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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人生の喫茶店

作者: 花咲むあ

第一章 クリームソーダとブラックコーヒー

僕はどこにでも居る冴えない中学三年生。どこにでも居るだけあって、生活もなんてことない。華の中学校生活なんて言うものは、陽キャのみが堪能できるものだろう。僕にはそんなことはなにもない。事件だってない。心躍るようなものは、全部陽キャが持って行ってしまう。いつも通り、放課後に喫茶店に行き、ぼうっとしながら、クリームソーダを飲む。僕の中学校は、放課後の寄り道を校則で禁止しているけれど、バレなければなんてことない。

僕の平凡な日常が平凡でなくなったのは、中学三年生になってすぐの事だった。ぼくはこの生活を二年の時からしてきたけれど、この喫茶店は、穴場というか、正直不味いから。客がいるのを見たことがない。それが好きだったから、正直誰も来るなとさえ思っていた。なのに、中三の四月、中三になって初めて行った時、いつも僕が座る席の二席隣に、よく知った高校の制服を着た女の人がいた。僕はいつも、観葉植物が沢山置いてある、半テラス席に座っている。彼女は季節物の小さい桜の横で本を読んでいた。彼女は本を片手に、ブラックコーヒーを飲んでいた。高校生は、ブラックコーヒーなんて飲めるんだな。と思いながらも僕はいつも通りクリームソーダを頼んだ。いつも通り、のはずだったのに。僕は気になった。この店のコーヒーは不味いんじゃないか。そんなものを飲んで平気なのか。まぁ、今日以降絶対来ないだろうな。物好きでは無い限り。

次の日も僕はクリームソーダを頼んだ。

隣には昨日の彼女。余っ程の物好きなんだな、なんて思いながら、気付けば、彼女を目で追っていた。彼女と視線がぶつかった。

「あ、すんません。」

僕はなんとなく謝った。彼女から返事は来なかった。一拍、僕の目を見つめた後、また活字の上に視線を落としていく。彼女の睫毛に、ステンドグラスを介して入ってきた、夕方の青い光が反射する。

長いな。と思った。やっぱり無意識のうちに彼女を目で追っていた。そんな自分が気持ち悪い、と思いながらクリームソーダのガラスのコップに鎮座する銀のスプーンを手に取った。あれ、アイスが、無い。溶けていた。そんなに長い間彼女を見ていたのか。やっぱり我ながら気持ちが悪いな、なんて思いながら、白地に、赤いストライプのストローに唇をつけた。

次の日も、彼女がいた。

昨日と読んでる本が違うな。読むのが早いんだな、この人は。今日は僕も本を持ってきた。彼女を追ってしまう自分の視線を、強制的に活字に向けようと思った。

彼女は白い陶器のコーヒーカップに手を添えた。彼女の唇の元に向かわせる。

彼女の血色のいい唇が、ブラックコーヒーの液を啜った。コトッと音を立て、彼女は皿の上にコーヒーカップを置いた。そしてまた、読書へと帰る。

やっぱり僕に読書は向いていない。目が反抗的すぎる。

この日は、家に帰ってからも彼女のことが忘れられなかった。一目惚れ、だ。きっと。僕は彼女のことが好きなのだ。そのことに気付いて、頬が暑くなった。僕が彼女を見ていること、本人にはバレていないだろうか。明日は絶対に本に集中しよう。

次の日、僕は、学校の図書室で借りた細めの本を持っていった。これを読了するまで帰らない、と決めてから。本については何も分からないから、適当に選んだけど、気を紛らわすことができたら、なんでもいいのだ。本を読むことに、なんの重要さも感じない。

今日は彼女は来ていなかった。気分は落ち込んだが、ノルマを達成しないことには家に帰れない。僕はクリームソーダを頼んで本を読んだ。

チリンっとドアのベルが鳴る音がした。年季の入った木の重たいドアに、錆びた金属のベルがなる音は特徴的だ。軋む音と、嫌な音。それを合図に、彼女はいつもの席に座った。思わず振り向いた僕の視線が、彼女にバレた。彼女は驚いていた。僕は思わず目を逸らして活字に目を落とした。集中して読めやしないが、読んでいる振りをしてみる。彼女は、呼び出しベルを鳴らし、マスター呼んだ。

「ブラックコーヒーと、バニラアイスを下さい。」

初めて聞いた彼女の声は、どこか鼻にかかるような声だった。それさえも、愛おしいと思ってしまう。

すっかり本を読むことを忘れていた。しまった、読まないと帰れないじゃないか。僕は急いで本を読んだ。栞がはらりと落ちた。本屋のお姉さんに貰った、紙製の広告用栞。軽すぎて、冷房が効いたこの喫茶店の中で、軽やかに舞ってしまう。彼女の机の下に落ちた。

「あっ。」

思わず、僕の口からそんな情けない声が零れた。彼女は椅子から立ち、美しい手つきでそれを拾って見せた。肩から、黒く滑らかな髪が滑り落ちた。僕は思わず「あっ。」と声が出た。そして僕の方に歩んできた。動悸が収まらない。頬が赤くなる。この音が、彼女に聞こえてやしないか、不安で仕方がない。

彼女は可愛らしい声でぼくに栞を手渡した。そして、視線をクリームソーダに、移し、驚いたように目を見開いた。僕が子供っぽいものを頼んでいるからだろうか、それに気づくと耳まで赤くなった。恥ずかしい。

「私の席に来て。」

彼女がポツリと漏らした言葉に驚いた。今、席に来てって言った。

「えっ。」

また情けない声が漏れた。

「いいから。」

彼女は僕のクリームソーダと本を持って自分の席に帰った。あまりにも短い、その数秒の動作に驚き、僕は動けなかった。

「はやくっ!」

彼女は、自分の席に座り、僕の目を見て、ソファー席を指さした。僕は意味がわからずもソファー席に向かった。あれ、そういえば彼女を待っていたから、アイスが全部溶けている。まただ。

「はい。」

彼女は、自分が注文した、バニラアイスをスプーンで崩し、その半分をぼくのクリームソーダに入れた。

「えっ。あ、あの。」

僕は驚いてまともに喋れなかった。

「いいのいいの。全部熔けてたら寂しいでしょ?」

そう言って彼女は、ふふっと笑った。

「まだ口付けてないなんて、君変だね。」

じっと目を見られて、思わずたじろいだ。

「せ、先輩だって、見ず知らずの相手にアイス奢るなんて変ですよ。」

僕は焦って早口になった言葉を、吐き出すように言った。

「先輩って。梓でいいよ。」

また笑いながら先輩、梓さんは言った。いつも、凛とした姿しか見ていないから知らなかったけど、意外と喋ると楽しいな。

「君の名前は?」

先輩が残りのバニラアイスを自分のコーヒーに流し込むと、コーヒーは、ボチャッと音を立てた。

「あ、僕は、北地です。」

どこにでも居そうな自分の苗字が恥ずかしくなり、親を呪いそうになった。

「下の、名前。」

先輩は不満そうに口をとがらせた。ちょっとした仕草さえも愛おしいと思ってしまう。

「達紀です。」

「達紀くん。いい名前だね。」梓さんは目を細めた。

「その本、面白いよね。」

あっ。僕は真面目に本を読んでいなかった過去の自分を呪った。せっかくの話題なのに。でも、梓さんに嘘はつきたくなかった。

「まだ、読めてなくて。」

恥ずかしくなった。

「そっかぁ。読めたら感想教えてね。」

そう梓さんは言った。

「はい。」

「私もう帰らなくちゃ。じゃあね。」

「あ、さようなら。」

呆気に取られて、さようなら、しか言えなかった僕を、後に恨むことになる。

次の日、僕はあの薄い本を持って喫茶店に行った。まだ梓さんは来てないな。そういえば、梓さんの高校、偏差値六八だっけ。頭がいいな。もし、僕と梓さんが同じ学校だったら、どういうふうに出会ったんだろう、とか考えながら時間を潰した。

「そうだっ!」

僕はガタッと音を立てて、椅子からたった。乱暴に椅子をしまって会計をして、すぐに本屋に行った。タイミングよく、僕は五千円札を持っていた。今まで勉強と無縁だった僕も勉強のやる気になった。そうだ。勉強をすれば、梓さんと同じ高校の生徒になれる。僕は、日課のクリームソーダを飲むことも、初めて梓さんと会話をした時に読んでいた薄い本を読了させることも忘れて、勉強に没頭していた。


第二章 十二年間の夏

「小夏〜小夏〜どこにいるの〜?」

ドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッドキッ

「ここかなぁ?」

ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ

バフッと、洗濯物を掻き分けられて見つかった。

「小夏はここがお気に入りなの?いつもそこだとバレちゃうよ?」

母は、窓から入ってくる夏の太陽に反射した白い歯を見せて、笑った。

「こなつはここがいいのっ!」

私も笑った。母の笑顔を真似て見せた。

「やっぱり小夏は私に似て、笑顔が素敵ねぇ!」

母はよく、自画自賛をした。そして、自分と私が似ていると、ことある事に言った。

「まま、なるしすと?」

私は覚えたてのその言葉を使った。博識な自分の素晴らしさに胸を張って。

「えっ!小夏!どこでそんな言葉知ったの?」

母はわざとらしく驚いて見せた。

「ようちえんで。みいこちゃんたちがゆってた。けんたくんはなるしすとだよねって。」

私はきょとんとしながら言った。

そして、母は腹を抱えて笑う。そういえば、母はいつも、楽しそうな人だった。

「小夏は幼稚園でも楽しそうねぇ。」

うん、と頷いた。

「ようちえんはみんなたのしそうだよ?」

「そうねぇ。いいこといいこと。」

「それより、小夏!今日はぁ、ママと凄いとこ行こ!」

唐突に母は言った。母はいつも、唐突に物事を言い出す。私はいつもそれに振り回されていた。

「どこぉ?」

私は意味もわからず、母に尋ねた。

「それはお楽しみ。今から行くよ。お出かけの準備しなさい!」

急に畏まった母に戸惑いつつも、私はクマが大きくプリントされた、ピンクのリュックに、犬のぬいぐるみを詰めて、ピンクのリボンが着いた帽子をかぶった。

「よしっ、いくよっ!」

運転席に乗った母はアクセルを踏んだ。

着いたのは、いかにも古そうな喫茶店だった。母は重そうな古びた木の扉を押しあけた。扉の軋む音と共に、錆びた金属のベルがなった。「半テラスの席いいですか。」ピースサインを出しながら、慣れた感じで店員に言う母に驚き、私は尋ねた。

「まま、きたことあるの?」

「うん。いつからだったかな。高校何年か忘れたけど、ほぼ毎日来てたよ。」

そう母は寂しげに笑った。

「ぱぱにもここで会ったのよ。」

そう、ポツンと漏らした。

「え、なんて?」

私はマスターがサイフォンでコーヒーを作る仕草に夢中になっていて、話を聞いていなかった。

「ううん。なんもなーい!」

母がこの時見せた翳りの意味を、幼い私は気付かない。

「それよりさっ!小夏っ、何頼む〜?ママは、ブラックコーヒーかなぁ。」

私はメニュー表の隅から隅までを見た。覚えたてのカタカナを読んで、選んだのはクリームソーダ。

「こなつ、くいーむそーたにするっ!」

どうだ、私もカタカナをしっかり読めるんだぞ、と言うように母に威張って見せた。

「おっけぇ!クリームソーダね!」

一瞬驚いたような気がしたが、母はふふっと笑いながら、呼び鈴を鳴らした。

届いたクリームソーダの面構えのデカさに怯えながらも、ガラスのコップの淵にちょこんと座るスプーンに手をかけた。すると、それを邪魔するように、私の手からスプーンを奪い取った。

「ゎっ。」

私は驚いた。母は笑いながら、構わずアイスを削っていく。そして、自分のブラックコーヒーに流し込む。

「味変だよ。飽きちゃうからね。」

味変の意味がわからなかった私は、一口も飲んでいないブラックコーヒーに違和感を感じなかった。

「ヴぇツおいしくないー。」

あまりにも甘すぎるメロンソーダの不味さに驚いた私は、お世辞なんか知らずに、正直に言った。

「そうよねぇ。ママにも頂戴。」

母は、私のクリームソーダのコップを寄せて、ガラスの淵に唇を付けて飲んだ。母は真紅の口紅を指で拭いとった。私は母の、そんなちょっとした仕草が好きだった。素敵な女性だったから。

母は、目を細めて、机の横の小さい緑の桜の木を見ながら言った。

その年から毎年夏になると母と、今年と同じ店にクリームソーダを飲みに行くようになった。中学1年生の春に、いよいよ私にも反抗期が来てしまって、女手1人で育ててくれている母を、かなり疲れさせてしまった。当然、反抗期が来て、友達にスタバに誘われたり、ショッピングに誘われたりしたりで、母とはクリームソーダを飲みに行かなくなった。飲みたいとも思わなかった。でも、スタバは何か違うような気もする。高校生になってから反抗期が終わった。久しぶりにクリームソーダを飲みたくなって、母に言ってみた。

「今年はクリームソーダ飲みにいこーよ。」

照れながらそう言うと、母は困ったように笑った。

「あんたもそろそろ友達と飲みに行ったらいーじゃない。」

「え、でもさ。」

久しぶりにお母さんと、飲みたいじゃん。私、彼氏が出来たんだってことも話したい。

「いいから。今年は行きなさい。来年は一緒に行ってあげるから。」

頑固に言う母は久しぶりだった。いつもは、なんでもしてくれるのに。余程心配なんだろう。私の友達付き合いが。

「わかったわ。」

とは言ったものの、みんなスタバしか勝たん勢だから、私が「クリームソーダ飲みに行かない?」なんて言えるような人はいない。「なにそれ古臭いんですけどぉ。」と返されて終わりそうだ。仕方ないから今日は一人で行こう。

久しぶりに来たけど、何も変わってないな。なんて思いつつ、店内を見渡す。驚いた。こんな店に客なんてくるんだ。しかも、寄りにもよってうちの高校のじゃん。同じクラスの。まあいいだろう。母に友達と行ったと説明できる。

その日から、私は喫茶店で出会った少女と仲良くなった。

高校2年になって、母とひとつの約束を交わした。

「今年の夏は絶対クリームソーダ飲みに行くからね。」

仁王立ちでそう言った。

「わかったわよ。」

母は控えめに笑った。そういえば最近元気がない。よく咳も出るし。胸を抑える。痩せているし。歳なのか。まだ若いけれど、老いはくるものだな。恐ろしい。

そして約束の一週間前から私はワクワクしていた。ようやく彼氏が出来たと言える。正直いつ言えばいいかわからなくて、2年越しになってしまったけど、嬉しい。反抗期は迷惑をかけてしまったから、喜ばせてやれる。どうやって伝えよう。連れてこようか、なんて考えていて、授業を聞いていなかった。外からの音が一気に流れ込んできた。

「おい!北地!北地!!市立xx病院から電話だ!」

「え。」

どういうことだろう。病院から電話?前に受けた健康診断で引っかかったのか。いやでも自覚症状はない。ではなんだ。

「お母様が…!今が山場だって!」

「は?」

私は何も考えれなくなって教室を飛び出した。もうすぐ引越しだって言うのに、なんで、どういうこと。事故なのか。いや、それしかない。そういえば今日は、友達とクリームソーダを飲む約束してたっけ。そんなことは最早どうでもよかった。何故だ。何故だ。何故母が病院に。しかも山場?わけがわからない。私は学校から出てすぐにタクシーを捕まえた。

「市立xx病院まで!早くっ!」

必要以上に運転手を急かしたことに、運転手は驚いていたが、行き先と言っている事で全て察したようで、安全に、早く運んでくれた。市立病院の前につくと、私は転がり落ちるようにタクシーをでた「お釣り入りません。」なんて人生で初めて言った。きっと、最初で最後。受付で名前を告げてから母の病室に転がり込む。

「お母さん!お母さんっ!」

呼びかけても反応はなかった。泣きながら呼びかけている横で、医師が淡々と説明し始めた。説明によると母は「末期の肺癌」だった。もう助からないらしい。今まで気付かなかった自分があほらしい。きっと母は服でカバーしていたのであろう痩せ細った体型も、気付かなかった。

「ごめんなさい。」

私は嗚咽を洩らしながら母に言った。

「わたしこそ、クリームソーダ、のめなくて、ごめん、ね。」

母は微笑みながらそう言った。

今まで気付かなくてごめん。

次の日の明け方に母は死んだ。

母が死んだベッドの横に、初めて私とクリームソーダを飲みに行った時の写真があった。

それから私は親族に引き取られることになった。引越し予定は丁度あったけど、1週間早くなった。

ばいばい。みんな。過去の私。

そして、クリームソーダ。

…2年後…

「小夏っ!スタバの新作飲み行こぉ?」

「もっちろん!」


第三章 青春のクリームソーダ

私はスタバなんかよりクリームソーダが好きで。中学の時、「スタバいこ?」と誘われたが、クリームソーダを飲みに行こう、と朝起きた時から思ってたから断った。それだけなのに、「ノリ悪いね」と言われて、誘われなくなった。正直意味がわからないし、居心地が悪かった。それから私は孤立していった。高校に入学して、また新しい人に誘われた。スタバ行こ。勿論断った。その日、行きつけの喫茶店でクリームソーダを飲んでいた。珍しく人が1人いた。彼女もクリームソーダを飲んでいる。うちの学校の生徒だ。たしか同じクラスの…。

「ねぇ!あんた同じクラスの冴島みもざよねぇ!」

驚いた。私の名前を知ってるなんて、しかも。私は貴方の名前を知らない。

「う、うん。そうだけど。」

「私は北地小夏!あんたさぁ、今日花楓達からのスタバのやつ断ってたっしょ。」

彼女は目を細めて笑った。嘲笑うかのように。私はギクリとした。そんなことまで見てたのかこの女は。

「あぁ、うん。」

「あいつら面白いよねぇ。スタバスタバって。クリームソーダの方が美味しいのに。」

「えっ!私もっ!」

被せるようにして私は言った。

「私も、クリームソーダの方が、好き。」

嗚呼、さっき嘲笑うかのように話していたのは、彼女たちのことだったのか。自分が笑われていたのではないと気づき、安堵していた。

「やっばり?そうだと思った。」

あははっ、と高らかな声を出しながら笑う彼女を見て頬がかあっと赤くなった。

「な、何がおかしいの?」

自分が何で笑われているのか分からない。

「いや、なんとなくさ、面白い子だな、と思ってさ。」

どこが面白いのか、と小夏のツボの浅さに戸惑いながらも、初めてできた友達のように感じて、嬉しさで胸の中がじんわりと熱くなっていった。

「ふうん。」

照れ隠しの為に少し素っ気なくなってしまった。

「何よそっけなぁい。」

それから小夏とは、放課後一緒にクリームソーダを飲みに行くような仲になった。最近小夏と遊んでいるとき、自分の胸の中に何か、大蛇でも蠢いているような、そんな気がしてならない。動悸が早く、なってしまう。自分の心臓なのに、自分のものでは無い気分だった。これはきっと、初めて持った親友というものに、幸せを感じているのだろう。

ある日の放課後に、小夏と遊んでいた。

楽しいなぁ。それしか考えてなくて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。クリームソーダを、飲んでいるだけなのに。

「そういえばね!みもざ誕生日でしょ!誕プレあげる~。ちょっとまってね。」

と、私に背中を向けてカバンを荒らしながら、プレゼントを探す小夏の髪が美しい。肩からさらりと落ちたそのポニーテールに思わず触れていた。

「あっ。」

小夏の声に驚いた。

「あったあった!」

「はい。どうぞ。」

丁寧に包装されたピンクの包に愛を感じた。これを貰えるのは私だけなのかな。と思って思わずニヤけた。中には、緑色のネイルと、何やら大きなものが入っていた。

「ありがとう。」

嬉しかった。

「どいたま。」

小夏も嬉しそうだった。

「みもざは指が綺麗だから。」

次の年の秋に、小夏の転校が決まった。十月二七日。私の誕生日だった。私が小夏から誕生日プレゼントを貰った日。とうとう気付いてしまった。気づいてしまっては、いけないのに。

私は小夏が好きだった。友達としてじゃない。恋愛対象として。気付けば、初めてあった日からあったあの感情は、恋心だった。私はこの心の中の大蛇を抑えきれなかった。小夏に会えなくなるなんて嫌だった。寂しい。そんな単調な感情だけで、人は動けるのだった。

それまで毎日のように、小夏とクリームソーダを飲みに行っていたのに。引越しの準備だかなんだかで、もう1週間ほど行けてないなかった。私は、引越しの1週間前に、放課後、小夏とクリームソーダを飲みに行く約束を交わした。

その日、私は小夏に抱いていた感情の全てをさらけ出した。小夏は静かに頷いているだけだった。最後に私は、

「明日も、放課後ここに来てくれる?返事を聞きたいんだ。」

と言った。私の予定の中から小夏が消えないように。小夏の心の中から、私が消えないように。足掻いていた。表面上だけは友情という愛情に、縋っていた。友達、というカテゴリーに縋っていた。

次の日、小夏は来なかった。喫茶店に。

電話をかけた。出なかった。

その次の日も学校にいなかった。ホームルームで先生から話があった。

「北地さん、家庭の事情で引越しが今日になったらしいです。」

私は驚いた。私を拒絶している訳では無いんだ。

それから私は教室を飛び出して、走り出した。念の為に、去年の秋に、小夏から貰った、メロン色の折り畳み傘を持って。

走った。肺が痛い。喉が痛い。鼻がツンとする。落ち葉を踏みしめた。中で眠っている幼虫の悲鳴が聞こえる。とにかく走った。あの喫茶店に向かって。

小夏はいなかった。

また走った。最寄りの駅に向かって。小夏が何も残さないはずが無いと、信じて。

転んでしまった。雨上がりの落ち葉の下には、粘土状の泥が敷き詰められていて、制服が泥に濡れた。小夏が褒めてくれた、白くて細い指も、傷だらけで、透き通る緑色の爪と肉の間に、泥がはさまり、血が滲んでいた。小夏に会いたい。最後に返事を聞きたい。声を聞きたい。

駅に着いた。駅のアナウンスで、特急が到着すると、聞いた時。階段の群衆をくぐり抜けてホームに走った。電車に乗る人の波の最後尾に、小夏はいた。私は一言、

「小夏っ!」

とだけ呼びかけた。それ以外、怖さで何も出てこなかった。嗚呼、あと少しでいってしまう。私の知らない土地で、知らない高校で、知らない友達を作るのだろう。

「ごめんね。」

こちらを見ずに小夏はそれだけ言った。小夏の目には、涙が溜まっていた。なんの涙かは分からない。でも、最後に言っておきたいことがあった、

「いつか、また。」

間に合わなかった。けれど、

「うん。」

か細く聞こえた小夏の声を最後に、電車の扉はしまった。

行ってしまった。グレーの空虚な空には、雨が降り注いでいた。コトッと、静かな音を立てて傘を落とした。私はその場に崩れ落ちた。雨が止んでも、止みきらぬ程に、声を上げて涙を流した。泥と血に塗れた、泣いている制服姿の少女に人々は好奇の目を向けていた。


第四章 僕とブラックコーヒー

中三。学校は忙しなく、親はサポートに尽くし、生徒達は燃え盛る、受験期。僕の学校は違うけれど、僕自身は勉強に勤しんでいた。そう、春からずっと。

 今まで、「メガネかけてるのに頭悪いとか意味わかんねぇ。」なんて言われてきていたが、今は「やっぱメガネくんはガリ勉だね。」なんて、クラスの女子から腫れ物を見るような目で見られる。僕の学校は、平均偏差値が低く、誰も勉強などしたくないのだから、そんな環境で日々勉強に勤しみ、遊ぶことなど知らない僕など、自分たちの世界にポッと出てきた、言わば宇宙人のようなものだろうから。

 「梓さんは、元気かな。」

 今日も彼女のことを考えていた。本当は毎日会いたくてしょうがないけれど、次会うときは、彼女と同じ学校の制服を来て、学校で会うんだと、決めていたから。僕は会いに行かなくなった。当然、クリームソーダにも。

 そして、僕の人生を賭けた受験が終わった。

今まで積み重ねてきたもの全てを出し切る。そんな受験が心地よかった。そして僕は、解放されたかのように、彼女と初めて話をした、小説を読んだ。その小説を三往復した頃に、合格発表の日が来た。僕は受験票を握りしめた。正直、こんなものは要らないけれど。僕は、自分の受験番号を、覚えているし。忘れたことは無かった。これを、彼女に会うための切符だと思っていたから。鞄に本と赤色の包を詰めて、家を出た。

 合格だった。自分の番号を見つけた時、心臓が跳ねた。ようやく彼女に会える、と。何度も受験票と、番号を見比べて、僕は駅前に走った。僕の中学校の制服の軍団が見える。帰宅中だろう。胸が高鳴る。

 重たい木のドアを押し開けて、錆びたベルを鳴らす。無愛想なマスターの顔、埃っぽい匂い。

 そして、ステンドグラス越しの、夕方の光に照らされている、黒く滑らかな髪。

 彼女は驚いたように目を見開いた。彼女は何色が好きなんだろう。そして僕は彼女の隣の席に座り、ブラックコーヒーとバニラアイスを注文する。彼女はまだ僕を見ていた。僕は彼女に向き合った。

 「好きです。」

 彼女の瞳の奥が揺れた。眩しい光のつぶが、瞳から流れ落ちた。

 「うん。」

 「私ね、初めて君と喋った日、またねって言って貰えないし、次の日は来ないから、もう会えないと思ったんだよ。」

 彼女のクリームソーダのアイスは全て溶けていた。

全てが繋がっています。2章と3章は違う視点から、2人の心情が見えます。

是非、考察などしてお楽しみください。

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