第5章「嘘と真実の狭間で歪む声、それでも僕はなにかをしてあげたい」
読んでくださってありがとうございます。
いよいよ今回のお話は最終章になります。
4日目の朝、直人を待ち受けていたのは――
これまでの騒ぎとは比べものにならない“本物の事件”。
クラス中が大混乱に陥り、
親友のはずの文研メンバーですら揺らぎ、
そして藤原彩香の真意がついに姿を現します。
直人が選ぶのは「日和る」道か、
それとも「誰かのために動く」道か。
ここまで積み上げてきたすべてが、
どう繋がるのか――ぜひ見届けてあげてください。
では最終章、どうぞ。
翌朝。
直人が登校すると、廊下がざわついていた。
「ねぇ見た?」「マジで?」
「終わったな、長谷川……」
(……文研の長谷川くん? 嫌な予感しかしない……)
急ぎ教室の扉を引く。
教室に入った瞬間、空気が凍る。
誰もがスマホの画面を凝視していた。
「直人ちゃん、これ……」
女子が震える手で画面を向ける。
そこには――
“長谷川 涼のSNSアカウント”にアップされた、
後ろ姿の直人の着替え写真。
女子更衣室の写真?
体育の着替えのときの、後ろ姿だけど大きく写っていた。
顔は映っていないが、髪型と体格で本人だとわかる。
……盗撮?
女子「最低すぎ……」
男子「長谷川、お前……」
教室の隅で、涼が真っ青になって震えている。
「……長谷川くん、これ……?」
「ちが……う……俺じゃ……ない……!」
誰も信じていない。
女子は涼を睨み、男子は怒りで拳を握る。
「ちがうんだ! ホントに俺じゃないんだよ!!」
凄い勢いで両手で涼が掴みかかろうとする。
そこに割って入るように彩香が立ちはだかった。
「怖いよね、こんなの……。
でも、直人さんは悪くないよ」
すぐさま男子に引っ張られ、涼は床へ転ぶ。
「本当に違うんだよぉ……」
「でも、証拠があるのは涼くんのアカウントよね。
なにが違うっていうの?」
(……そうだ。証拠は……長谷川くんの側にしか……)
「ねぇ直人さん。
あなたは優しいけど……
優しさが悪用されることだってあるの」
(……男の子ってこんなに怖いものなの?……)
頭が真っ白になる。どうしたらいいのかわからない。
つい反射的に彩香の後ろへ隠れてしまう。
掴みかかろうとした涼を、すぐさま男子が引っ張る。
勢いよく床へ尻もちをつく。
動悸がおさまらない。
ついつい彩香が頼もしいと思ってしまう。
しかし――
涼が涙目で呟く。
「なおと……俺……信じて……
俺……そんなこと……絶対しない……!」
声にならないような一言が、ずっしりと心に残った。
涼は職員室へと呼ばれ、そのまま帰宅したようだ。
その日は授業も全然頭に入ってこない。
「……信じて……」
あの一言が頭から離れなくなっていた。
クラスの誰もがその言葉を信じなかった。
それが過去に男の子だったときの記憶をフラッシュバックさせる。
男の子の主張は相手にされない。それが陰キャならなおさら。
逆の立場になった僕は、なぜ涼の言葉に耳を貸さなかったのだろう?
午後の授業のあと、少し落ち着いたこともあり、文研へ駆け込んだ。
「直人くん!? 大丈夫だった!?」
「その……大騒ぎになってるね……」
慎太郎と西園寺先輩が駆け寄る。
「長谷川が盗撮したんだって? 僕もSNSを見たよ。
今はもう消されたみたいだけど」
「うん……僕も見て怖くなって、何も言えなくて……」
うまく自分の気持ちを表現できない。
「直人くんは悪くないよ。
明日、涼が来たら僕も一言言ってやるよ!」
「……」
「直人くん?」
自分でもどんな顔をしていたのかわからない。
慎太郎は不思議そうにこちらを見ていた。
「慎太郎も長谷川くんがやったと思っているの?」
「えっ?」
「でも、長谷川のSNSに写真が上がっていたのは事実だよね?」
西園寺先輩の指摘。
「……それはそうなんだけど、
長谷川くんはやってないって言ってた。
信じてって言ってた。
僕はなんであのとき話を聞いてあげなかったんだろう、
それを思うとずっと胸が苦しくて」
「……長谷川はやってないって言ってたのか?」
西園寺先輩の目つきがガラッと変わった。
「直人くんは、長谷川が陥れられたと思っているんだね?」
「それはわからないけど……
話も聞かないのはちょっと違うかなって。
それに僕が女の子になってから、
同じクラスの藤原綾香さん、
何度も意味深なことを言ってくるのも気になって」
「あっ、それ僕も見かけたよ。あの取り巻きがいっぱいいる人でしょ?」
綾香さん。隣のクラスにまで名前が。
「なるほど、じゃあ直人くん。状況を整理しようか」
「あっ、はい」
西園寺先輩は椅子を持ってきて目の前に座る。
なんだか急に頼もしくなってきた。
「長谷川のSNSに写真が上がっていたのはいつだ?」
「今日の朝かな。昨日は見てないし、騒ぎにもなってないよ」
「じゃあ今日の朝、教室で誰かが長谷川のスマホを使って写真をアップした?
犯人が別にいるとしたら登校中はありえないからね」
「家でアップしたという可能性は?」
慎太郎の質問にも先輩は首を横に振る。
「長谷川がやっていないという仮定の上での話だよ。
もしそうなら、犯人を特定できるかもしれない」
「どうやって?」
「長谷川がやってないなら、写真はどうやって手に入れた?」
「自分で撮ってないなら、例えばメールで送ったとか?」
「そうだ。
他人のスマホを勝手に操作するなら、素早くやる必要があるからね。
そして、みんな知っての通り文研の長谷川は、
学校でもしょっちゅう動画サイトを観てる」
「教室でも観てるときあるけど、それが関係あるんですか?」
「それがあるんだよ。
動画を観るにはパケットを食いつぶさないように、
Wi-Fiに接続する必要がある。
教室でも観ていたなら、電波が届いていたんじゃないか?」
「こいつに……」
先輩が部室の古いWi-Fiルーターを示す。
「学校のWi-Fiルーターには接続できないから、
これに常時接続していた可能性が高い。
これのアクセスログを調べてみよう」
西園寺先輩は、なぜこんなことができるのか不思議だった。
筋金入りのオタクなのかもしれない。
三人は部室のPCから接続し、Wi-Fiルーターの管理画面をじっと見つめる。
「……これは」
◆ 翌日。
教室は静まり返っていた。
長谷川くんは自分の席でじっと俯いている。
先生が入ってきてホームルームが始まると――
「先生、昨日の長谷川くんの件はどうなったのでしょうか?」
さっそく立ち上がる彩香。
先生は少し困った顔をする。
「その件は関係者の間で調査中だ」
「私たちに盗撮魔と一緒に過ごせと言うんですか?」
そうだそうだと取り巻きの女子たちに加え、男子までもが騒ぎ出す。
涼は今にも泣きそうな顔をしていた。
先生も何も言えなくなっていた。
バンッ!!!
僕は両手で机を叩き、立ち上がってこう言う。
「みんな、聞いて……!」
クラス全員が振り返る。
「あの写真……涼くんは盗撮してない。
証拠があるの!」
ざわっ……
長谷川くんを見る女子は「また擁護かよ」という冷たい目。
「……直人さん。そんな嘘で庇おうとしなくても――」
彩香も目を細めて、不満そうな顔でこちらを見る。
「嘘じゃない!!」
教室が揺れるほどの声。
手が震えている。
僕は教壇に立つと、一枚のプリントアウトした用紙を取り出した。
「SNS投稿の直前、
長谷川くんのスマホは文研のWi-Fiに接続してた……!
ホントはダメなんだけど勝手に部活のルーターを使っていたの。
そしてこれが、そのときのアクセスログ」
「アクセス……ログ?」
一瞬で空気が変わる。
彩香の表情も先ほどまでと全然違う。
「は……?」
「え……なにそれ……?」
「長谷川くんのスマホの通信記録が全部残ってるのよ!」
そこにあったのは――
「昨日の朝のログを見ると……SNS投稿直前、
“添付ファイルつきメール”を受信してる。
そのメールを送ったのは」
「やめ……」
「……差出人……“fujiwara-***@”……
彩香さん、あなたですね?」
蒼白になって立ち尽くす彩香を、クラスのみんなが見上げる。
「そ、それがなんなの?
私が写真を送ったことにはならないでしょ?」
「この“添付ファイル名”……
“IMG_****.jpg”。
このバイナリデータを先輩が画像に変換してくれたの。
暗号化もなにもされてない古いルーターだったから。
そしてそれは“着替え写真”だった」
「バ、バイナリ……?」
僕もなんのことかわからなかったけど、
先輩はこの文字列から確かに写真の画像を復元してみせた。
「藤原、本当なのか?」
先生に睨まれるも、ネットワークの知識などない彩香にはどうしようもなかった。
しかし震える笑顔で反論する。
「……もしかしたら、私は被害者かもしれないよ?
“女子だから”って、すぐ犯人扱いするんだ……」
クラスの女子たちも反応する。
「そうだよ……」
「女子を疑うの……?」
男子の一部も揺らぎはじめる。
(……これだ……
“女子だから許される”って流れ……!)
僕は一歩前へ出る。
「彩香さん。
“女子だから許される”なんて、僕は思わない」
教室が静まる。
「女子が強いとか、男子が弱いとか……
そんな序列で世界を動かしたくない」
男子全員の目がざわめく。
「長谷川くんが冤罪をかけられて……
“女子の味方をするべきだよね?”って皆も飲まれそうになって。
でも……そんなのってないよね?」
女子たちも息を呑む。
「僕は……誰かを傷つけて這い上がる“序列の世界”に生きたくないだけ!
優しい人が損をする世界なんて耐えられないから」
いつの間にか自分の目にも涙がたまっていた。
「彩香さんが悪いんじゃない。
“女子が上じゃなきゃ”
“男子は弱者だから従え”
そんな輪の中で生きてきたから……
間違っただけなんだよ……!」
彩香が崩れ落ちる。
女子たちの顔色が変わる。
「僕もホントは直人ちゃんの言ったことずっと思ってた……」
そう言ったのは加藤くんだった。
それを聞いた男子たちは――
「俺ら、もうそういうの……ずっと我慢してたよ」
「弱者男性とか言われるけど……
直人ちゃん、誰に対しても優しかったよ」
全員が一気に直人の味方へ。
「そんなの……そんなの……
私は弱いの……!
男子に媚びる女子が勝つ世界なんて……嫌だった……!!」
「彩香さん……僕は彩香さんを追い詰めたいわけじゃないんだよ」
そっと手を伸ばす。
「もう争わなくていいんだよ。
そんなこと誰も望んでないんだから」
彩香は涙を流しながら座り込む。
女子グループがそっと彩香の背中に手を置く。
そして長谷川くんは…
「なおと……ありがとう……
俺……なおとが信じてくれて……嬉しかった……!」
「そんなんじゃないよ……
君がまっすぐに僕を見て、信じてって言ってくれたから……」
クラスは騒然としながらも、
少しずつ、ゆっくりと落ち着いていく。
僕は心の中で小さく呟く。
(優しさって、争いの原因にならなくていい。
誰かを救うために使えば……
世界は変わるから――)
◆ エピローグ
すべてが終わった翌朝。
まだ眠い目をこすりながら椅子に座ると、
お姉ちゃんがいつものように僕の髪を梳かしてくれた。
「……大変だったわね、直人」
「うん……ちょっとだけね」
ブラシが髪を通るたび、
昨日までのざわざわした気持ちが少しずつほどけていく。
「でも、ちゃんと“自分で考えて動いた”じゃない。
誰よりも冷静で、誰よりも優しかったよ」
「僕……優しかったのかな……?
なんか、ただ必死だっただけで……」
「ううん。
直人はね、“優しさを武器にしない優しさ”を持ってるの。
本当は一番むずかしいやつ」
「……武器にしない優しさ……?」
「そう。
誰かを落とすためでも、
誰かに好かれるためでも、
誰かの上に立つためでもない――」
姉は僕の髪をそっとまとめながら微笑んだ。
「ただ、“その人が困ってたから助けたい”ってだけで動ける。
そんな子、なかなかいないよ」
「……そうかな」
「そうなの。だからね――」
リボンを結ぶときの指先は、
まるで僕の心まで結び直してくれているみたいだった。
「直人は直人のままでいい。
それはね、女の子になったからじゃなくて、
“直人だから”出来ることなんだよ」
「…………」
胸の奥が、じんわり温かくなった。
「昨日の直人、すっごくかっこよかったよ。
ほんとに、ヒロインやってた」
「ひ、ヒロインは……やめてよ……」
思わずうつむくと、
お姉ちゃんはくすっと笑いながら僕の頭をぽんと叩いた。
「じゃあ行ってらっしゃい。
今日も直人は……すごく可愛いよ」
「……うん。行ってきます」
玄関を出ると、
風が髪の先をやさしく揺らした。
なんだか今日の世界は、昨日より少しだけ明るく見えた。
――第5章 完
――最終章・了
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
今回でいったん物語は一区切りとなります。
最終章では、
直人の“優しさが武器ではなく力になる瞬間”を
しっかり描けたらいいなと思って書きました。
冤罪、序列、男女のギャップ、
そして信じることの意味。
直人というキャラクターが
この4日間で大きく変わっていく姿を
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
そして……
もし応援や感想をいただけるようであれば、
**文研サークル編(第二期)**の物語も
いつか書けたらいいなと思っています。
直人、慎太郎、長谷川、西園寺先輩、そして彩香。
彼らの日常はまだまだ続いていきます。
本当にありがとうございました!
また次のお話でお会いできれば嬉しいです。




