3-20 そこで魔法をひとつかみ〜魔法教育科の余り者~
王立魔法学園魔法教育科。魔法の先生を育てる場所であるここには、「師弟制度」というしきたりがある。
最終学年の生徒は、1つ下の3年生を1人弟子とする。その弟子を進級させることが、卒業の最低条件となるのだ。
当然、優秀な生徒には人気が集まるし、そうでない生徒はまたしかり。そうして今年も余り者が2人……
片や頭脳明晰ながら魔力が弱い4年生、ケイト。
もう片や魔力は強いが、その制御に難を抱える3年生エスター。
進級早々に教師陣から退学を勧められることになる2人。けれども2人には魔法の先生になりたい理由があったーー
劣等生。けどただの劣等生じゃない。そんな2人は奇跡を起こすことが出来るのか?
第2図書準備室。広大な図書室のそのさらに奥の奥にエスターの師匠となる人はいるという。
彼女はドアの前で、学園の制服である紺のワンピースのシワを伸ばす。落ち着いた茶色の髪をさっと整えて手鏡を覗くと、そこでは紫色の瞳が不安そうに揺れていた。
コツ、コツ、コツ。ノックに返事はない。
ただ、本をめくるようなかすかな物音はするから、誰かはいるらしい。
ゆっくりと部屋に入ってみると、背の高い本棚に囲まれて、黒いローブに三角帽子の少女が分厚い魔法書を広げていた。
「初めまして……本日より弟子となります。エスター・リードです」
エスターは恐る恐る声かける。と、三角帽子の少女がぬぅっと顔を上げた。
「ケイト・ロッチェよ。……早速だけど、そこにあるスプーンを取ってくれる? もちろん魔法でーー試験よ」
「試験……ですか? 弟子になるのに試験が?」
「ええ、もちろん。確かに私は万年学年最下位の劣等生だけど、それでも弟子を選ぶ権利はあるの。それがこの学園のしきたりでしょう?」
そこでケイトは、ようやく目深に被っていた帽子を軽く上げて、黒い髪を払う。深緑の瞳がいたずらげにエスターを見つめた。
王立魔法学園魔法教育科。ここはハルトン王国で唯一の、魔法を教える人を育成する教育機関だ。
そして、この魔法教育科には他の学科にはない独特の制度がある。
それが、『師弟制度』だ。
魔法教育科の学生たちは最終学年に上がると、一つ下の3年生から1人弟子をとる。
そして、その弟子を最終学年に進級させることが、学園卒業の最低条件となるのだ。
なお、弟子選びは師匠となる最終学年の生徒の権利。
当然、成績の優れた者は取り合いとなる。
そして、毎年成績下位の者があぶれるのも必然だ。
無事師弟関係が結べたとしても、その当事者は10代後半の多感な学生たち。
しかも互いの成績、能力が未来に直結するときている。
時に王国騎士団が介入せざるを得ないような事件も引き起こす、この制度。
だが、学科の創立者ベルーノ・トーリの『弟子1人育てられない者に教育者の資格は与えられない』という言葉は今も絶対で、故に今もこの古めかしい制度が残り続けていた。
学園のしきたりを出されれば元も子もない。
エスターは「分かりました」と頷く。
そして、これまでずっと左手で握っていた杖を、部屋の入口にある、小さな戸棚の上に置かれたティーセットへ向けた。
『浮き上がれっ!』
『壁になれ』
2人の声、2つの呪文が重なる。
刹那、ガコォーッン! と轟音が響き、エスターの杖から煙が上がった。
思わず目を瞑ったエスター。
彼女が恐る恐る目を開けると、ケイトが透明の壁に突き刺さったスプーンを、エイヤッと引っこ抜くところだった。
「……あなた、私を殺す気? ……というか、スプーンがこんなに深く突き刺さるなんて、本当に魔力は豊富な、のーー」
とそこで、ケイトは不意に苦しそうに顔を歪める。
彼女はそのままフラリとその場に崩れ落ちてしまった。
「ど、どうしたんですかケイト師匠! しっかりしてください」
突然床にしゃがみこんだケイトにエスターは慌てて駆け寄る。が、ケイトは大丈夫とばかりに自力で椅子に這い上がり、傍のテーブルに置かれていた薬草茶をグイッと煽った。
「……だからまだ師匠じゃないわ。あっ、そう、これは魔力切れ。あなたも聞いているでしょう? 私の魔力値のことは……」
「は、はい……一応……」
ケイトの問いに頷きつつ、さっきまで透明の壁があった場所を見てみると、確かにケイトが魔法で作った透明の壁は跡形もなく消えている。
そこでエスターは「誰より優秀な劣等生」なる彼女の二つ名を思い出した。
式典以外の日は義務ではないのに、ローブと帽子をいつも身に着け、手にはいつだって魔法書。
王立学園の中でも特に難しいと言われる魔法教育科の定期試験において、実技を除いて3年間首席を維持し続けた頭脳。
誰よりも魔法を愛し、真面目で努力家な彼女は、「そもそもの魔力値が低い」というその1点においてのみ、しかしそのせいで、3年間ひたすら学年最下位の座に居続けていた。
今だってそう。本来、人1人守れる程度の大きさの透明の壁を作る、というのは結界術の基本も基本だ。
王立学園に所属する生徒であれば、息をするように使える魔法。
しかし、そんな簡単な魔法でさえ、ケイトは数分間も維持できず、魔力不足を引き起こしてしまうのだった。
一方のエスターも劣等生として知られている。
魔法教師一族の家に生まれ、中でもずば抜けて強い魔力を持っていたエスター。しかし彼女はその制御を極端に苦手としていた。
王立魔法学園の理事である父の働きで、半ば無理やりこの魔法教育科へ入学した彼女。
しかし、魔力を制御する術は全く向上せず、彼女はひたすらに学年最下位の成績を取り続けていた。
長い王立学園の歴史でもなかなか現れない、万年最下位の不名誉を叩き出しそうな2人。
そんな2人が師弟として引き合わされたのは、ある意味当然のこととも言えるかも知れなかった。
「ハァ……やっと落ち着いてきたわ。じゃあ試験に戻りましょうか」
「ケイト師匠!? 試験って……まだ続けるんですか?」
「ええ、もちろん。まさかもうあきらめたの?」
薬草茶で魔力を補充したらしいケイトは、そう言ってカップを手にしたまま立ち上がると、スプーンを元の位置へ戻した。
「あなたは昔から魔力制御が苦手だったそうね? ……じゃあ聞くけど……さっきあなたは自分の魔力をどのくらい使った?」
「どのくらい……ですか?」
「そうよ。すべての魔力の何%くらい? ちなみに私のさっきの魔法はこのくらいよ」
そう言うとケイトは、おもむろにティーセットから砂糖壺を取り上げる。
と、薬草茶のカップの上でひっくり返す仕草をした。
「師匠!?」
「……冗談よ。でも、私がしびれを切らして砂糖壺をひっくり返す前にスプーンを取って頂戴」
「……ですが……」
エスターの脳裏にはさっきの結界に刺さったスプーンが蘇る。それに限らず、魔力制御が苦手なエスターはしょっちゅう周りを危険に晒してきたのだった。
「この国では、『生まれつき魔法を使いこなせる者が魔法使いになるべき』という考えが根強いわね。そもそも魔法の扱いに長けた人が多いし、魔法教育は実践的な魔法の使い方を学ぶ場とされている」
「は、はい」
不意にカツ、カツ、と音を立てながら部屋を歩き始めるケイト。
「でもね、私はそもそもの『魔法の使い方』、『魔力を魔法に変える方法』というものにもっと重きを置くべきだと思うの。私みたいに魔力が少ない人でも、あなたみたいに魔力を上手く調節出来ない人でも、訓練すれば魔法使いの素質はあるはずだわ」
それから、ケイトは俯くエスターの顎に手をかけて自分の方を向かせ、それから砂糖壺を手に取る。
と、今度はスプーンで砂糖を軽く一杯すくってみせた。
「まずは目を閉じて。あなたの中にある魔力の量を感じてみなさい。そしたらそれを少しずつすくってみるの。きっとあなたならスプーン一杯もいらないわ。……そうね、こんな風に……ほら、ほんのひとつまみ」
そう言うと、ケイトはスプーンの先に爪先程の砂糖を乗せて見せる。それから彼女を促すようにスプーンを戻した。
「私の中の魔力の量……」
「そうよ、身体に巡る魔力を感じて……いつもどのくらい魔力を使えば、どんな魔法になってるかを思い出すの」
「感じて……思い出して……」
エスターはさっき魔法を使ったときのことを思い出す。自分としてはごく小さな魔法のつもりだったが……
「もっと……もっと少し……私の中の魔力……」
「さ、そこで魔法をひとつまみ!」
『浮き上がれ』
ケイトの掛け声に合わせて、エスターはピシリと杖をスプーンへ向ける。
と、同時にスプーンは勢いよく飛び上がった。
あらぬ方向へ飛んだそれは、部屋の天井に当たってカコーンッという小気味よい音を鳴らす。
しかし、スプーンが当たった場所は穴が空くことも、へこむこともなく、それはエスターにとって快挙ともいえることだった。
「師匠……ケイト師匠ッ。見てください、スプーンが屋根に突き刺さりませんでしたっ!」
スプーンを拾い上げ、思わず感動に打ち震えるエスター。
しかし、そんな彼女に降ってきたのはなんとも呆れたようなため息だった。
「なにを当然のことで喜んでいるの、エスターさん? この部屋のもの壊したら承知しませんからね。ーーさ、それより試験ですよ」
そう言うとケイトはエスターの手からスプーンを抜き取り、また元の位置に戻す。
一方、エスターはそんなケイトの言葉にポカンと口を開いた。
「え……まだ試験、続くんですか?」
「当然でしょう? 私の手元にスプーンを持ってきてはじめて合格よ。……今度はもっと使う魔力を減らしてみなさい」
「わ、分かりました」
一瞬ケイトの言葉に戸惑ったエスター。しかし、ケイトのアドバイスを聞き、一つ頷くと再度杖グッと握り込む。
「合格するまで、この部屋から出してあげませんからね」
目を瞑ったエスターは、そんな風に言うケイトの表情が、なんだか少しだけ笑っているように思えたのだった。





