真面目な松本さん
ショッピングモールの雑貨屋で、同じクラスの松本さんを見つけた。黒髪のロングヘアーにメガネをかけていて、右手に消しゴムを持ち、伏し目がちに見つめていた。
日曜日の夕方頃の出来事だった。私は、松本さんを目にした瞬間、心臓がドキッと跳ねた。知り合いに会わないように、わざと混む時間帯をずらしてきたのに。よりによって、斜め後ろの席の松本さんに会うなんて。
私と松本さんは仲が良いわけではない。だけど、仲が悪いわけでもない。
クラスで顔を合わせたら、私の方から「おはよう」と挨拶をする。松本さんも私のことを無視せず、「おはよう」と返してくれる。だけど、そこから先は会話が続くことはない。
他の子とは「ってか、昨日のあのLINE何!?」とか「なるなるのライブ配信見た?」とか、ポンポン話題が出てくるのに、松本さんには自分からわざわざ話題を作って、声をかけようという気力が湧かない。
この雑貨屋に用があったのも、新しいペンケースを買いに来たからだ。今使っているのがボロボロになったので足を運んでみた。そしたら、思いがけないクラスメイトがいたわけだ。
とりあえず松本さんにバレないように、雑貨屋の端っこの方から見て回ろう。そそくさと、キャラクターのタオルが一面に並べられている棚に移動した。
あっ。この位置からは、松本さんの姿がはっきりと見える。というか、松本さんは何を買いに雑貨屋に来たんだろう。私は目の前のタオルを見るのも忘れて、不思議と松本さんに目が引き寄せられていた。いまだに最初に手にした消しゴムをまじまじと見ている。
次の瞬間だった。松本さんは左右をキョロキョロと確認した後、自分が持っていたバックに消しゴムを乱暴に突っ込んだ。焦ったように早足で雑貨屋から出て行った。
突然の出来事に、私は身動きが取れなくなった。えっ。今のって万引き? レジ通ってなかったよね? あの真面目な松本さんが万引き?
私は今見た光景が信じられなかった。体はふわふわしていて、夢を見ているようにも思えた。目の前のタオルが、遠くにあるような錯覚も覚えた。心臓はバクバク大きな音を立てていて、まるで私が万引きしたような気持ちになった。
松本さんが、その場からいなくなったから、ペンケース売り場にも堂々と行ける。だけど、足が小刻みに震えて、とてもじゃないけど買い物する気にはなれなかった。だけど雑貨屋を出る気力も湧かなかった。
何分そうしていただろう。少し落ち着きを取り戻したところで、右側に気配を感じて振り返ったところ、なんと松本さんがいた。
えっ。まさか戻ってくるとは思わなかったから、目を大きく見開いてしまった。松本さんも信じられないというような顔で私を見ていた。
松本さんの顔は、みるみるうちに赤くなった。目も右に左に、明らかに動揺しているのが伝わってきた。
「松本さん。さっきまで、この雑貨屋にいたよね」
つい強い口調で言ってしまった。
松本さんに見つからないようにしていた過去の自分が恥ずかしくなった。
「ああ……」
松本さんは、か細い声を出しながら遠くを見た。その後、
「じゃあ、見てて」
と言った。
そうすると松本さんは、雑貨屋の文房具コーナーに移動した。私は近くで見守ることしかできなかった。
松本さんは右手でゴソゴソとカバンの中を漁った。手には先ほどの消しゴムが握られていた。次の瞬間、元にあった位置に戻した。
くるりと私の方を振り返り、人差し指を鼻に当てて「内緒」のポーズをした。
その姿は、学校で見る松本さんとは違って、人間らしさが感じられた。カッコ悪いところを見られて恥ずかしくてたまらないのに、それでもクールを気取っている部分を見て、私まで恥ずかしくなった。
そのまま私の元までやってきて、唇が触れるか触れないかの距離で耳打ちされた。
「すごくドキドキした」
と。
松本さんは私を見ずに、そのまま雑貨屋を出た。今更だけど、香水をつけていることにも気づいた。淡い香りが私を包み、ねっとりと嫌な感覚だけが残った。
今日はペンケースを買うのをやめよう。
今何時だろう。虚ろな顔をしながら、スマホの時刻を確認するためにカバンに手をかけた。しかし、店内でカバンをごそごそしていると、万引き犯に思われるかもしれないと思い直し、ひとまず、私も雑貨屋を出ることにした。
そしたら、遠くの方で松本さんが私をぼんやり見ている視線とぶつかった。何も考えずに走り出すことしかできなかった。