002
ゼメルガルド率いる冒険者パーティが王都へ帰還して二ヶ月。
一人の尊い犠牲を出しはしたが、驚異であったエンシェントドラゴンを討伐した事が王に認められ、ゼメルガルドのパーティには実力者が集うようになっていた。
ゼメルガルドはその中でも才能に秀でた者が集まるパーティを自らのパーティに勧誘し、パーティとパーティを合体させたクランを結成した。
「ふっ、まさかたった一体のドラゴンを倒しただけでこうも簡単に人が寄ってくるとはな。私が思っていた以上に理想の世界を築き上げるまでの時間はそう掛からなさそうだ」
クランの拠点である建物のリーダー室で、ゼメルガルドは優秀な人材の能力が書かれた紙を見て笑いながらつぶやいた。
「なぜこうも簡単な事を最初にやってこなかったのか、今となっては笑えるな。わざわざ各地を回って人を探すよりも遥かに効率的だったというのに」
「仕方ねえよ。なんたってエンシェントドラゴン級の脅威を振りまくモンスターなんて今まで出てこなかったしな。それよか俺はお前が古龍が復活したと聞いた瞬間に討伐に出ると言い出した時は流石だぜって思ったくらいだよ」
「名声や実績は人の心を動かすのにはうってつけの材料だからな。このチャンスには乗らずにはいられなかっただけの話だ」
ゼメルガルドは着実にその実力を国全体に広めていった。
その噂を聞きつけた者は思惑通りゼメルガルドのクランに集まっていく。そんな大型のクランに入っているのにも関わらず、一人の少女の心だけは全く動いていなかった。
「イーリス。貴様、このような大型のクランに所属しているというのにちっとも嬉しそうじゃないな? 何か不満でもあるのか?」
イーリスは流し目でゼメルガルドを見た。
「ええ。あなたの元にいるのがこの上なく不満よ」
「貴様も言うようになったな。私の手ひとつで貴様の家族に掛けられた呪いを解く術を探すことや、その呪いの進行を遅らせるための薬を買うための金を止める事だって出来るのだぞ」
ゼメルガルドは脅迫まがいにイーリスを脅すが、イーリスは動じることなく言葉を返す。
「あなたが優秀な人を集めているというのが分かってからは別にビクビクと怯える必要もなくなっただけの事。私の家族に掛かった呪いを解くためにあなたに合わせて機嫌を損なわないように気を付けていたけど、私もあなたが望む優秀な人らしいじゃない? だったら否が応でもあなたは私をパーティから外すなんて事はない。違う?」
「ああ確かにそうだ。だが貴様はまだ恩寵が覚醒していない。その点、私の元に集まってきている者は皆が強力な恩寵を持っている。貴様の恩寵が何なのかは気になるが、別に固執をしているわけでもない。それがどういう意味かわかるか?」
「っつ……」
「貴様は私に従っていればいいのだ。家族の呪いを解きたいのだろう? だったら私のパーティで成果を上げ続け恩寵の覚醒をすることだな。貴様は私のクランの中でも右に出る者がいないほどの実力者なのだ。恩寵なしでこの強さなら将来が楽しみで仕方がない」
目がキマっている。
ゼメルガルドは誰がどう見ても実力第一主義者だった。
たとえゼメルガルドのクランに入ったからと言っても、実力の底が見えればその者はすぐさま切られすぐに新たな人材を取って来た。
結成して間もないクランだったが、もうすでに何百人とこのクランから冒険者が降ろされていった。故にいまこのクランに居るものは正真正銘の実力者達だ。
「ところでイーリス。死んだあいつが生きていたとしてもまだこの場にいたと思うか?」
その言葉を聞いてイーリスの目の色が変わった。
「その減らず口、いますぐにでも閉じさせてあげるわ」
剣の柄に手を掛けた所で、エルダリオがイーリスを抑え込むが簡単に吹き飛ばされてしまう。前と比べても比じゃない程にまで力が上がっているイーリスにただただゼメルガルドとエルダリオは驚きが隠せなかった。
「流石だ、素晴らしいよイーリス。やはり貴様には才能がありあまっている。今のを見せてくれた礼だ。次から支払う報酬は倍にしてやるとしよう。だから更に励むが良い」
「ええ。あなたを叩きのめすために実力をもっとつけるわ。その時まで待っている事ね。そしてもう一つ、あなたが彼の名前を口にする事だけは絶対に許さないわ」
「ふっ……。無様に死んでいったシュリフトの事か?」
その瞬間、イーリスは目にも止まらぬ速さでゼメルガルドの背後に回り込み、剣の刃を喉元に当てた。ゼメルガルド本人すらも視認できない速さだった。
「薄々分かっていたわ。私は既にあなたやエルダリオよりも強い。その証拠にエルダリオ、あなはた私がこいつの後ろにいる事に気づかず私に背を向けている。ゼメルガルド、あなたは平静を装っているけど首に当たる刃に力が入るたびに体が小刻みに震えているわね」
「……ふっ」
「何を笑っているのかしら?」
「ああ確かに恐怖だよ。だがこれは恐れからくる震えだ。恐怖などではなく君の末恐ろしさに対してのね。ますます私は君が気に入ったよイーリス」
「本当に私はあなたを今ここで殺す事が出来るのよ? 強がっていないでさっさとシュリフトに対して謝りなさい」
「死人にどう謝れと?」
「くっ……! ゼメルガルド!!!」
イーリスは我慢の限界だった。
シュリフトが死んだあの日から、イーリスはゼメルガルドに対しての憎悪と怒りを抑えて生活してきた。従順に振舞って来たが遂に貯めこんで来た怒りが噴火した。
イーリスは本当に殺すつもりでゼメルガルドの首を斬るように剣を振った。
……かのように錯覚させられた。
「……あれ?」
確かにイーリスはゼメルガルドの背後を取っていた。
そして今まさに首に当てていた剣を引こうとしたが、その手に力が入らない。
でも確かにゼメルガルドの首をはねていた。
感覚はあった。
だけどどうしてゼメルガルドは生きている?
「イーリス、確かに貴様は強い。恩寵と魔法を使わない私たちよりかはね。だがどうだ? 私が魔法を使った途端にその実力差は天と地ほどの差まで膨れ上がった」
背中で語るゼメルガルド。
彼はイーリスが背後を取った瞬間から虚偽のイメージを見せる魔法を発動していた。
まるで本当に殺したかのように思わせるイメージを。
「で、イーリス。先ほどの続きだが無様に死んだあいつにどう謝れと?」
背後にいるイーリスに顔を向け、からかうように不敵な笑みを浮かべてその反応を楽しむ。ニヤニヤしながら執拗にイーリスの心にダメージを与える。
「ゼメルガルド……! シュリフトに……謝りなさい!」
己の無力さと何もできなかった悔しさからイーリスの目には涙が浮かんでいた。
「やれやれ、君は死に際のシュリフトのように物分かりは良くないようだね。彼は死ぬ時だけは物分かりはよかったのにねぇ。イーリス?」
イーリスの顎に手をあてくいっと顔を持ち上げる。
ゼメルガルドの魔法で幻覚を見せられていた以外にも体の自由すらも奪われていた。
ちょっと気分転換に設定だけ思いついて一話だけ投稿した作品を更新しました。
モチベがあがれば続きは書くと思います。