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無口貴族の腹のうち

作者: 聖なぐむ

無口令嬢と無口令息が平和にお見合いしてるだけ。

✳パシュート・シルディー



 婚約者の初対面の印象は、(美しいけれど、麗しくはないわ)だった。

 整った目鼻立ちの、清潔感ある容姿。……しかし、地味だ。

 婚約者との顔合わせだというのに、シンプルな白いブラウスに飾りボタンすらない黒いツイードのジレという姿は、あえて飾るつもりはないという意味なのか、もとから装飾に興味がないのか。

 背後に控える侍従の方がチーフを挿してる分、華やかに見える。


 表情も温度を感じない無表情で、何を思っているのかさっぱり読み取れなかった。


「ベルゼミュート伯爵家のセドリック君だ」


 父が地味男を紹介してきたので、私は(セドリック。ひと昔前の老執事みたいな、よくある名前ね)と思いつつ、無言で余所行きの礼を返す。


「……娘のパシュートだ。すまんな、とにかく無口で無愛想な娘で」


 私の対応に父は分かりやすく苦虫を噛み潰したような顔をしたけれど、地味男は表情ひとつ変えずに頷いただけだった。


(視線をふらふらさせないところは悪くないわね)

 地味男は無表情でまっすぐ私を見たままだし、私も礼をした以外はまっすぐ地味男の顔を見上げている。

 父は男性の顔をじっと見るのは失礼だなんて言うけれど、社交界では女の顔をじっとり見る男はとても多いのだから、失礼はお互い様だと思う。


「本来はきちんと両家の顔合わせの場を設けるべきなのだが、ベルゼミュート家は先代が見罷られたばかりで喪中だ。時期をずらすことも考えたが、先代のご遺言により、セドリック君の身を早急にかため、次代として王家に顔を繋がねばならない」

「……」

「……」

「そのためにも内々で婚約手続きを済ませる必要がある。幸いにも身分上対等な我が家にも婚約者不在の末娘がおったからな。こうして婚約と相成った」

「……」

「……」

「我が家のパシュートはこのとおり……何を考えてるかよくわからん娘で、社交の場に出しても一切態度を改めぬ。亡き妻に似た器量をいかすこともなく、今日この場まで良い縁に恵まれずにきた。……まぁ、ベルゼミュートの先代様から何度も聞かされた愚痴では、セドリック君も似たようなものだそうだな」

「……」

「……」

「先代様とは冗談混じりに、ならば互いの娘息子を婚姻させるかと話したこともあるのだが、一人でも面倒なのにそれが増えたらたまらんと、話に出る度に立ち消えになっていたのだ。………………………ところでなぜ睨み合ってるのだ?」


 父の困惑した言葉を聞いて、私と地味男は同時に視線を反らした。


「……はぁ。まぁ良い。少し二人で庭でも散歩してきなさい」








(そろそろフィッシャーナが蕾をつけ始めたわね。今年は少し早いわ)


 低木のフィッシャーナを見やり、その向こうで満開のライヒオールのふっくらした花房に蜜蜂がとまっている。

 我が家は父も私も特に庭に芸術的なこだわりはないけれど、長年仕えてくれている庭師たちは『整え過ぎない自然体な植栽』のプロとして高い評価を得ている。


 私はいつもそうするように、一定の速度で歩きながら幼い頃から庭師に解説をされてきた植物の見所をひとつひとつ目で見て確認していく。

 地味男は私とほぼ同じ速度で斜め後ろを着いてくる。私から少し離れた後方には我が家のメイドたちが控えているし、地味男の後ろには侍従が着いてくるので、無言のままぞろぞろ練り歩いているだけだ。


(ティクロは花の時期はそろそろ終わりかしら。もうずいぶん実が育っていること)


 食用にもなるティクロの実は若いうちは甘酸っぱく、木なりで完熟を待てば酸味が抜けてお菓子やジャムに使われる。

 私はどちらの風味も好きだ。


 す、と視界が陰ったと思ったら、地味男が腕を延ばしてティクロのをひとつもぎ取った。

 「え?」と思い振り返ると、もいだティクロをぱくりと口に放り込んだ地味男が、無表情で咀嚼している。

 私の視線に気付き、地味男は顎の動きを止めた。


「……」

「……」


(ま、いいわ)

 しばらく無言で見つめあった後、私もティクロを摘まんで口に放り込む。

 一瞬のキュッとくる酸味の直後、ほどけるように香りの強い甘さが広がった。

(あら、ちょうど食べ頃だわ。あとでシェフに伝えなくては)


 私は地味男から視線を外し、庭の散策を続ける。地味男も後を着いてきた。






 庭を散策しても、特に目新しいものなどない我が家では客に案内するべき要素もない。

 私たちは無言のままただ庭を一周してきただけだったが、そんなことに父は何を期待しているのだろうか。


 フィン、という音がして、蜜蜂が私の耳の横を通りすぎた。目で追うと、隣に立つ地味男も蜜蜂の羽音に気付いて視線を向ける。

「……」

「……」

 きゃあと悲鳴を上げるメイドたち。

 ぐるぐると飛び回る姿を眺めていると、やがて蜜蜂は地味男の黒いジレの肩に留まった。

 彼の侍従がスッと前に出て、胸ポケットから出したハンカチーフで蜜蜂を撫で払う。

(やはり、いくら地味でもハンカチくらいは身に付けるべきだわ)

 再び飛び始めた蜜蜂がどこかに去るまで、私も地味男もぐるぐると首を動かしながら蜜蜂を見守った。






「……どうであった?」

 庭に繋がるテラスには、いつの間にか父が降りてきていた。

 父の目は、メイドたちに向いている。


「お嬢様が2人おられるようでした」

「そこまでか」

「しかしご相性は宜しいかと」

「そうか。それは良かった」


「……」

「……」


 私は地味男と視線を合わせる。


(まぁ……うるさいよりはマシかしらね)













✳セドリック・ベルゼミュート



 婚約者の初対面の印象は、(目力、強い)だった。

 整った目鼻立ちの、華やかな容姿。……しかし、目力が強い。

 艶のあるウェーブヘアと陶器のような肌。生前、父から「シルディー伯爵家には人形姫と呼ばれているお嬢さんがいる」と聞いてはいた。しかし、この女性を表現するにあたり、この生命力に溢れる目力を無視して真っ先に他の要素が気になるものだろうか。


 目力を除けば、人形のように温度を感じない無表情と言われても納得できた。


「ベルゼミュート伯爵家のセドリック君だ」


 シルディー伯爵に紹介され、私は無言で礼をする。


「……娘のパシュートだ。すまんな、とにかく無口で無愛想な娘で」


 シルディー伯爵はため息まじりに紹介していたが、パシュート嬢は気にした様子もなく私をじっと見上げている。


(目力が強い……)

 長い睫毛によるものか、深みのある琥珀色の瞳のせいだろうか。

 背後から侍従として連れてきたハイネスにそっと背中をつつかれるまで、私はじっとパシュート嬢の顔を覗き込んでいた。


 昔から相手を凝視する癖のある私は、あまり女性に好まれることがない。

 幼い時分に何度か交わされた婚約者選びの社交でも、相手の女児が「こわい」と泣き始め、解散になってばかりだった。

 しかし、父が事故で急逝し、正当な貴族間の既婚者のみが家督の継承を認められる法があるこの国で、唯一の後継者である私の婚約者選定は急務となった。


 父と永く交流を持っていた同格のシルディー伯爵家よりこの婚約の申し出があったのは、我が家にとっても非常にありがたい話だ。


「本来はきちんと両家の顔合わせの場を設けるべきなのだが、ベルゼミュート家は先代が見罷られたばかりで喪中だ。時期をずらすことも考えたが、先代のご遺言により、セドリック君の身を早急にかため、次代として王家に顔を繋がねばならない」

「……」

「……」

「そのためにも内々で婚約手続きを済ませる必要がある。幸いにも身分上対等な我が家にも婚約者不在の末娘がおったからな。こうして婚約と相成った」

「……」

「……」

「我が家のパシュートはこのとおり……何を考えてるかよくわからん娘で、社交の場に出しても一切態度を改めぬ。亡き妻に似た器量をいかすこともなく、今日この場まで良い縁に恵まれずにきた。……まぁ、ベルゼミュートの先代様から何度も聞かされた愚痴では、セドリック君も似たようなものだそうだな」

「……」

「……」

「先代様とは冗談混じりに、ならば互いの娘息子を婚姻させるかと話したこともあるのだが、一人でも面倒なのにそれが増えたらたまらんと、話に出る度に立ち消えになっていたのだ。………………………ところでなぜ睨み合ってるのだ?」


 シルディー伯爵の困惑した言葉を聞いて、私とパシュート嬢は同時に視線を反らした。


「……はぁ。まぁ良い。少し二人で庭でも散歩してきなさい」








 パシュート嬢はまっすぐ背筋を伸ばしたまますたすたと歩いていく。整地されてはいるが足場は芝とウッドパネルだ。ヒールながら迷いのない足取りを見るに、よほど普段から歩き慣れているのだろう。

 シルディー伯庭園といえば調和の取れた見事な植栽で有名だ。王家の庭師と師を同じにしている職人がいるという。

 パシュート嬢はあとに続く私たちを気にすることもなく、迷いのない歩みで草木にその力強い眼差しを向けていく。


 その目付きは真剣に植物と向き合うもので、パシュート嬢の姿はまるで森の深くに住むというエルフのようだった。

 彼女が指先で支えている枝に生っているティクロの実がとても艶やかに見え、私は無意識にその実を摘まみ、口に含んでいた。


 木生りで熟した実は酸味の後に程よい甘みが広がる。昔森に遠乗りに行った際、自由に摘まみ食いしていた野生のティクロはもっと酸味が強かった気がする。

 懐かしい記憶を思い出していると、横から圧を感じた。……パシュート嬢の眼力で、私の顎に穴が開きそうだ。


「……」

「……」



 しばらく無言で見つめあった後、パシュート嬢は私を見ながらティクロを摘まみ、口に放り込んだ。今まで全く動かなかった唇が開き、もぐもぐと何度か動いた後、その目に満足げな色が浮かぶ。



 パシュート嬢はくるりと身を翻すと、そのまま庭を突き進んで行った。私も後を着いていく。






 それにしても素晴らしい庭だ。確かに人の手が入っているのに、日の当たる森林を歩いている心地になっている。

 パシュート嬢が立ち止まった脇を、蜜蜂が横切った。


「……」

「……」

 背後できゃあと悲鳴を上げるメイドの声。

 パシュート嬢は驚くでもなく、素早く旋回する蜜蜂をじっと眺めている。

 やがて蜜蜂は私のジレの肩に留まった。……蜂は黒に寄るという。蜂からすれば全身黒な私が気になって仕方ないのだろう。

「失礼いたします」と囁きながらハイネスがスッと前に出て、胸ポケットから出したチーフで蜜蜂を撫で払った。


 再び飛び始めた蜜蜂がどこかに去るまで、私もパシュート嬢もぐるぐると首を動かしながら蜜蜂を見守った。






「……どうであった?」

 庭に繋がるテラスには、いつの間にかシルディー伯爵が降りてきていた。

 伯爵の目は、パシュート嬢ではなく同行したメイドたちに向いている。


「お嬢様が2人おられるようでした」

「そこまでか」

「しかしご相性は宜しいかと」

「そうか。それは良かった」


 背後でハイネスも頷いている気配がする。


「……」

「……」


 私はパシュート嬢と視線を合わせた。


(……感情豊かな目力で気付かなかったが、そういえばまだ声は聞いていなかったな)





















 ……パシュート・シルディー伯爵令嬢と、セドリック・ベルゼミュート伯爵の婚約はこうして調った。

 二人が互いの声を初めて耳にしたのは、結婚式での宣誓の時だったという。







ジッ……  ( ・ _ ・ )( ・ _ ・ ) ……。  


結婚と家督相続の報告を直接対面で受けて以降、国王はこの夫婦が来ると胃がキリキリする程に緊張する。

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