玉が降ってきたヒト
明日も明後日も僕は打ちに行く
「タツさん、この模型はなんだい」
僕が指してているこの模型はうつ伏せの人間である。何かに埋もれてしまったような体勢で果ててしまったようだ。しかしながらその顔は埋もれて死んだ人間のようには思えないほど晴れやかな顔をしており、成仏と言って過言ではないと感じられた。その疑問を晴らすためにこの博物館の館長をやっているタツさんに尋ねたのだ。
「これは玉に埋もれた人間の模型だよ」
タツさんはその模型を心底哀れんだ目で見ている。同情というよりかは人間として見ているのではなく、他種の動物を見る眼差しに似ている。
「それじゃあ何か玉がたくさん入っている積荷に押しつぶされたとかそういう事故があったのかい」
「そうじゃない、この顔を見て同じことが言えるだろうか」
僕はもう一度その模型を見る。第一印象と同じで口角は上がっており、目は曇るどころか光さえも感じられる。ただ、違和感として何かを助けたときの達成感や守るべきものを守ることができた使命感といったものは感じられない。自分自身の幸せや充実感に溢れた顔をしている。そこに混じる少しの精神的なフラつきや不安定さもその表情には表れている。
「何か幸せなものが降ってきて押しつぶされたような顔に見えなくはないね」
「そうだ、その幸せが降ってきたんだ」
タツさんは僕が答えを導き出したように思っているだろうが、本当のところ全くわからない。空から玉が降ってきて幸せですとはならないだろう。一球一打にかける甲子園の球児ですら苦悶の表情を浮かべるに違いない。
「よくわからないや」
「それじゃあヒントとしてこの人間の遺品を見ていこう」
そうするとタツさんは模型の右手にあるガラス張りの遺品を展示しているコーナーへと僕を案内した。
そこには財布やスマートフォン、家の鍵と見られるものが展示してあった。それらは遺品としてなんら珍しいものではない。しかし、その遺品の中に黒い封筒があった。
「タツさんこの黒いの封筒はなんだい」
「これは借金がある人に届く督促状だよ、これが来るということはお金に困っていたんだろうね」
お金に困る人が空から降ってくる玉に歓喜して押しつぶされるという状況で考えられる理由はなんだろう。少しずつ謎が解けていく気がしたが、決定打に欠ける。膿を出しきれていない様子にタツさんは遺品が入っているガラスケースを指す。
「これが最後のヒントだ」
タツさんの指す先には一辺数センチの紙切れがあった。その紙には(カネノアメ 100000円)と書かれている。これは僕にもわかる。
「競馬の馬券だね」
「そう、彼は重度のギャンブル依存症だ、これで謎が解けただろ」
僕は全てを理解してもう一度模型の前に立つ。この時どんな顔をしていたか自分では分からなかったが、最初にこの模型について聞かれたタツさんと同じ顔をしていたかもしれない。死者を模ったものと対面するにはふさわしくない感情を持っているかもしれないが、哀れみを向けずにはいられない。
「この人にとっては幸せな雨だったのかもしれないね」
僕はこの展示を後にした。
ギャンブル依存症の方は医療機関へ