3-16 殺人ポメラニアンは愛を知る
生物兵器として生を受け、その牙で多くの人間を葬ってきた殺人ポメラニアン。
命令によって殺人を繰り返す彼はついに任務に失敗し、ボロボロに打ちひしがれ命が尽きようとしていた。
そんなところを心優しい少女アンに拾われ救われる。
怪我を手当てされ、レオという名前を貰い、ただただ愛情を注がれるポメラニアン。それは生まれて初めて感じた幸福な時間だった。
しかしそんな幸せも長くは続かず、アンはマフィアに攫われてしまう。
実は彼女はマフィアのボスの孫娘で、組織の後継者争いに巻き込まれてしまったのだ。
そんな大切なアンを救うために、ポメラニアンは走る。小さな体と短い足でポテポテもふもふと。
生まれて初めて誰かを守るために、その凶悪な牙を振るいながら。
最強なのであった……。
もふもふフワフワの茶色い毛並みにキュートな足。つぶらで愛らしく濡れた黒い目に、その庇護欲を掻き立てる一挙手一投足。誰もが目を奪われていく、まるで完璧で究極のアイドル的ポメラニアン。
それは圧倒的なポメ力、暴力的な可愛さをもってデデドーンという効果音が付きそうな具合で存在していた。
しかしその最カワおポメの正体は、ただの愛玩動物にあらず。その実態は裏社会の研究組織によって生み出された生物兵器。
ある状況下において局地的に人間を殺すこと、すなわち暗殺に特化した殺人ポメラニアン (※以降、殺ポメと表記)だったのだ!
前述した通り圧倒的な可愛らしさで、暗殺対象を油断させ、脅威と認識される前に悠々とその命を奪う。かくも恐ろしき生物兵器こそが彼の実態。
ゆえに彼、殺ポメは孤独だった。
その圧倒的可愛さすら相手を惑わし葬る武器である殺ポメに、正体を知りながら心を許す者など存在しなかった。むしろ自分を純粋に可愛いと褒め、好意を向けてきた人間はことごとく殺してきた。それゆえの虚しさが、犬ながらにもあったのだろう。暗殺の後の殺ポメはいつも淋しげであった。
しかしそんな殺ポメを元気付けるものなど誰もいない。しょせん殺ポメは消耗品の生物兵器で、そんな心の機微はメンテナンス対象外なのである。だから彼の寂しさは、ただただ募るばかり。
でもそれこそが生物兵器の定めなのだろう。
だから殺ポメは、ある暗殺が失敗して返り討ちに遭い、ボロボロで逃げ出した時も、その逃走のすえに崖から転げ落ちた時も、奇妙な納得感こそあれ、自然とその状況全てを受け入れていた。
動物は最後まで生きることを諦めないとはよく聞くが、殺ポメは生物兵器ゆえに生存本能が歪んでしまったのか。生への執着が薄かった。
だから地面に打ち付けられた時、何もかも諦めて意識を失ったのだが……。
どれほど時が流れただろう。生物兵器ゆえの頑丈さで意識を取り戻した殺ポメは、即座に近くへ人の気配を感じ取った。そして今までの刷り込みにより、ほぼ無意識に低く唸りながら、その人の気配がする方へ牙を剥き威嚇をした。
「きゃっ」
すると聞こえて来たは、可愛らしい女の子の声であった。
それで何かがおかしいと感じた殺ポメは、薄っすらと目を開く。
そこは全く知らない部屋の中だった。
木造の小さな部屋。その一角で殺ポメは、ブランケットを床に敷いた上で寝かされていたようだった。殺ポメが自分の身体に違和感を感じ、身を捩ると何か巻かれているのに気付く。それは殺ポメ自身にも、包帯だというのがすぐに分かった。
そして少し離れた場所にはたった一人、十代前半くらいの女の子がいた。茶色の髪を左右で三つ編みにしており、明るい青色の目で殺ポメをじっと見つめている。
「あ……まだ動いちゃダメだよ、酷い怪我だったんだから」
女の子は先程の威嚇のせいか、恐る恐るといった様子で殺ポメに声を掛ける。彼女が殺ポメを介抱してくれた事実を、賢い殺ポメは状況から即座に理解した。が、同時に突然向けられた親切心に殺ポメは戸惑った。
何故なら生物兵器の彼は、無償の親切心と言うものとは無縁だったからだ。
殺ポメと人間の関係性は【暗殺対象で油断させるために敢えて愛情や関心を向けさせるか】または【生物兵器として事務的に扱われるか】の二つに一つだけで、それ以外の接し方など分からない。
彼女は油断させるべき暗殺対象でも、ましてや彼を管理する所属組織の関係者でもない。だから殺ポメは、どう接するべきか分からない彼女に近付かれると、おずおずと後退りした。
そんな殺ポメの様子を勘違いした女の子は、彼に優しく声を掛ける。
「……きっと怖い思いをしたんだよね? 大丈夫、私はアナタに怖いことも痛いこともしないから」
そうして優しく笑いかけてくる彼女に、殺ポメの戸惑いはじんわりと溶け、不思議とほわほわ温かい気持ちになった。それが何かは殺ポメにも分からなかったが、それは決して深いなものではなかった。
そしてそれは、殺ポメにとって暗殺対象以外で自身へ優しさを向けてくれる人間が初めて現れた瞬間でもあった。
「私の名前はアン、よろしくね」
控えめに差し出された少女の手。それにそっと近づき少し匂いを嗅ぐと、殺ポメは恐る恐る指先を舐めた。こうして殺ポメとアンの関係は始まった。
アンは何故か森の中にある家に一人で住んでいて、家のことは全て自分でやっていた。ゆえに面倒見がいいのか、彼女は本当に斐甲斐しく殺ポメの世話をしてくれた。
優しく声を掛け怪我の様子を確認し、定期的に包帯を変え、手間をかけて柔らかくほぐした鶏肉をご飯に出し、殺ポメがそれを食べるととても喜んだ。
どこまでも温かく愛情深いアンを、殺ポメはそれほどしない内に彼女のことが大好きになっていた。そして殺ポメとアンが出会って三日後。
「わぁ……!! もう傷がほとんど治ってるよ。よかったね」
「わん!!」
殺ポメは生物兵器ゆえに傷の治りが格段に早いのだが、それを知らないアンは殺ポメが回復したことをただ無邪気に喜んだ。それに答えるように殺ポメもいっぱい彼女に体をこすりつけた後、更に顔を嘗め回した。
ひとしきりそうやってじゃれ合った後、アンがふと思い出したように殺ポメに声を掛けた。
「ねぇ、今更だけど貴方に名前を付けてもいいかな?」
「!! わんっ」
「ふふっありがとう、実はもう決めてあるんだ」
「ふわっ?」
「アナタのふさふさフワフワの毛は、茶色いしまるでライオンのたてがみでしょ。だからラテン語のLéonにちなんでレオはどうかと思ったんだけど……」
「わんわんわん!!」
「……気に入った?」
「わん!!」
アンのその問いかけに、殺ポメは一際大きな鳴き声で答える。それは当然名前を付けてもらえた喜びからで、殺ポメは今まで生きてきた中で一番の幸福に満ち溢れていた。
その喜びを全身で表現し、アンの顔も更にいっぱい嘗め回しまくった。
「あはは、くすぐったいよレオ~」
こうして彼はただの生物兵器ではなく、アンのレオになったのだった。
だからはこれからもっともっと幸せになれる、そんな予感を感じていた彼だったが……。
そんな穏やかで幸せな日々は、突然崩されることになる。
早朝から聞こえる乱暴に扉が開かれる音と、ドスドスとうるさい足音に、レオは異常を感じて自分の寝床を飛び出す。玄関まで駆けていくと、ちょうどアンが黒服の男達に担がれて連れ去られる瞬間が目に飛び込んできた。
アンの危険にレオは「グルルルル」と低い唸り声を出す。
「おい、犬を飼っているなんて話聞いてたか」
「いいや……しかし小型犬だ問題ないだろう」
「レオ、来ちゃダメ危ないから!!」
レオはアンの声を無視して男の一人に飛びかかるが、その小ささゆえに軽々と蹴とばされてしまった。
「きゃーあ!? やだ、レオー!!」
「お嬢ちゃん、犬の躾はもっとちゃんとしておいた方がいいぞ」
蹴った男は馬鹿にするように笑いながら、床に転がるレオをそのままに家から出て行った。当然他の男達と、アンのことも連れて。
それからしばらくして、レオはよろよろと立ち上がる。生物兵器の頑丈さゆえに大事はないが、アンを連れ去られてしまったことが犬ながらに悔しくて仕方なかった。
ブルブルと全身を震わせて気を取り直すと、家の片隅から物音がすることに気が付く。そろりとそちらへ向かうと、例の男たちの中の一人が残って家探しをしているのが見えた。
全員が去ったかと思っていたが何らかの目的で、残った一人がいたようだ。
これは丁度いいと、レオはじりじりと後方から距離を詰め狙いを定める。
そしてそいつが屈んだ瞬間を狙って、レオはその首元に嚙みつく。すると男は一瞬体を痙攣させると、声も上げずにどさりと床に倒れた。
そう、これこそがレオの殺人ポメラニアンとしての力だった。
生物兵器である彼の牙からは、噛み付くと強力な電撃が流れる。それにより彼は声を上げる隙すら与えず、一瞬にして相手の命を奪うのだ。まさに必殺の攻撃。
しかしそれは、自身をも傷つける諸刃の剣でもあった。ゆえに攻撃を終えた彼は、華麗に着地をしながらも電撃の余波でよたよたとふらつく。
しょせん生物兵器は消耗品。いつか壊れる前提で設計されている。
そしてそれは他ならぬレオ自身も、力を使い続けることが自分にとって危険だと薄々理解していた。
だけども彼が引くことはない。何故ならば、レオにとって初めて本物の愛をくれた掛け替えのない存在を救うために、その程度のことは最早どうでも良かったからだ。
今まではその凶悪な牙を、組織の命令で誰かを暗殺するためだけに振るってきた……。
だが、それをレオは生まれて初めて自分の意志で、しかも誰かを守るために使うと決意したのだ。他でもない飼い犬レオとして、大切な飼い主アンを救うために。
「わん……!!」
レオは気合を入れるようにひと吠えすると、僅かに残った匂いを頼りにアンと侵入者たちを追って走り出した。





