけた。


「……こんなにヒラヒラしているスカート、履いたことないから……ちょっと変な感じするの」


森では、ヒラヒラしたものは草木に引っかかって危ない。

同じスカートでも、私が知っているそれとは、まるで違っていて……。

でも……。


「うん。君に、とても似合っているよ」


そんな風にレオが優しい目をして言うから、私はこの服を買うことにした。

いくつかお店を回った後で ──


「ほら、見えてきた」


海がよく見える高台に連れて来られた。


──風が気持ちいい! ──

──水が綺麗よ! ──


それまで人混みでほとんど聞こえなかった精霊たちの声が、今は嬉しそうにはっきりと聞こえる。


「どう? 驚いただろう?」


目の前に広がる海の青さは、森では決して見ることのない色で……。

この青も、肌に触れる潮風も、……じじ様たちに見せたかった。


──泣かないで ──


そう言われて初めて、自分の頬が濡れていることに気づいた。


「……ご、ごめんなさい。私、」

「大丈夫だよ。……俺の前でなら、いくらでも泣いていい」


レオが私の頭を優しく撫でる。

……なんだかレオの前では泣いてばかりいる気がする。

気をつけないと、と思いながら、ソッと涙を拭った。

それから今日の最後に、拠点の近くにあるハーブや薬草を取り扱っている店に寄った。


「……すっ、すごいわ! この薬草、なかなか手に入らないのよ! 」

「お嬢ちゃん、見る目あるねー。それこの前ようやく仕入れた奴なんだ」

「こっちの花だって、咲かせるのは大変なのにこんなにたくさん咲いてるなんて……!」

「気づいてくれるなんて嬉しいねー。そうなんだよ、それなかなか咲かなくてさ」

「ここに住みたいくらいだわ!」

「君の家は別にあるから、それはダメだ」


ピシャリ、と、レオが言い切った。


「それはわかってるけど、それくらい素敵なお店よ、ここは」

「……連れてきたの、失敗したかな」


レオは眉間にシワを寄せながら、小さくボヤいた。


「こんな素敵なお店、教えてくれなかったら怒ってたわ」


そう言った私を、レオは一瞬驚いた顔で見た。

そして次の瞬間。


「君に怒られるのも、悪くないと思ってしまったよ」


困ったように、でもどこか嬉しそうに、優しい目でそう言って笑っていた。


その日の夜──


「アシャン。少しいいかな?」


レオが部屋にやってきた。


「……君には、残念な知らせだが……セラさんの遺体が見つかった」


そんな気は、していた。

あの日、じじ様が言っていたように、覚悟はできていたし……。

それに何より ──


──泣かないで ──

──私たちがいるわ ──


精霊たちが、さっきから、しきりにそう囁いていたから……。


「発見し……そのまま、森に埋葬したそうだ」

「……そう……」


悲しい、というよりも。

じじ様の時のようにその姿を見ていないからか、まだどこか現実味がなくて……。

それでも胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような、そんな感覚が確かに生まれた。


「……泣かないの?」


レオが、私よりも悲しそうな、それでいて苦しそうな声で、そう言った。


「……覚悟は、していたから……」

「……そうか」


きっと、じじ様と一緒に星の一部に還って、いつかまた、会えるはず。

そう思いながら、私は暗くなった外を、静かに眺めていた。


「それからもう一つ。……入ってこい」


レオがドアの方へ向かって声をかけた。

そこには、バイルが立っていた。


「ロアンさんは、最後の最後まで、君の身を案じていた。その意思を、俺たちが継ごうと思う」


じじ様を埋葬した時、目を背けたままだった彼とは違い、バイルは今、まっすぐ私を見て、部屋に入ってきた。


「俺がいない時は、バイルが君の護衛をする。不便だろうが、外出する時は必ず、俺かバイルのどちらかを呼んでくれ」

「……どうして、バイルなの?」


純粋な疑問としてそう言うと、バイルは、辛そうに顔を歪ませた。


「……馬が土砂に巻き込まれる直前、ロアンさんは馬から飛び降りたんです」

「え……」

「だから、俺はこの程度の傷で済んだ」


そこで一度、深く息を吸い込み、バイルは私を真っすぐ見つめた。


「頭にも許可をもらいました。……あの人がくれた命。あの人の代わりに、俺が守ります。命に代えても」


その言葉に、思わず視線を落とした。


「……それは、ダメよ」

「アシャン!」

「だってそうでしょう? じじ様が助けてくれた命なら、大切に使わなきゃダメ。私のためなんかで、命を賭けちゃダメよ」


これ以上、知っている人が危険な目に遭うなんて、考えたくない。


「誤解したなら謝ります。そりゃあ俺は頭に比べたら全然だけど、それでもそこそこ腕は立ちます。死ぬつもりなんて、毛頭ありません」


その言葉に、顔を上げてバイルを見る。


──嘘は言ってないわ ──

──彼、生きるために、あなたの側にいるつもりよ ──


精霊たちの言葉に、ハッとした。

「生きるために、側にいる」なんて……。

そんな発想は、今まで一度もなかったから。

レオに目を向ける。


「うちは、無能は雇わないからね。きっと君の役に立つはずだ」


目を細めて、そう言った。


「……レオは、優しいのね」


小さく、そう呟いた。


「え?」

「みんなのこと、よく見てる」


レオが、少しだけ、驚いたような顔をする。


「……君にそう言ってもらえると、嬉しいよ」


そして、優しく微笑んだ。

これはバイルがこれからも生きるために必要なこと。

そしてバイルの腕を、白狼団の頭であるレオがきちんと認めているということだ。


「……無茶は、しないでね」


なら私には、頷く以外の選択肢はなかった。


「そういうわけだから、バイルにも君のことは話してある。もしまた何か問題が起こったら、すぐに相談してくれて構わない」


そう言い残して、レオたちは部屋を出て行った。

……本当に、目まぐるしく日常が変わっていく。

バイルは、生きるために、私の側にいてくれる。

それはつまり、じじ様の死に、それだけ責任を感じているということ。

でも ──

あれは誰のせいでもない。

むしろ、精霊たちの声を、きちんと聞けなかった私のせいだ。

私が、もっと早く気づいていれば……。


「私も、自分にできる何かを、見つけなきゃ……」


──大丈夫よ ──

──あなたなら、できるわ ──


誰に言うでもなく零した言葉に、胸が、じんわりと温かくなる返事が返ってきた。

窓の外を見ると、夜空に星が瞬いている。


じじ様。

ばば様。

どうか、見守っていて……。


そう、心の中で呟いた。

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