第1章「僕がクラスの空気だった頃」
はじめまして、作者のミューです。
この作品は、「もしクラスのあまりパッとしない男の子が、ある日突然美少女になったら、世界の見え方はどう変わるのか?」
という疑問から始まりました。
テーマは少し重めですが、
物語としてはライトに、テンポよく読めるようにしています。
姉のテンション高めなツッコミや、主人公のコミカルな心の声にも注目してください!
※この第1章は、いじめや社会的格差に触れる場面がありますが、
重苦しくなりすぎないよう丁寧に描いています。
それでは――「イジメられっ子の僕がオタサーの姫になっちゃった?」
どうぞお楽しみください!
休み時間の教室は、今日も理不尽に溢れていた。
ただし、僕はもう――抗う気にもなれない。
「おい直人、またそれかよ。なに? 今度は美少女が異世界転生でもするの?」
後ろの席の小田が、僕の机を軽く蹴る。
机の上に置いたライトノベルが、パタンと床に落ちた。
表紙には、異世界転生モノのアニメ美少女。
僕の名前は中村直人。高校二年生のいわゆるオタクで、陰キャだ。
「……別に、いいだろ」
後ろの席にいるのは小田。こっちは陽キャグループの一人だ。
拾い上げようと席を立つと、先に小田が取り上げる。
「なにするんだ、返せよ」
「また学校にこんな漫画を持ってきてるのか?」
「漫画じゃないよ、小説だよ。読書の邪魔をしないでよ」
「おいみんな、直人がまた学校にこんな漫画持ってきてるぞ!」
「うわっ、キモ〜イ!」
「オタクじゃしょうがないよねー」
クラスの女子まで、一緒になってディスり始める。
「やめてよ、返してよ!」
その声は、誰にも届かない。
クラス全体の会話が、僕の周囲だけノイズキャンセルされてるみたいだ。
笑い声、私語、机を叩く音。先生が入ってきても、止まらない。
「中村、うるさいぞ」
なぜか注意されるのは僕だけ。
いや、今喋ってたの、僕じゃなくて後ろの奴らなんですけど?
――と言っても、意味はない。
この社会は、上下関係で成り立っている。
男子が冗談を言えば「キモい」。
女子が同じことを言えば「ノリがいい」。
泣く男子は「情けない」、泣く女子は「優しい」。
たぶん、生まれた瞬間から、僕らの立ち位置は決まっていたんだ。
発言権はカースト上位の者だけに許されている。
背が低い、腕力もない、最底辺の主張なんて雑音でしかない。
先生でさえ、僕らみたいなのが何を言っても聞く耳なんて持たれない。
放課後。
僕はいつものように、現代文学研究会の部室へやってきた。
退屈な学校生活で、唯一落ち着ける場所だった。
「おいっす、直人くん! 昨日のニチアサのハトプリは観たかね?」
この長身でパリッとした髪の人は、部長の西園寺弘樹さん。
アニメ知識では右に出る者がいない。頼れる先輩だ。
「よう直人、先週貸したラノベは読んでみたか?」
こっちは小柄な黒縁眼鏡、ぼさっとした髪の佐藤慎太郎。
僕と同学年で隣のクラス。
この部活で知り合い、趣味も合って仲のいい友達だ。
現代文学研究会と言えば聞こえはいい。
しかし実態はただのオタク集団で、ラノベを読んだりアニメを観たりするだけ。
本当はただの同好会だけど、少子化で部室が余っていたので、こうして使わせてもらっている。
「おっ、猫田にゃこらの配信やってるぞ」
西園寺先輩が部室のパソコンでライブ配信を観ていた。
配信サイトでは人気Vtuberが笑っている。
コメント欄は「天使!」「結婚して!」で埋まっていた。
「……同じオタクでも、女の子だと褒められるんだよな」
男がアニメの話をすれば「キモい」。
女の子なら「かわいい」。
理不尽だと思うけど、現実ってそういうもんだ。
夜。
部屋の中は、アニメポスターとフィギュアで埋め尽くされている。
僕の居場所は、現実じゃなくて、この六畳の中だけだ。
「もし僕が女の子だったら、もう少しマシな人生だったのかな……」
暗い部屋、布団の中でスマホを取り出す。
部室で先輩が観ていたVtuberが頭から離れなかった。
猫田にゃこらさんのアーカイブを観ながら、気づけば涙を流している自分に気づく。
バカみたいだな、と笑って目を閉じた。
朝。
目を開けると、いつもより体が重かった。
昨晩、遅くまでスマホを観ていたせいだろう。
枕がいつもより冷たく感じる。
髪が顔にかかって、くすぐったい。
「なおとー! 朝ごはん冷めるわよー!」
いつものトーンで母さんが呼ぶ。
階段を下りて、ご飯の香りが漂うリビングの扉を開けた。
「母さん、おはよー」
母が振り向いた。
そして、固まった。箸がスローモーションで床に落ちる。
「……ど、どちら様?」
「えっ? 母さん、なに言ってるの」
「…………誰!?」
母が目を丸くしながら、変な声を出す。
「お母さん、どうしたの?」
姉もやってきた。
大学生で、基本的にテンションが高く、ちょっとズレてるタイプ。
シャワーを浴びていたのか、髪をタオルで拭きながら母の隣へ。
「なに? 朝から大声……って、誰この美少女?」
「姉ちゃんまで、なに言ってるの?」
姉が小首を傾げ、ゆっくりと顔を近づけて口を開く。
「あんた……もしかして直人? プッ……」
「……え、マジで? なにその“異世界転生リアル版”。」
そう言って堪えたような笑みを浮かべ、僕の手を引く。
わけもわからず洗面所へ向かい――鏡を見た瞬間、思考が止まった。
「…………誰?」
姉の前にいる鏡の中の女の子が、僕の動きに合わせて首をかしげた。
髪は長く、目はぱっちり。肌は白くて丸い肩。唇がやけに柔らかそうで。
そして、大きな胸――。
……ちょっと待て、可愛いとか考えてる場合じゃない!
「いやいやいや、夢だこれ夢! 現実にこんなことあるわけない……!」
頬を叩く。痛い。冷水を浴びる。冷たい。
スマホの顔認証、通らない。
指紋も反応しない。声認証も弾かれる。
完全に“他人”扱いだ。
「どうなってんの……」
頭を抱えた瞬間、階下から母の声。
再びリビングへ戻ると、朝食の用意がされているテーブルへ。
母は神妙な顔をしている。
姉は相変わらず楽しそうだ。
「なおと、なにがあったんだい?」
母が切り出す。
「僕だってわかんないよ。目が覚めたら、こうなってて」
姉も最初は半信半疑だったが、僕の話し方や癖で本人だと確信したらしい。
母は「どうしよう、病院行かなきゃ」とパニック状態。
姉が肩をすくめて言った。
「いいじゃない。あたしも妹が欲しかったしさ!」
ポジティブなのか、楽天家なのか、テンションが高い。
「ま、どうせ病院行っても“原因不明”で終わるでしょ。とりあえず生きてるならセーフ」
「いや、セーフじゃないよ!?」
「とりあえず直人、急いで朝ごはん食べて、こっち来な!」
姉の部屋へ引きずり込まれる。
下から上へ、前から後ろへ舐め回すように観察。
そして後ろからムギュと、胸から腰、股と触る。
「ちょっと、姉ちゃん!」
「こりゃ、たまげたねぇ~。ホントに女の子になってるよ!」
「……うん」
「へぇ〜、意外と似合うね。その顔。男の頃より五割増しで得してるじゃん」
「得とか言うな!」
「あんた、元々女の子っぽい体つきだったし」
「ひょろひょろしてるって?」
「そうそう。女装にでも目覚めかと思ったんだけど」
「ないって」
「それに声もすごい可愛い」
「そういえば、朝から喉に違和感が……」
声変わりする前に戻ったとか、そういうのじゃない。
全く別な、アニメ声みたいになっていた。
「でも、喋り方が男の子なんだよねー。
女の子はトーンで印象決まるからね。怒っても高めで言いなさい」
「そうなの?」
「じゃあ、ちょっと歩いてみて」
いつものように歩いてみせる。
「歩き方、太もも開きすぎ! あと背筋! それ男っぽい!」
「わかんないよそんなの!」
「女の子は“見られる”前提で動くの。男は“見る”側でしょ?」
そう言うと、姉は実際に歩いてみせた。
確かに違う……。
でもマネをしようとしても、なかなかうまくいかない。
手取り足取り教えてくれるけど、ある程度様になるだけで小一時間かかった。
姉の指導は厳しく、的確で、たぶん楽しんでいる。
その後も姉の「女の子講義」は延々と続いた。
人との接し方、立ち振る舞い、細かい仕草。
そして――男性の視線。
いきなり、そんなことを言われても、とてもできそうにはなかった。
姉も「そこは少しずつでいい」と言っていた。
他にも、用の足し方や、あの日の対応なんかも丁寧に説明してくれる。
僕は――女の子って、ちょっと大変だなって思った。
気づけばもうお昼。
母が「学校休みなさい」と言ってきた。
だが姉は、悪だくみするように笑って押し入れから制服を取り出した。
「これ、昔のあたしの制服。サイズ合うか試してみ?」
「いや、それはさすがに……」
「いいから! いいから! 着てみたら案外すんなり受け入れられるって!」
しぶしぶ袖を通すと、思っていた以上にぴったりだった。
リボンを結び、鏡を見る。
そこには――昨日まで存在しなかった“女の子”が立っていた。
「……女の子みたいだ」
「“みたい”じゃなくて、もう女の子だから」
姉はニヤリと笑い、僕の髪を整えながら言った。
「大丈夫、あんた可愛いから。守られる側に回るのも、悪くないかもよ?」
「べつに守られたいわけじゃ……」
「わかってる。でも、そう見られちゃうのよ」
「よし、準備万端! いよいよ初陣ね!
がんばって教えたんだから、この美和様に恥をかかせないでね!」
ローファーを履き、「じゃあ行ってくるね」と自信なさげに一言。
緊張しながらドアノブに手をかけた。
玄関を出る。
外の光が眩しくて、世界が少し違って見えた。
でも、変わったのは世界じゃない。僕だ。
――第1章 完。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
第1章は”転換と導入”がメインでした。
次回からはいよいよ「学校での新しい日常」が始まります。
元男子の主人公が“女子の中でどう見られるのか”、
そして「オタサーの姫」という言葉の本当の意味を知ることに――。
姉・美和、彩香、慎太郎、それぞれの立場からも
少しずつ“社会のズレ”が描かれていきます。
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次章もお楽しみに!




