魔法少女 アカリ
「えー、であるからして。魔法少女と言うのは、ヨーロッパで一九十四年以降に発生した魔物なる異形に対抗する為に、同時期に発見された異能力者少女集団によって結成された組織である。と」
歴史の先生の長ったらしい解説がやっとオチたようだ。昼休み後、最初の授業。満腹と窓から差し込む光が私を照らし、程よいぬくもりで意識を刈り取られた者たちが、机に突っ伏しているのが散見できる。
私も意識を半分浮かしながら聞いていた。
ちなみに隣席のルカちゃんは、前の時間から寝ている。本人曰く、「いつだって眠い。理由は私も知らない」らしい。
黒板には『近代史、魔法少女』と書かれている。私たちの項目だ。
この世界は「魔物」と呼ばれる化け物が存在する。それに対抗できるのは「魔法」が使える思春期の限られた女の子だけ。中学一年生の時に適性検査があり、適性があれば育成施設に送られて半年の訓練を経て、魔法少女になることができる。
ちなみに、私こと『明星アカリ』のお母さんも魔法少女だった。キラキラ輝く光魔法で魔物を蹴散らして、可愛くって、ファンも大勢いた。でも、私が受け継いだのは容姿ぐらいで、私の能力は身体能力が上がる程度のつまらない物だった。お母さんは特に何も言わなかったけど、周囲は勝手に残念がってた気がする。
「直接ぶん殴って戦えるなんて気持ちいいじゃん。アタシはめんどくさくて嫌だけど」
慰めなのか分からない一言をルカちゃんに言われ、適正ありの赤紙を二人で握りしめながら笑って帰ったっけ。
そんな思い出に浸っていると、不意に鞄の中で激しいバイブレーションが鳴った。開いたカバンに手を突っ込み、振動の元である魔物探知機を取り出した。
「先生、行ってきます!」
右手を挙げ勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れた。歴史のおじいちゃん先生が、チョークを持った手をプルプル震わせて「行ってらっしゃい」のいを言った瞬間、二年B組の教室から飛び出し、開けっ放しにされた校庭側の窓から飛び降りた。
粉塵を巻き上げ、砂地の校庭に着地。例え校舎三階から飛び降りても、足に魔法を溜めて着地すれば痛くもかゆくも無い。
レーダーの指す方向は三百メートル先の住宅街。屋根の上を兎の様に飛び跳ね、現場へ向かう。バイブレーションが次第に強くなり、住宅街の端にある大きな公園の前で、チープな電子音が鳴って大人しくなった。
幸い人は既に避難しているようだ。目標の魔物だが、探す必要は無かった。それは思ったよりも小さく、人型で163センチの私より少し大きいくらいだ。全身は真っ黒で、顔には目鼻口が無い。両腕が裂け、大小形の違う歯が雑多に並んでいる。よだれをピタピタ垂らしながら、公園の中心を歩いて標的を探しているようだ。
先手必勝!私は地面をえぐる勢いでロケットスタートを決めた。相手が私に気づいたらしく、のっぺらぼうの顔が私に向く。その時には既に懐に潜り込み、右手に魔法を力一杯溜めて握っている。
体重を乗せた重い拳が、半月の軌道を描いて顔面に突き刺さった。拳に気持ちの悪いゴム質と、外皮とは違い豆腐の様に柔らかく暖かい感触がまとわりつく。
魔物も私たち生物のような器官を持っており、人型だと終わった後に胃腸が飛び散って気分が悪くなる。しかし、殺してしまえばそのうち灰になってどこかに消えてしまうのだから、処分をしなくていいのは助かる。まあそれは置いといて、放った拳を私は振りぬいた。
トマトをつぶしたようにビシャっと足元に血が飛び散った。司令塔を失った体が力なく倒れる。意外とあっけなかったかな、やっぱりルカちゃんは来なかった。あ、足が血で汚れちゃった。上履きシューズのままで来ちゃったし、このまま帰ったら廊下を血まみれになっちゃうなぁ、洗わなきゃ。
そんなことを考えていると、背後から大きな影が私を覆った。腐肉臭が鼻を衝き、粘液がうなじを撫でる。上半身を食いちぎられ、クリーム状になるまで租借される自分がイメージできた。
走馬灯よりお母さんの顔が真っ先に浮かぶ。ごめんなさいお母さん、私はあなたみたいになれませんでした。私は目を瞑った。
『布団イーター』
―グチャッ
赤い液体が降り注ぐ。髪が濡れ、後頭部から赤い液体が垂れてくる。さっきまで迫っていた腐臭は消え、頭をあげたらそこには、大きな純白の布団がもごもご動いていた。
「おまふぁふぇ~」
聞き慣れた情けない声、その声の主であろう人影が目線の先からやって来る。私と同じ学校の制服、大きなあくびを左手で隠しながら歩いてくる猫背の少女。右手には無機質な白い魔法ステッキが握られていた。
「遅いよ...ルカちゃん」
「ひーろーはいつも遅れてやってくるんだよ」
ずっと机で寝ていたからおでこを真っ赤にして明るく二ッと笑い、ブイサインを私に向けた。この子こそが私の幼馴染であり、同じく魔法少女の『怠気ルカ』。寝具を模した魔物を召喚して戦う。
いつもぐーたらで遅刻欠席は当たり前、宿題なんてやっているところも提出したところも見たことがない。授業は寝るし、魔法少女の仕事もよくサボる。だけど、友達(常に寝ているから今のところ私しかいない)思いの優しい子....のはず。
「ありがとう」
「いいってことよ、たまには仕事しないと怒られるし。それに、アカリは友達だからね」
また助けられた。何度目だろう、ルカちゃんにこうして助けられるのは。油断した、次は絶対...。
さっきのイメージがフラッシュバックする。次なんて来ないかもしれない。何時死んだっておかしくないのに、甘ったれた頭で次なんて考えていたらおしまいだ。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。魔法課の警察官たちが、事後処理をしてくれるだろう。ルカちゃんがいつの間にか門を出て、手を振っている。後のことは気にせず、私は拳を固く握って引きつった笑顔で公園を後にした。