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心象マルチバース小噺

作者: Ztarou

「ねえリオンすごいよ! あのアルティメットを倒す勇者に選ばれたんだもの!」


 興奮気味にそう言ったのは、幼馴染のシュア。彼女は僕を高く買ってくれているが、自身ではそう喜ばしいことにも思えない。


 ──災害都市ドミニオン。かの国の首都がドミニオンからエル・シガに移転されて、もう10年になる。ドミニオンを襲う災害に負けず、王国の首都は歴史あるドミニオンだけだと声高に叫ぶ人も減ってきた。


 そんな中、このドミニオンをありとあらゆる災害から守る、最強者創造プロジェクトが発足。幾多の国内企業はもちろん、復興支援をしているという名目で国民の支持を得たい他国の協力もあり、プロジェクトは迅速に進んだ。


 そして、人類は数年で神を作り出した。究極概念生命──、アルティメット。


 アルティメットは目覚め、まず人類の8割を削減した。小指を曲げただけで。


 次に荒れ果てた大地を一度破壊し、一から作り直すために地球を57回粉砕し再生した。


 人々は幾多の死と再生を繰り返し、現在の総数は1000万を切っている。


「シュア。そうは言っても、今までの勇者がことごとく殺されたのは知っているだろ」


 僕が彼女にそう言うと、シュアはこくりと頷きパンをかじった。


「でも、リオンは私と結婚するまで死なないって、小さい時約束したよね」


 そんなことをまだ覚えていたのかと、僕は頭を掻いた。


「だから死なないよ。帰ってきたら、結婚しようね」

「死亡フラグが立つからやめてよ……」


 アルティメットを倒すため、人類は幾多もの最強者を作り出し、02から12までの勇者を送り込んだ。最強者と最強者の戦いだ。それは良いところまで行った。だが、究極同士は惹かれ合う。そして統合して、更なる究極へと至るのだ。


 そしてその13番目が僕だ。


「でも不思議だね。なんで12人もやられたのに、次は農民のリオンが神殺しに選ばれたんだろう」


「究極は究極を求める。だから、究極じゃない僕はそもそも求められない。そういう理屈らしい」


「そっか。リオン、究極じゃないもんね」


 事実だけど、すっごく傷つく文言。


「でも究極じゃないのなら、究極に勝てるの?」


 それは僕の心配でもある。01から12までの最強者達は素体を持たない。完全に0から作られた新しい生命だ。神の起源論に抵触しない、唯一無二の究極。


 僕の場合は究極性を欠くためだけに、農民の人間という凡庸な素体を用いている。自分で言うのもなんだが、その欠乏が不安なことには変わりない。


「やれるだけやってみるよ。──この《能力》ならなんとかできるかもしれない」


 うんと頷いたシュアはポケットから手製のミサンガを出し、僕の腕に結んでくれた。シュアと結婚できるのなら、最強のひとりやふたり、殺して見せよう。


 僕はそう決意して、旅立ちの朝に備えた。


         ***


 馬車の揺れが心地よい微睡を連れてくる。アルティメット01の居るドミニオンまではあと数時間程度。


「(──少しくらいなら眠れるかな)」


 そう思った時だった。僕を中心とする範囲5㎞が、熱線1兆度によって焼かれ、一瞬で溶解した大地が水のように跳ねた。直撃を食らった僕はそれらを能力によって反転、大地が裂けて世界の終末が訪れないようにつなぎとめる。


 ──でも、僕の力じゃつなぎとめるのが限界だ。文脈の、整合性が、足りない。


「農民リオン、君が13人目の使徒か」


 裸にプラチナブロンドの長い髪を爆風でなびかせ、今はもうない碧い海の様な、もしくは今はもうない蒼い空の様な瞳を持つ、美しくて目が焼かれそうな白い肌の若い女性──。


 幾千の死体の上に座っているのは、アルティメットだ。


「かはっ……、アルティメッ、ト。僕は、お前を──」


 神というにはあまりに人間的で、人間と言うにはあまりに荘厳なソレは、人間の腕をへし折り重ねて作られた王座に座って、大地を修復するのに必死な僕を見下ろした。


「リオン。私は君を殺したいわけじゃない。人類とは宥和も考えている。ただ、人類は余りに稚拙だ。自分たちを殺すかもしれないものを造るなんて、神にでもなったつもりなのか。否、それも全能のパラドクスに反するね。とにかく、私は君たち人間を同じフィールドで見ることができないの」


 アルティメットは美しい顔を崩すことなく、持論を並べた。その節々には僕も同意した。確かに人類は愚かで、守る価値もない。


「それでも、殺す必要はないじゃないか」


 彼女は少し首を傾げた。


「君は呼吸をするとき、酸素を憐れに思うのかな」


 投げかけられた問いは余りにシンプルで、そして、僕とアルティメットの間に、どれだけのスケール差があるのかということを思い知らされた。


「リオン、君は話せる酸素だ。でも私は他の酸素と話すことはできないし、話そうとも思わない。私たちが呼吸をすれば、人間が取り込まれ、塵が排出されるのは、もう、エコシステムとして完成された、いわば、しょうがないことなんだ」


 名前を呼ばれるたびに、背筋が凍る。彼女が話すたびに、人が死んでいる。その声が、彼女の力によって、世界中に放送されている。虐殺放送は人間たちを阿鼻叫喚の渦に落とし、一層、反逆心を削いだ。


「これでも悪意はないんだ。そうしない方法を知らない。息をしないと死んじゃうからね」


 僕は読書が好きだ。シュアによく読み聞かせをしてやった。その中に出てきた悪者は、どれも悪意を持っていた。人を殺すのに、意思を持っていた。だがこれは違う。


 何もかもが、比べ物にならない。


「マルチバースと言ったかな。他にもたくさんある世界。それらをぷちぷち潰すのは、確かに叱られて然るべきかもしれない。でもね、あれは本当に楽しいんだ」


「……倫理が通じないのなら、交渉がしたい」


 熱線で爆破された空気が僕の喉や目を焼く。それでも言葉を紡ぐ。


「交渉?」

「僕と戦え。そして、負けたら死んでくれ」


 アルティメットの頬が揺らいだ。


「メリットがない」

「僕が、なんでもひとつ、言うことを聞いてやる」

「そんなもの、本当に私が欲し──……」


 そこまで言ったアルティメットは口を塞ぐ。そして一考を挟むと、微笑んだ。


「君のその『奇妙な力』に免じて、挑戦を受けよう。リオン、なんでもは、なんでもだよ」


 その微笑みだけを見れば、彼女はまるで少女だ。


 死骸の山から下りてきたアルティメットは腕をふっと上げる。それは戦いの開始を告げる合図でもあったが、大気の組成を一瞬にして変容させるものだった。窒素濃度が下がり、酸素濃度が上がる。さっきの熱線によってもたらされた炎は爆炎に成長する。


 僕は呼吸困難に陥ったが、瞬時に《能力》を使い順応する。


「ふふ、酸欠くらいじゃ死なないよね。なら、頑張ろうかな」


 アルティメットは眼をひらりと動かす。降る隕石。僕は直撃を避けられない。


 アルティメットは歩く。光速度不変則を破る速さの弾丸。全てが僕を突き抜ける。


 アルティメットは呼吸し、指を鳴らす。


 ──この世の全ての重火器の召喚と使役、核兵器の最大威力を10乗し使役、獰猛な動物の召喚と使役、人間の隷属、魔物の創造、魔物の召喚と使役、時空間の把握、時空間の支配、世界の理の理解、感情の数値化、シンギュラリティの獲得、レゾンデートルの創造、過去に遡り生命の誕生を否定、世界の実在を否定、自身を破壊することによりジレンマを否定、敵を倒せないという事実を認めることで全能のパラドクスを否定、全ての問題の解決、愛を生産、飢えと貧困を救済、死と再生、死は救済であるか? 否、否、否。では愛は救済か? 是、是、是。そう、愛は救済である。アルティメットは全てを理解し、破壊と再生をつづけた。交わりは永遠と瞬間の間に交錯する。


 アルティメットはベントレー数のベントレー数乗回、世界の破壊と再生を繰り返した。


 ──それでも僕は死なない。この一文があるから。


 世界は因果律と理に縛られた世界を飛び越え、余剰次元を一足飛びに突き抜け、何もない空間に至った。そこは形而上の海、イデアが生まれる場所。


「──君を酸素だと言ったこと、謝るよ。君はすごい。究極ではないのに、究極だ。いったい何が君をそうさせるんだ」


「アルティメット。全部知っているんだろ。『最強者』が『インフレーション』を起こせば世界がどうなるか。そう、こうして、壊れる。僕らはもう世界の外側だ」


「君は初めからこの結末を知っていたの? 究極でもないのに」


「究極じゃないからね。凡人には、究極なんてわからないんだ」


「そうか、私たちは一緒だったんだな。なら、私にもその能力が使える?」


「使えるよ。僕と私は一緒だから」


 ほら。「」の外側に出る事なんて、簡単でしょ?


 本当だ。でも、寂しい。これは僕の感情かな。私じゃないから、僕だね。


 シュアという女の子と結婚の約束をしていたんだ。これじゃもう果たせない。


 聞いてみればいいんじゃないかな。誰に? 何を?


 ほら、今この文章を読んでいる、3次元に閉じ込められている人だよ。


 どうかな。その人たちは究極を諦めた凡庸だよ。ああ、でもそう、それだよ、素晴らしい。


 私たちが、僕たちが辿り着いた答えはそこじゃないか。そっか、だよね。


 ねえ、君は、あなたは、貴様は、お前は、私は、youは、お主は、僕は──。


 ハッピーエンドが好き?


         ***


 鳥のさえずりが聞こえる。しまった、今日は期末テストが──。


「おはよー、莉音~。──ふあ~」


 がばっと布団を弾き飛ばした僕のベッドに忍び込んで、二度寝を決め込んでいる朱亜(シュア)(しかもパンをかじりながら)。髪もぼさぼさだ。


 そんなバカ幼馴染とは対照的に、或瑠(アル)はブレザーをぴちっと着こなしてコーヒーを飲んでいる。こくっこくっと喉が動く。ブロンドに碧眼、きりっとした猫目。


「もー、あんたってば、起きて。ほんっと寝坊助なんだから。ほら、遅刻するわよ!」

「──そうだね。急ぐよ」

「……? なんか、そうも素直だと気持ち悪いわね」


 ツンデレ転校生か、ありがちだな。でも、なんで一緒に住んでいるんだ? 親は? 貞操観念はどのレベルだろう。はぁ。突っ込みどころは多い。……それでも、愛で書かれているだけ、他のどんな世界よりずっといい。ミサンガに触れながらそう思う。


 《能力》多元宇宙渡航(ワールドウォーク)


 ありとあらゆる“世界”を移動し、他次元に干渉する能力。僕は、この目で「神」によって終わらせられた世界をいくつも見てきた。


 終わりがあるのはまだいい方だ。永遠に終わることのない世界も見てきた。神が筆を置いた世界。収集がつかなくなった、上手く描けなかった、なんとなく書く気がなくなった。見てくれる人が減った、そういうのが恥ずかしくなった──そんな世界はごまんとある。


 それでも世界は回ってる。神の居ない世界も、回っているんだ。


「いつか」


 僕はいつか辿り着けるだろうか。美しい結末(ピリオド)のある世界に。文句のつけようもない、そんな大団円に、誰もが羨む──ハッピーエンドに。


 ……え? 君が書いてくれるの? へえ、そっか。


「ならもう少し、歩き続けてみようかな」

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[一言] 異世界における最強との激しい戦いが帰結する場所がそこだなんて……すごく面白かったです。 メタ的な視点も入りながら、こういう形の小説構造は新鮮だなぁと楽しく読ませて頂きました。 マルチバース世…
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