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バウムクーヘンの夏

作者: 星賀勇一郎





旅の始まりはあまりに突然だった。


夏休みに入る前の週、担任の静香先生は何の前触れもなく学校から居なくなった。

先生を最後に見たのは教室を出る時に、いつもの様に笑って手を振る姿で、それ以来見ていない。


週明けのその日、先生は教室に来なくて、副担任の緑川先生がやって来て、


「相沢先生が学校をお辞めになる事になった」


とだけ言って、普通に授業が始まった。


「どうして」


「結婚かな」


「何か悪い事でもしたのかな」


と教室の中がざわつくが、誰も本当の事は知らないまま、四年生の夏休みが始まった。

緑川先生は、「家庭の都合」と言っていたらしく、納得できない何人かの女子が職員室に訊きに行ったらしい。


静香先生が居ないだけで教室ってこんなに空っぽになるんだ……。


僕はいつもと違う教室を一番後ろの席から見渡して、蝉の鳴く校庭を見た。


「あれって変だよな……」


放課後の図書室の窓際の棚の上に座り、僕が言うと、テルが口をへの字に曲げて頷いた。


「家庭の都合って、嘘臭くない」


その言葉にサキが目を伏せる。

彼女は静香先生の事が誰よりも好きだったけど、最近は、その気持ちが少しだけ複雑になって来ている様だった。


それは多分、僕のせいだ……。







「島根県温泉津町」


それが年始にもらった年賀状に書かれていた住所だった。

サキはランドセルの奥からそれを出して僕たちに見せる。


「行ってみようよ。先生に会いに……」


サキの提案に、僕は直ぐに頷いた。


「うん。僕も話したい事あるし」


テルは少し渋ってたけど、


「どうせ自由研究もやる気しねぇしな」


と言って、案外あっさりと折れた。


その日の夜、僕は机の奥に隠していたお年玉の残りを全部財布に入れて、校外学習の時に買ってもらった青いリュックに着替えを詰めた。

そしてそれをベッドの下に隠し、いつもより早めに寝る事にした。


「あーちゃん」


とママが部屋のドアを開けた。

僕はベッドの中から返事をする。


「何、もう寝るの。明日から夏休みなのに……。珍しい事もあるもんね」


とママは言う。


「明日、テルとサキと図書館行くんだ。自由研究の課題を考えるんだよ」


僕は顔を半分タオルケットで隠しながら言った。


「そう。パパもママも明日も仕事だから、お金テーブルの上に置いておくから、お昼適当に食べてね」


ママはそう言ってドアを閉めた。

僕の短い返事はママには聞こえなかったかもしれない。


正直、胸が躍っていた。

明日僕たちは先生に会うための冒険の旅に出る。


翌朝早くに目が覚めて、部屋を出ると、いつもの様に慌ただしくパパとママが仕事に行く準備をしていた。

僕の足元を黒パグのビリーが付き纏い歯を磨く時もじっと僕を見上げていた。

もしかすると僕が旅に出る事に気付いているのはコイツだけかもしれない。


パパとママが家を出ると、僕はベッドの下に隠していたリュックを取り、家を出た。

玄関でビリーがクンクンと鳴いていたけど、優しく頭を撫でて、歯磨き用のガムをあげて、玄関を閉める。


ごめんな、ビリー。

でも僕は今日、旅に出るんだ。

 





駅に着くと、既にテルとサキは着いていた。


「遅いよアモン」


サキが腕を組んで偉そうに言う。

僕やテルよりサキの方が身長も高く、小四の癖にちょっと胸も出てる。


「小学生の間は男子より女子の方が成長は早い」


と保健体育の授業で先生が言ってた。


「先生へのお土産にさっき、バウムクーヘン買ったんだ」


とサキは手に持った箱を僕たちに見せた。


「先生ってバウムクーヘン好きなのか」


「知らないけど……。嫌いな人聞いた事無いし」


とサキは言って自分のリュックの中にその箱を押し込んだ。


こんな時間に電車に乗った事が無い僕たちは駅の混雑具合に驚いて、人混みを掻き分ける様にして窓口で切符を買った。

いつもは券売機で買うけど、先生の居る温泉津までの表示は無かったので、初めて窓口で切符を買う。


「切符って高いんだね……」


サキは初めて手に持った大き目の切符を見て言う。

僕とテルもうんうんと頷いた。


混む電車とは逆の方向で僕たちは西に向かうホームに降りる。


「姫路で乗換えて、新見まで……。そこから伯備線だね」


と、僕はママに持たされているスマホで調べた駅を二人に伝える。


「姫路は行った事あるけど、その先はわからないわ」


サキは切符を見ながら言う。


「新見は確か岡山県だね」


テルは何故か地図帳を持って来ていた。


「鳥取と広島の県境みたい」


僕たちはそれを聞いて頷く。


「予定では何時に着くの……」


サキの声は電車が入って来るアナウンスに被り聞き取れなかったので、僕はサキに耳を近付ける。


「何時に着くの」


「ああ、五時過ぎかな……」


「マジ、一日中電車じゃん」


とテルは顔を歪めながら入って来た電車に乗った。


「新幹線ならお昼くらいに着くんだろうけど、お金無いしね」


と僕は言って、四人掛けの椅子に座った。


「その、新見の先は……」


背負ったリュックを下ろして膝の上に置くと、僕はスマホを再び見る。


「コメコ……。ああ、ヨナゴか。米子で乗換えて、デクモ……」


「イズモでしょ」


とサキが言う。


「それは知ってるわ。教科書にも載ってたし」


僕は少し恥ずかしくなったが、またスマホを見る。


「出雲で乗換えて、目的地の温泉津かな……」


テルとサキは感嘆の息を漏らす。

今から僕たちが行く冒険の旅に、僕と同じ様に胸を躍らせている様だった。






この旅は思ったよりも長くて、暑くて目まぐるしかった。

途中の特急待ちで長く止まる駅のホームの自販機で飲み物を買って、慌てて電車に戻る。

飲み物を買っている間に電車が行ってしまう事は死を意味するくらいの緊張感があった。


新見駅でパンを買ってお昼ご飯。

駅弁を楽しみにしてたけど、やっぱり高くて買えなかった。


出雲市駅に着いた時、事件が起きる。


「あ、俺のリュックがない……」


とテルが言った。


「マジかよ……」


「え、米子駅に忘れたの……」


サキはテルの肩に手を当てた。


「そうなのかな……。財布も着替えも入ってるのに」


僕は思わず頭を抱えて俯いた。


「ごめん……」


テルが俯いたまま言う。


「駅に電話してみる……」


とサキが言う。

僕は久しぶりにスマホをポケットから出して画面を開いた。

その時気付いた。

僕のスマホにはママからの着信が何件も入っていた。

電車に乗る前に着信拒否をしていたから気付かなかった。


「仕方ないよ。私、少しお金あるから……」


サキがそう言ってテルの肩をポンポンと叩いた。


そのサキの様子を見て僕は首を傾げる。

その顔は少し青白くて米子駅からずっと黙り込んでいたのが僕は気になっていた。


それでも僕たちは先に進む事にした。

もう、戻るという選択肢は無かった。






温泉津の海は綺麗な青だった。

日本海を僕は初めて見たかもしれない。

でも照り付ける陽射しは容赦なく、車窓を通してその太陽は僕たちの目を細める。


電車はゆっくりと温泉津駅に入って行く。

今まで乗換えた駅とはまったく違う、田舎の駅だった。

線路も上りと下りの二本しかない。


「やっと着いた……」


テルは背伸びをしながらホームに降りた。

僕は少し元気のないサキを気遣いながら、後から電車を降りる。


「大丈夫か……」


僕が声を掛けるとサキは「うん」と返したけど、その目は潤んでいて、何処と無く沈んでいた。

その様子を先に下りたテルがじっと見ていた。


テルはサキの事が好きだった。

小さい頃からずっと……。

でも、最近、サキの気持ちが僕の方に向いている事に、テルも気付いている筈だった。

そしてそれは僕も気付いていた。

きっと三人とも、無意識に気付き始めていたんだ。

でも、それを口に出すにはまだ子供過ぎて、いや……、子供の振りをしていたのかもしれない……。


無人の駅。

これも僕は初めてだった。

何も無い駅を出て、スマホで地図を開いて僕たちは歩き出す。


「結構歩くかも……」


僕は地図を見ながら二人に言う。

するとサキが日陰になった場所に蹲った。

そしてタオル地のハンカチを握りしめたまま動かなくなってしまった。

僕とテルはサキに歩み寄って、


「大丈夫か……」


と訊いた。


「ちょっと、お腹痛い……」


と言ってコンクリートの上に座り込んでしまった。

その言葉に僕とテルは顔を見合わせる。

気まずい沈黙。

どうしたら良いかわからなかった。


「生理来ちゃった……」


それを聞いた瞬間、空気が止まった。

彼女の白いスカートが赤くなっているのがわかった。


テルは自分の来ていた上着を脱いでサキに差し出した。


「とりあえず、コレ、腰に巻いて」


そう言うとサキに手を貸してゆっくりと立たせた。


僕は少し先にあった自販機に走り、スポーツドリンクを買って来た。

何も言わずにそれをサキの前に差し出した。

それだけの事で確かに何かが変わった。

三人の距離がほんの少しだけだが、近くなった気がした。


スポーツドリンクを飲んだサキが、泣きそうな顔で呟いた。


「ありがとう、二人とも優しいね……」


サキは何度もチビチビとスポーツドリンクを飲んだ。






その先にポツンとあった小さなコンビニに入り、サキは生理用品を買った。

僕とテルはコンビニの外に座り、サキが出て来るのを待つ。


「お待たせ」


とサキはアイスを三つ持って店から出て来た。


「ごめんね……」


「もう大丈夫なのかよ……」


テルがサキに訊いた。

サキはコクリと頷くと、


「店のおばさんが色々と教えてくれて……」


サキは汚れたスカートを着替えて、さっきとは違うデニムのショートパンツを履いていた。


「あ、テル、ありがとう、これ……」


と綺麗にたたんだテルの上着を返した。


「汚れてないと思うけど」


テルはニッコリと微笑むとその上着に袖を通した。


「タイムロスしちゃったね……」


とサキは僕とテルにアイスを手渡した。

そのアイスを食べながら、僕たちはまた歩き出した。


「店のおばさんに訊いたんだ。この先に相沢旅館って旅館があるみたい。そこが先生の実家みたいよ」


さっきより元気になったサキが言う。






やっと見つけた「相沢旅館」は、海辺の坂道の途中にあった。

そんなに大きな旅館では無かったが、古くからある旅館に見えた。


「先生、いるのかな……」


サキはその旅館を見上げて言う。


「どうかな……」


確かに先生が居ない事もある。

そんな事は此処に着くまで考えもしなかった。

先生に会いたい一心で此処まで来た。


「そんな事言っても仕方ないよ。とりあえず訪ねよう」


と僕は旅館に入口までの小さな坂を上った。


古い玄関には呼び鈴があり、それを僕はじっと見つめる。


「押すよ……」


二人を見ながら言うと、サキもテルもコクリと頷いた。


僕は指を恐る恐る伸ばして、その呼び鈴を押した。


「はい」


と玄関の奥から声がしてゆっくりとその戸が開いた。

そこには着物姿の静香先生が立っていた。


「静香先生……」


僕たちは三人で同時にそう言った。


先生は目を見開いて、そこに立つ僕たちに驚いていた。


「何で、此処に……」


そう言う先生に僕たちは飛びつく様に抱き着いた。

そしてその瞬間、僕たちは涙を流して何度も「先生」と呼んだ。






その夜、旅館の縁側で冷たい麦茶を飲みながら、僕たちは旅の経緯を先生に話した。

テルの失くしたリュックは先生が電話してくれて直ぐに見つかり、近くまで届けてくれる事になった。

リュックに入ってたテルの財布からどうやらテルの家に連絡が行ったらしい。

それが僕の電話にママからの着信が沢山入ってた理由みたいだった。


先生に言われて僕たちはそれぞれの家に連絡した。

ママたちは学校にも行ったみたいで、僕たちが思うより大事になっていたみたいだった。


「帰ったら怒られるねぇ……」


テルは庭の桶で冷やされたスイカを見ながら呟く様に言う。


「そうだな……。心配かけたんだから仕方ないよ。素直に謝ろう」


僕が言うとサキもテルもコクリと頷いた。


長い旅だった。

勿論、帰りもあるんだけど、僕たちはクタクタになっていた。


「サキちゃん。ちょっと……」


と先生がサキを呼んで何処かに行った。


僕はその二人の背中を見て、いつもより沢山星の見える空を見上げる。


「お前、サキが好きなんだろ」


とテルに訊いた。


「うん……」


テルは直ぐにそう答えた。


「お前はどうなんだよ」


とテルが言う。


「うーん……。よくわかんねぇや……。好きとかそう言うの」


僕はそう言うとテルに微笑んだ。


「そうか……」


「うん」


僕は何故か、テルを応援したくなった。

サキの気持ちなんて無視だけど、テルとサキが上手く行けば良いなと考えてしまった。


「どうしたの……」


とサキが縁側に戻って来てそう言う。


「何でも無いよ。男同士の話だ」


テルはそう言ってサキに微笑んだ。


「お前は」


サキはテルの横に座ると、


「先生と女同士の話して来たとこ……」


そう言った。


僕はそんな会話を聞いて微笑んだ。






先生は僕たちに夕食を準備してくれた。

旅館の料理と先生の作った料理が一緒に並んでいる。


「旅館の料理は残り物だけど、こっちは先生が作ったの……。美味しくないかもしれないけど……」


僕たちは手を合わせて、豪華な料理を食べた。

先生も一緒に夕飯を食べる。

給食の時間以来の先生との食事だった。


「あ、そだ……」


サキは近くに置いてあったリュックを取り、中からバウムクーヘンの箱を取り出した。

完全に拉げて歪んでいた。


「箱、潰れているけど、味は変わらない筈だから……」


と言って先生に渡した。


「ありがとう……。先生、好きなのよ、バウムクーヘン……。後でみんなで食べましょう」


と言って笑っていた。


「お土産なんて良かったのに……」


先生の言葉にサキは首を横に振った。


「お土産じゃなくて、ありがとうの代わり」


僕はサキらしい言葉だと思った。


先生は手に歪んだバウムクーヘンの箱を持ったまま、俯いて目を閉じた。

先生の着物の膝に大粒の涙が零れるのを僕は見た。


「ありがとう。こんな所まで来てくれて……。本当に、ありがとう……」


先生は涙を流しながら何度も「ありがとう」って言っていた。


少し沈黙があった後、先生が涙声でポツリと呟いた。


「先生ね……。この旅館を継ぐ事にしたの……」


僕たちは先生を一斉に見る。


「お母さんの身体が悪くてね……。教師を続けるかどうか悩んだんだけど、母の娘としてこの旅館を選ぶ事にしたの……」


先生は顔を上げて、教室で笑っていた先生の顔をしていた。


「もう、学校には戻らないの……」


僕はそう訊いた。

すると先生は小さく頷いた。


「ごめんね……」


何も言えなかった。

ただ黙って、先生の涙を堪える吐息を聞いていた。


するとテルがポケットをごそごそと探り、何かを取り出す。


「これ、先生に返すよ……」


それは運動会の時に貰った小さな手紙だった。


“走るのが苦手でも、諦めないで。君なら出来る”

「勇気のお守り」と先生の字で書かれていた。


「先生がこのお守りくれたから、ちゃんと走れたんだ……」


テルはそう言うと先生の顔を見て微笑んでいた。


先生はその手紙を受け取る。


「今度は先生が「お守り」が必要な番でしょ……」


先生はまた大粒の涙を流した。






その夜、スイカとバウムクーヘンを食べて、大きなお風呂に入った。

勿論、僕とテル。

サキは先生と一緒にお風呂に入った。


旅館の客間を一つ、僕たちのために準備してくれて、僕たち三人と先生は蒲団を並べて寝る事になった。


「何かデカくないか……」


先生が準備してくれた浴衣の中で泳ぐテルは両手を伸ばして言う。


「ちょっとこっちにおいで」


と先生はテルの浴衣の帯を締め直してくれた。


「どうせ朝には脱げちゃってるんだろうけどね」


いつもの先生の笑顔を僕は感じていた。

先生が居なくなった後、寂しくなった教室に足らなかったモノがその部屋に有った。


「先生、私も」


とサキも浴衣姿で先生の前に立つ。


「サキちゃんはもう少し大きな浴衣でも良さそうね」


と言いながら僕たちに見えない様にサキの帯を締め直していた。


「でも、みんな、良くここまで来たわね……。不安だったでしょ。私があなたたちの頃だとそんな事出来なかったわ」


先生は僕たちを見て微笑んでいた。


「うん……。一人じゃ無理だよ。三人だったから、先生の所まで来れたんだと思う」


サキはそう言うと蒲団の上にストンと座った。


先生は微笑むと、


「そうね……。あなたたち、仲良いモンね……」


そう言う。


僕は先生のその言葉に少し考えてしまった。

多分、いつまでも仲良し三人組という訳にはいかない気がして。

テルの想い。

サキの想い。

そして僕の想い。

それは何処かで繋がるのか、みんな違う所へ向かってしまうのか。

僕にはそんな難しい問題は今は解けない気がした。


「さあ、寝るわよ……。みんなお蒲団に入って……」


先生は立ち上がって、部屋の電気を消した。

僕は窓から見える満天の星をじっと見つめていた。


「星が綺麗だな……」


僕の横でテルが呟く。


「うん」


耳を澄ますと潮騒が静かに聞こえて来る。


「波の音がしてるんだ……」


サキが言う。


「此処はね、海も山も星もある……。私の生まれ育った町よ……。お洒落なお店なんて無いけど、私が一番好きな町」


先生は月明かりに照らされながら静かに言った。


「バウムクーヘンもその辺では買えないけどね」


そう言ってクスクスと笑っていた。

僕たちも一緒に笑った。


「好きな町か……。私も自分の町の事、いつか一番好きな町って言えるかな……」


サキが言う。

すると先生は、


「生まれた町が好きって言える人、何処か違う町が好きになる人、これから中学、高校、大学、そして就職して移り住んだ町が好きになったり、いつか結婚して住んだ町が好きになったり……。それでも思い出の中の町が良かったり……」


先生はじっと薄明りの天井を見ている。


「あなたたちの町も好きだったわ……。私はね」


僕は先生の言葉が嬉しかった。

僕たちの事を嫌いになって離れたんじゃない事がわかったから……。






翌朝、先生は温泉津の駅まで車で送ってくれた。

僕たちは先生の車を下りて、何度も先生にお礼を言った。


「先生、またいつか訪ねても良い」


サキが駅前のロータリに立つ先生に訊いた。


「勿論よ。でも、今度はちゃんとご両親の許しをもらって来てね」


それを言われると少し気が重い。

僕たちはこれから帰って怒られるのだから。


先生はホームに入ると、電車が来るまで一緒に待ってくれた。

数両の短い電車が入って来るのが見えた。


「先生、これ……」


僕たちは早起きして書いた先生宛の手紙をそれぞれ手渡した。


「何……」


先生はそれを受け取るとじっと見つめていた。


「僕たちからのお守り……。僕たちの事忘れない様にね」


僕はそう言うと頭を掻いた。


「忘れるモンですか……。こんな無茶する生徒なんて」


先生はそう言うと笑っていた。


僕たちは入って来た電車に乗る。


「じゃあ、またね」


先生がそう言うのと同時にドアが閉まり、電車は容赦なくゆっくりと動き出した。


僕たちは先生の姿が見えなくなるまで手を振った。


そして、力が抜けた様に座席に座った。


「会えてよかったね……」


とサキが言う。

僕とテルはそれに頷いた。


「アモンってさ、先生の事好きだったでしょ」


とサキが僕の事を肘で突きながら言った。


「え、そうなの……」


とテルも僕の顔を覗き込んだ。


「何言ってるんだよ……」


僕は必死に誤魔化した。


「わかるのよ……。だって私、女だもん」


とサキは言うとニコニコと笑った。


テルは大きく息を吐いて足を延ばした。


「俺さ、夏休みの最後に、サキに告白するつもりだった……」


「え……」


僕とサキは同時にそう言った。

テルは驚いた表情の僕とサキを見て微笑んだ。


「けど、やめた。今はまだ、三人で居たいから……」


その言葉にサキが少しだけ微笑んだ。

その笑顔が何だか大人びて見えた。


僕たち三人の冒険の帰路が始まった。

本当の意味で僕たちの初めての挑戦だったかもしれない。

それは僕たちが大人になるための入口だったのだろう。








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