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3-01 貴族狩り

顔を隠した年若い監察官アックスの、竜の骨を使った処置により死から蘇った黒髪の青年ディルは、恋人を無理矢理に連れ去るばかりか、自身の両腕を切り落とした貴族への復讐を誓った。


魔法が使えない者は下民とされるウォード皇国の僻地から始まる復讐は、やがて皇国全体を焼く炎となっていく。


赤い月の下で憎悪に焼かれるディルと竜の力を求めるアックスが見る先は。


 殴られて意識を失い連れ去られていく恋人、アルマを取り返そうとディルは左手を伸ばした。


 だが貴族の男が振り抜いた剣により、その前腕は曇天に舞った。


 断面から溢れる赤色。

 それでもディルは怯まず、黒髪を逆立たせて叫んだ。


「待てっ! ……アルマを——」


 ——しかし、貴族が放った容赦のない顔面への殴打によって転倒し、叫びは途中で途切れてしまう。


 緋色の外套を翻す貴族は、虫を見るような目でディルを見下ろし呆れた声を出した。


「神の血と泥は交わるべきではない。この国の常識だ。なぜ逆らう?」


 滅多に人が来ない森だからと油断し、アルマが魔法を使うところをこの貴族に見られてしまったことが、惨劇の始まりだった。


「それにお前には分からんだろうが、このネックレスの力は……俺にも輝かしい未来が開けてきたぞ」


 貴族は気を失い地面に横たわるアルマの首筋をなぞり口元を歪めた。


「触るな……」


 アルマはネックレスをいつも大切に扱っていた。亡くなった母の形見だから盗まれないようにと誰にも見せずに。


「ナジャール。女を馬車に放り込め」


 ナジャールと呼ばれた壮年の従者が、アルマを軽々と担ぎ、近くに停めてある馬車へと押し込んだ。


「やめろ……」


 絶望感がディルの心に広がる。アルマはこのまま連れ去られ、そして二度と会えない。ディルにそれを止める力はなかった。


「アルマを返してくれ……」


 倒れ伏したまま、縋るように伸ばしたディルの右手が、貴族が纏う外套の裾に触れる。


「なんだその右手は。左手を飛ばしてやっただけでは足りんのか? 良いぞ、右手も飛ばしてやる」

 

 貴族は忌々しげに剣を掲げ、躊躇なく振り下ろした。


 ディルの右手首から先の感覚が失われ、激痛が走る。


「か……え、せ、アル、マ……」


「薄汚い下民め」


 貴族はそう吐き捨てると、ディルの後ろ襟を掴んで引きずり、森の木々を抜けた先にある崖の縁へと放り出した。


 崖の縁から体が半分飛び出たディルの薄暗い視界の端に、岩肌を彩る花が映る。


 パンの香り付けにぴったりだと見つけた素材……今日はこれを取る為に森へと入った。


 アルマの言う通り、今日は雨が降りそうだから、外に出ないでおこうと言った通りにしておけば。


 ディルの後悔に呼応するように雨が降り始めた。


 アルマと初めて会った日も雨。野晒しで震えていた体を魔法で温めてくれたあの日。

 

 身寄りのない二人で助け合った日々と必ず幸せにすると誓った決意が脳裏をよぎり——

「魚の餌が下民にはお似合いの最後だ」


 冷たい声と共に訪れる浮遊感。落下、加速……見上げた先、嘲笑を浮かべる貴族の顔が小さくなっていく。


 ディルの鼻先に一瞬、アルマと二人で楽しむはずだった香りが漂った。


 なす術なく落ちていくディルの目に、灰色の空に浮かぶ赤い月が映る。


(……なぜ赤い? ——水——息が——アルマ——)


 ディルはアルマが使う暖かい光を放つ【光明】の魔法と、優しい笑顔を思い出しながら、水の底へと沈んでいった。






 翌朝。


 川岸に打ち上げられたディルの体は冷たく静かだった。


 だが……その周囲は騒がしい。


「若様。それは貴方の血統を示すもの。いい加減にお考えを改めるべきです」


「何度もうるさい。まだ月は赤く、竜の魔力は満ちている。骨の反応が強くなった先に死体があるなら、やることは一つっきゃねえんだよ。俺は竜の力でこの国がどう変わるか知りたいんだ」


 布で隠した口元から鈴が鳴るような声を出す若者は、束ねた赤色の長髪を揺らしながら白髪の従者の諫言をあしらった。


 そして、手に握った白い大きな骨で軽く自分の肩を叩き、ディルの側へとしゃがみ込む。


「そうやって何度も試しては結局、駄目だったではないですか。ここは王都とは違い治安も悪いのです。あまり長居は——」


「——いいからやるぞ。それに見ろ。こいつも言い伝え通りに光って急かしてやがるじゃねえか」


 若者は従者の言葉を遮り、ディルの左腕断面へと手に持った骨を押し付ける。


 すると千切れた断面と骨の接着面から白煙が立ち昇りはじめた。


「ほら! 当たりだ!」


「ああ……やはり私になど預けず然るべき場所で教育を……」


「ランド……俺はお前に教えられた剣でこうして生きて、男どもの道具にならずに済んでいる。もうあんな薄い(ドレス)を着なくても良いことがどれだけ嬉しいことか。あまり卑下してくれるなよ」


「若様……」


「もうこの話しは終わりだ。それより良いことを思いついたぞ。こいつの右手、寂しそうだろ?」


 若者は背負っていたバッグを降ろすと、布に包まれた頭の大きさほどの物を取り出した。


「……」


 ランドは目を閉じ、目頭を強く揉んだ。


「それは国に納める予定だったのでは……」


 声に反応することなく、若者は布の包みを解き続け……やがて手の形をした漆黒の物体が顔を出した。


「予定は予定だろ。こっちの方が有意義な使い方だ。それより見ろ。始まったぞ。竜気が全身を廻り始めたら……こうやって」


 若者は漆黒の物体——魔鋼の義手——をディルの右手に押し当てる。


「来たっ! 上手く取り込み始めたぞ!」


 ディルの全身が淡い光を放つと同時、右手の切断面が蠢き、肉と義手が馴染んで境目がわからないほどに一体化を始めた。

 

「まさか本当に……」


「何だランド? 竜の伝承なんて御伽話だと思っていたか?」


「いえ……信じてはいましたが、実際のところ死人が蘇るだけでなく、道具と一体化するなど、夢を見ているようで」


「夢じゃないのは確かだ……ランド! そろそろ起き出す筈だ。若様はやめて監察官か、アックスと呼べよ」


「わかりましたアックス様」


 ディルから放たれる光が収まり……閉じていた目が開かれた。


 ディルは仰向けのまま何度も目を瞬かせながら、キョロキョロと頭を振って周囲を確認している。


 そしてその視界に覚えのない二人を捉え、訝しげな視線を送った。


「気がついたか。おい、話せるか?」

 

「ここはどこだ……俺は崖から落ちて、いやアンタは誰……あっ、あっ、熱い、痛い、痛いっ、なんだこれは……ぐあああああっっ!」


 アックスの問いかけに返事をしていると、ディルの頭の中で頭蓋が割れるような音と痛みが暴れ回った。


『ザド・ヴァール・レダ』

 

 更には意味のわからない言葉がディルの脳内に響く。


『ザド・ヴァール・レダ』


 人が発する声ではなく、巨大な生物の唸り声のようだ。


「……ザド? 何と言っている? おい、アンタ! これは何だ! 俺に何かしたのかっ」


 ディルは訳が分からずに喚いた。


「見ろっランド! 当たりどころか大当たりだ! 竜真語を口にした!」


「ザド?! ザドとは何だ……あっ? 痛みが」


 ザドと繰り返し呟くと、ディルの頭を襲っていた痛みが一瞬引く。


「頭の中で聞こえている言葉を復唱すれば痛みが引く。だから唱えろ」


 痛みが引くと若者に言われるがまま、ディルは言葉を紡ぎはじめた。


『ザド・ヴァール・レダ』


「ザド……ヴァール……」


 頭を割るような痛みが少しずつ薄まっていく。


「そうだっ! 最後まで唱えろっ!」


「……レダ」


 最後まで呟いた瞬間、ディルの視界が空へと急速に昇っていった。


(空……飛んで……体の感覚がない。月、赤い月が空に浮いて……近づいてきた? いや、俺が近づいているんだ。それになんだあれは……竜のような黒い影が月の表面で蠢いて——)


『——帰ってこい』


 若者の声がした途端、目にしていた景色が歪んでいき、やがて視界は若者の顔を映した。


「よお。俺はアックスって名だ。こっちはランド。お前の名は?」


 光を閉じ込めたように煌めく翡翠の瞳がディルを見つめている。


「俺はディル……」


「そうかディル、よろしくな。気分はどうだ?」


「……最悪だ」


 アルマを失った喪失感と両腕の感覚がない現状に最悪以外の言葉が思い浮かばなかった。


「そうか最悪か。良かったな。これ以上最悪なことは、もうお前の人生で起きることはない。あとは登るだけだ」


「……」


 アックスの励ましなのかよく分からない言葉に、ディルは助けてもらった礼すら返せず黙り込んだ。


「さて。どう見ても訳ありで下民丸出しのお前の今後について話そうか」


「……」


 下民という言葉にあの貴族の姿を思い出し、自分でも信じられないほどの怒りがディルの心に渦巻く。


 アックスへ向けた視線には、制御できない憎悪が滲んでいる。


「ははっ、いい目じゃねえか……流石に選ばれるだけあるな。だが気をつけろよ。憎悪に任せて力を引き出せば、取り込まれて後戻り出来なくなるぞ」


「選ばれる? 取り込まれるとは何のことだ」


 アックスは楽しげな様子でディルを見る。


「まだ気付かないか? 見てみろ。お前の両腕を」


(何を言っている? 俺に両腕をみろだと? 斬られた先など見ても意味は——)


「——あ?」


 ディルは視線を送ったその先、感覚のない両腕から生える剥き出しの骨と黒い金属の塊に、呆然とした声を出した。


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