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君が望む幸せ

作者: 広江 七横

 とある国にそれはそれは美しい歌姫がいました。

 彼女は誰からも好かれる人気者です、その美しさに惹かれる者も沢山いましたが、それ以上に彼女が人々を惹き付けたのは彼女の歌声でした。

 彼女の歌はとても悲しく暗い旋律のものばかりです。

 でも悪い事を企んでいた人はその悲しい旋律に、涙を流し悪事を働く事を止めました。

 争い事をしてた人達はその寂しい歌声に、いがみ合う事の虚しさを感じ戦う事を止めてしまいました。


 彼女の歌はそんな不思議な力が宿る、まるで魔法のような歌声だったのです。


 これはそんな歌姫の昔話――





 むかしむかし、小さな国の小さな村に歌の大好きな女の子がいました。女の子の歌はとても上手で、村の誰もが女の子の歌が大好きでした。

 女の子の歌声には不思議な力があり、女の子が楽しい歌を歌えば、みんな心が踊りだし、優しい歌を歌えばみんな心が安らいだのです。女の子はみんなの喜ぶ顔が嬉しくて、来る日も来る日も歌い続けました。

 そんな女の子の噂は瞬く間に国中に広がり、やがて女の子は小さな国で一番の人気者になったのです。



 そんな女の子が美しく成長したある日の事。

 彼女は王様に呼ばれてお城へ赴きました。それは彼女の噂を聞きつけた王様の前で歌を披露する為です。


 彼女はいつものように美しい歌声を王様の前で披露しました、それを聴いた王様は大変満足した様子で言います。

「素晴らしい、わしはお前の歌を毎日聴いていたい、お前をわしの妃にしてやろう」

 欲張りな王様は彼女の歌を自分のものにしたかったのです。

 しかし彼女は首を縦には振りませんでした、それは彼女には心に決めていた男の人がいたからです。

「王様、申し出は大変嬉しいのですが私は沢山の人々に歌を聴いてもらいたいのです、だからお城に住む訳にはいきません」

 そう言われると王様は顔をしかめて言い放ちます。

「それなら毎日、国中の民を集めてお前に歌わせてやる。これなら文句はあるまい!」

 彼女は困りました。

 ――本当は好きな人がいます。喉までその一言が出掛かりましたがやめました。それを言ったら彼は殺されてしまう、今までの王様の悪評を聞いていた彼女はそう思ったのです。

「かしこまりました王様、私はあなたの妃になりましょう」

 彼女はとても、とても暗い表情で小さく呟きました。

 彼女の返事に、王様は満足した顔をして言います。

「よし、では今日から城に住め、結婚式を早くすませて国中のやつらに見せつけてやるのじゃ」

 その王様の申し出に彼女は一つだけお願いをします。

「王様、今宵だけは家へ帰らせて下さい。家族へお別れを言いたいのです」

 それを聞いた王様は渋りましたが、ここで彼女の機嫌を損ねて、また結婚したくないと言われるのではと思い、渋々承諾したのでした。



 彼女は城を出ると一目散に村へと戻りました、実は王様へのお願いには少し嘘があったのです。彼女は本当は大好きな彼に会いたかったのでした。


 彼と会った彼女はお城での出来事を包み隠さず話ました、もし彼が「一緒に逃げよう」と言ってくれたなら、全てを捨ててもいいと思いを込めて……。

 しかし、彼からの返事は彼女の期待したものではありませんでした。

「幸せになって下さい」

 彼が口にした一言は鋭いツララのように、彼女の心に冷たく深く突き刺さります。

 彼女は今にも涙が溢れそうでしたが、彼に涙を見せないよう「さようなら」と一言を残しその場を去りました。



 彼女が去って行く後ろ姿を見ながら彼の心は深く深く沈んでいました。本当は彼も彼女の事が大好きだったのです。

 そして彼女の姿が見えなくなると彼は大地に顔をうずめ、大粒の涙を流しました。

 彼女の話を聞いた彼は考えたのです、貧しい自分よりも王様と一緒になった方が幸せになれると。何より彼は彼女の歌が大好きでした、みんなを幸せにするあの歌声をもっと多くの人に聴かせられる。そう信じていたのです。



 家に帰った彼女は溢れる涙を押さえることが出来ず泣き続けました、そして柔らかな月明かりが彼女を照らし出した頃、彼女は森へ出掛けて行きました。


 今の彼女の心を現すかのように深い暗闇に包まれた森では、風に吹かれた木々のざわめきだけが聞こえてきました。そこで彼女は歌を歌い始めます、それは彼への別れの歌でした。

 その時、彼女は生まれて初めて悲しい歌を歌ったのです。

 そんな悲しい歌声に合わせるかのように木々のざわめきも激しくなっていきます。まるで森が彼女と一緒に泣いてくれているようでした。

 その時です……

「悲しい歌ですね」

 周りには誰も居ないと思っていた彼女に、話かけてきた者がいました。

 彼女は突然の呼び掛けにとても驚き、声のする方へ振り向くとそこには青空のように透き通った瞳をした少女が彼女を見つめていました。

「こんなに悲しい歌を私は聞いた事がありません、あなたに何があったのでしょうか?」

 少女の問い掛けに彼女は、お城での出来事、彼の事を話しました。それを聞いた少女は彼女へ言ったのです「私があなたの望みを叶えてさしあげましょう」と。

 彼女は少女が自分を慰めてくれていると思い「ありがとう」と優しい笑顔で答えました。

 すると少女はその透き通った瞳で彼女をしっかりと見据えながら言いました。

「ただ、望みを叶える代わりに対価をいただきます」

 彼女は不思議な子だな? と思いながらも聞き返しました。

「対価とは何になるのでしょうか?」

 少女は目をつむり、ゆっくりと答えます。

「それはあなたのその美しい歌声になります」

 彼女は思わず考えてしまいました、彼と一緒になれるなら歌など要らないと。そしてこう答えたのです。

「私は、富や名声よりも彼が欲しい。私の望みを叶えて下さい」

 少女はゆっくりと目を開き、澄んだ瞳で彼女を見つめながら「分かりました」と伝えました。


 彼女は家に戻り、森で出会った不思議な少女とのやり取りを思い返していました。

 私の願いなど叶う訳がない、けれどほんの一筋でも希望という名の光を与えてくれた少女に感謝しようと、彼女はそう思いながら深く暗い闇の中に落ちていったのでした。



 それは突然の出来事でした、彼女が朝、目を覚ますと村中が騒がしいではありませんか。

 彼女は村人に何がおこったのか問いました。村人は早口で答えます。

「戦争が起きたんだ」

 詳しく話を聞いてみると突然、隣の大きな国が攻め込んできたという事でした。


 戦争によって国もみんなも沢山傷つき、大きな国は、あっという間に彼女の住む国を飲み込んでいきました。そして小さな国も欲張りな王様も、なくなってしまったのです。



 彼女は戦争によって大切なものを色々と失ってしまいました。家族や友達、そしてあの不思議な力の宿った美しい歌声も……

 それでも彼女は力強く生き続ける事が出来ました。それは、あの優しい彼がいつも一緒に居てくれて支えてくれたからです。


 色々なものを失った彼女でしたが、それでも彼との幸せな日々を過ごしていました、そして二つほど季節を越したころの出来事です。


 いつものように彼女が家で彼と話しをしていると、彼が突然こう言い出しました。

「なあお前、そろそろあの美しい歌声をみんなに聴かせてくれないだろうか?」

 彼女は困りました「私は歌声を失ってしまったのよ」と言おうか悩みましたが、伝える事が出来ませんでした。あの晩の森での出来事や歌えなくなった事を彼が知ったら、どれほど彼が悲しむか彼女は考えてしまったのです。

 彼女の様子を見ていた彼はこう続けます。

「国中のみんなが戦争で疲れ切ってしまっている。今みたいな時こそ君の歌声でみんなを力づけたいんだよ」

 彼の真っ直ぐな目を彼女は見つめる事が出来ませんでした、その様子を見た彼はとても悲しい気持ちになりましたが、歌えない理由が何かあるに違いないと思いそれ以上、彼女には何も言わなかったのでした。



 次の日の朝の出来事、彼女が目を覚ますと不思議な事が起きていました。

 彼女にあの美しい歌声が戻っていたのです。彼女は喜びました、これで彼を悲しませる事がなくなると。そして彼女は彼に歌を聴かせようとしました。


 しかし、彼の姿はどこにもありませんでした。


 彼女は探しました。家の中、村の中、国中を何年もかけて探し続けたのです。それでも彼は見つかりませんでした……。


 彼女は悲しみにくれて毎日泣き続けました。

 そしていつしか、一番歌を聴いて欲しかった人が居なくなってしまった彼女は、美しい声が戻っても、歌う事が出来なくなってしまったのです。


 そんなある日の事、深い暗闇に柔らかな月明かりが差し込んでいた晩の出来事です。

 彼を探し続けていた彼女が森をさ迷っていると、彼女に話し掛けてくるものがありました。

「もう歌は歌わないのですか?」

 その懐かしい声に彼女が顔をむけると、そこには空のように透き通った瞳が彼女を優しく見つめていました。

 彼女は彼を探している事を不思議な少女に伝えました。

 そしてどんな対価を払ってもいいから彼に会わせて欲しいと少女に願ったのです。

 彼女の願いを聞いた少女はゆっくりと瞳を閉じて答えます。

「ごめんなさい、それは出来ないのです」

 そしてこう続けました。

「あなたに歌声を取り戻す事が彼の望む幸せだったから……」

 澄んだ瞳の少女は、とある晩の出来事を伝えました。


 ある一人の男が少女に歌声を失った歌姫の話をしました。それを聞いた少女は歌を失った代わりに歌姫は幸せをつかんだ事を告げます。

 しかし男は言ったのです「歌姫は本当に幸せなのか?」と。そしてこう言いました。

「歌姫は歌っている時の笑顔が一番幸せそうだった、歌姫の歌を、笑顔を取り戻して欲しい」

 そして少女は男の願いを叶えたのでした。


 その話を聞いた彼女は唇を震わせ、少女へ問います。

「その男の願いの対価はなんだったのですか?」

 少女はゆっくりと答えました。

「その美しい魔法のような歌声の対価は……」



 すべてを知った彼女は小さく呟きました。


「私が歌っている時の笑顔は全てあなたにむけられていたのよ」





 歌姫は今日も歌い続けます。あの人が望む幸せの為に。


 ――これは不思議な歌声を持った、美しい歌姫の昔話。


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