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3-11 私は怪獣言語翻訳家

 動物と話せる高梨瀬衣羅はその特技を活かし、出現した怪獣と平和的に交渉する『怪獣言語翻訳家』を天職にしていた。高梨独自が生み出した怪獣言語。高梨にしか操れないそれで怪獣と意思疎通を図り、被害を出すことなく、怪獣を傷つけることなく、解決する。

 だが、ある日、瀬衣羅の前に現れたのは白く板のような怪獣アルバス。自分を紡ぐ者と称するアルバスは、来るべき時のために瀬衣羅に怪獣言語翻訳家を増やせと助言する。

 ヒトと会話することが極端に苦手な瀬衣羅がその提案を拒むと、アルバスは強烈な光を放つ。

 ――そして瀬衣羅は目覚める。怪獣の姿で。

 混乱している瀬衣羅の前に現れたのは白一色に身を包んだ青年。

 彼は自らをこう名乗った。

 ――怪獣言語翻訳家と。

「――高梨隊員の搭乗を確認。これよりV-ALTUSで上昇します」

 ザザッというノイズを最後に私のイヤホンは沈黙する。黄色いゴンドラのようなバスケットが高度を増し始めた。さっきまで踏みしめていたアスファルトの大地がどんどん遠ざかる。

 身を委ねているこのV-ALTUSは40メートル以上の高所まで人を持ち上げることのできる特殊高所作業車であり、高層ビルにおける窓ガラスの掃除や壁面のメンテナンスに使用される。

 では、私は高層ビルの清掃員もしくはメンテナンス員なのかというとそうではない。

「――33メートル到達しました」

 マンション11階分に相当する高さまで持ち上がった身体。下を覗くと二階建ての住宅がミニチュアの模型のように小さく見える。だが私の正面はビルではなく巨大な目玉と涎の滴る白い乱杭歯で視界を埋め尽くされていた。

 生暖かい吐息が顔にかかり、グルルルという工事現場の振動音にも似た重低音が響き渡る。

「――高梨隊員、いつでもオッケーです」

「――了解……です。高梨、これより怪獣と……対話します」

 辿々しい返事の後、ゴルルルと唸り声は私の腹の奥底を揺らした。

「翻訳します」

 高梨瀬衣羅、28歳。

 私の職業は怪獣言語翻訳家だ。


 幼い頃から動物と触れ合うのが大好きだった。ヒトとの会話は苦手で、いつも言葉が詰まって出てこない。でも動物とだけは自分の言葉がスラスラと伝えられた。動物は嘘を吐かない。ヒトは素知らぬ顔で嘘を吐く。幾度となく傷つくことを繰り返し、私はヒトを信用できなくなった。だからヒトは嫌いだし、動物たちは好きだ。私は動物たちといる時間が何よりも楽しかった。

 そんな時だった。動物たちの言葉がわかるようになったのは。小鳥の囀り、犬の遠吠え、ヤギの鳴き声。撫でて欲しい、お腹すいた、脚が痛い。どんな動物の声も聞き取ることができた。気が付けば彼らと言葉を交わせるようになっていた。


「縺ゅ?√≠縺ョ繝シ閨槭%縺医∪縺吶°?(あ、あのー聞こえますか?)」

 拡声器を口に近付けてゆっくりと発する。どこの国の言語でもない、怪獣の声を聞くうちに独自に考えついた怪獣言語。

 黒々とした岩肌を持つ、凶悪な見た目の怪獣はグルルルと唸った後、首を上下に動かした。

 よかった。話が通じそうだ。

「……遘√?繧サ繧、繝ゥ縲ゅ≠縺ェ縺溘?縺雁錐蜑阪??(……えっと、私の名前は瀬衣羅。あなたのお名前は?)」

 怪獣はその容姿とは裏腹に大人しく私の声にじっと耳を傾けている。かなり温厚な怪獣なのかもしれない。

「……繧エ繝ォ…………繝」

 ゴルバ。

 レスポンスがあり、私の口角が上がる。

「――怪獣が自分の名前を名乗りました。『ゴルバ』です」

 向こう側で再びざわめく音が聞こえた。

「――このまま対話を続けます」

「縺ゅ↑縺溘?逶ョ逧??菴輔〒縺吶°?(あなたの目的はなんですか?)」

「縺セ縺?窶ヲ窶ヲ蟇昴※縺?◆縺」

 ぶつ切りの言葉であったがはっきりと怪獣の意思が届いた。寝ていたい。そうか、ゴルバは地中深くでずっと寝ていたのだ。それが何らかの理由により起きてしまった。

「――本部。この数ヶ月の間で地域周辺、何か大規模な工事はありませんでしたか?」

「――今調べる」

 山岳地帯の近いこの地域は地震等による大規模な地殻変動は起きていない。ということはゴルバは人間によって起こされたのだろう。私は本部からの回答をじっと待った。

「――工事ではないが、数週間前に石灰岩が取れる山で大規模な発破を行っている。その際、過度な採掘で山の一部が崩落したらしい」

 ビンゴ。

 採掘による崩落がゴルバの寝床を刺激したのだ。

「――ゴルバはその崩落により目覚めてしまったのだと思います。彼は眠ることを望んでいます。寝床を提供できれば大人しく帰るかと」

「――わかった。至急、ヘリを要請しゴルバを別の山岳地帯に誘導する」

 私はイヤホンに当てていた指を離し、もう一度ゴルバを仰ぎ見る。

「遘√◆縺。縺ッ縺ゅ↑縺溘?逵?繧句?エ謇?繧呈署萓帙@縺セ縺吶?(私たちはあなたに眠る場所を提供します)」

 ゴルバは私の言葉に微動だにしない。意味を咀嚼しているのか、それとも私の提案は間違いだったのか。

 直後、後ろから隊列を組んだヘリコプターが頭上を駆け抜ける。沈黙を守っていたゴルバはノシノシと身体を180度反転させ、ヘリコプター達の後を追いかけていった。

「――誘導成功。このまま山脈まで先導します」

 見上げるほど大きかった黒のシルエットはみるみる遠ざかり、小さくなる。

 そして1時間後。

「――ゴルバ、地中に潜っていきました。作戦は成功です!」

 上擦った声と歓声が耳に届く。

「――高梨隊員。よくやってくれた! さすがは怪獣と話せる少女だ!!」

 怪獣と話せる少女ではなく怪獣言語翻訳家だし、アラサーを控えている年齢に対して少女はあまりにもキツい表現だったが野暮なことは言わず、私はホッとため息を吐いた。

「怪獣とヒトは話せるんだ」

 すっかり怪獣の見えなくなった地平線に向かって独りごちた。


 怪獣言語翻訳家として怪獣とヒトの間を取りもち、平和的に解決する。唯一の特技を活かせるこの仕事は、まさに私にとって天職と言えた。

 ――だから、今日の怪獣も問題ないと思っていた。

「怪……獣なの?」

 私の視界は白一色の壁に隔たれた。

 巨大な白い板ような物体が、フワフワしている。大きいまな板が宙に浮いているようにしか見えない異様な光景に内心動揺しつつも私は声をかけた。

「遘√?蜷榊燕縺ッ轢ャ陦」鄒??ゅ≠縺ェ縺溘?縺雁錐蜑阪?縺ェ繧薙〒縺吶°?(私の名前は瀬衣羅。あなたのお名前は何ですか?)」

 ……沈黙。

 白板は何のリアクションも示さない。

 もう一度、口を開こうとした時、キィィィンという黒板を爪で引っ掻いたような甲高い音が鳴り響いた。

「うっ……なにこれ」

 咄嗟に両手で耳を塞ぐが頭に直接声が聞こえてきた。

「私はアルバス。(つむ)ぐ者。怪獣の言語を操る貴方と話をしに来た」

「……え? 日本語?」

 違う。翻訳せずとも理解できているのだ。再びアルバスの言葉が私の身体の内側に響く。

「私は貴方に託したい。人類と怪獣の未来を」

「ど、どういうこと?」

 なんて流暢で知能の高い話し方だ。

「――どう……ザザ……た? 高梨……員。ザザ……問題があったか? こ……ノイズがすご……ザザ……音が……」

 本部からの音はほとんど聞き取れない。これもアルバスの仕業なのだろうか。やがてイヤホンの音は聞こえなくなってしまった。

「地球には数多の怪獣たちが暮らしている。その怪獣たちと人類の共存を私は望んでいる」

「でも……だから、私はこうして怪獣たちとお話しして……」

「それでは足りない。近い未来、目覚める怪獣は数を増していく。セイラひとりでは手に負えない時が来る」

「……私にどうしろと?」

「セイラの存在を世界に知らしめるのだ。より多くの怪獣言語を操れる人間を貴方が育て、導く」

 いきなり無理難題を突きつけられ戸惑う。

「いや、無理無理! ヒトと話せないから怪獣言語翻訳家なんだし。世界に知ってもらうとかヒトを育てるとか絶対無理!!」

 手をブンブン振って拒否するとアルバスは黙りこくってしまった。

「……ならば仕方ない。私は紡ぐ者。これは人類と怪獣のためでもある」

 その直後、アルバスから光が放たれ、私は目を瞑ってしまう。

「わっ! 何これ、眩しい」

 私の意識はぷつりと切れた。


 雲ひとつない澄み渡る青の空が心地いい。そよ風が全身を凪ぎ、気持ちの良さに目を細める。視界を遮るものは何もなく、世界が広くなった気がする。視線を落とすとミニチュアサイズの家屋とミニカー。

 ん?

 私は今、特撮で使用されるような街のセットに立っている。いや、それにしてはおかしい。青空も風もあって。何より奥に見えるミニカーは走っていた。

 私、何してたんだっけ?

 あの白い怪獣アルバスと話した後の記憶がない。どうして私は地面に立っているのだろう。身体が重い。ノシノシとしか足が動かず疲れを感じた。

 ふと視線を落とすと目に飛びむのは靴のつま先……ではなくゴツゴツした岩肌のような黒い足。それと白く尖った鋭利な爪がズラリと並ぶ。

 え、ええ??

 横にあったガラスで自分の顔を覗き込む。頭上の空のように澄んだ蒼い瞳をしているがその眼光の鋭さは大型爬虫類のそれだ。口は前にせり出し、にいと笑うとギザギザの乱杭歯が不揃いに顔をのぞかせる。そして今、鏡代わりにしていたのが巨大なオフィスビルの窓ガラスであることに気が付く。

 か、怪獣になってるぅぅぅぅ!

 両頬を押さえて絶叫するとギャオオオオンと咆哮が轟く。あ、これ私の口から出てる声かよ。

「落ち着くんだ!」

 あまりに非現実的な状況に混乱しているとパリッと通る声が聞こえた。

 目線をやや下に落とすと、そこには白髪、全身を白のロングコートに身を包んだ褐色のスラリとした青年が仁王立ちしている。彼はV-ALTUSのバケットに立っている。

「私はキミに危害を加えるつもりはない。安心してくれ!」

 明瞭な滑舌に大きな声量。自信に満ちた声は拡声器がなくても私の耳にはっきりと聞こえる。

「皆さん、私が来たからにはもう大丈夫です」

 直感的に彼が何を言おうとしているのか、彼が何者なのか理解してしまった。

 やめろ、その先を言うんじゃない。

「――なぜなら私は、怪獣言語翻訳家ですから!」

 怪獣になった怪獣言語翻訳家と目の前に現れた怪獣言語翻訳家と名乗る謎の青年。

 二人の間をグルルルという鳴き声が響いた。

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