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悪魔封印しラジオ拾いて、飯テロに遭遇す

 どがぁっ、ゴロゴロ、ずしゃぁ・・・


 歓楽街に立ち並ぶ雑居ビルの一つから、一人の素っ裸の男が路上に放り出された。道行く人々は突然裸の男が転がって出てきた事に驚き、遠巻きに様子を伺っていた。男は路上でうずくまっており、顔や体には無数の殴られたような跡があった。


 雑居ビルから二人の黒服の男が現れた。


「二度と来るな、ゴミクズがっ」

「良いのですか?追っ払うだけで」

「ああ、こいつはムショ帰りらしいし、ほら、確かに何も持って無い」


 黒服の一人が素っ裸の男の服をひらひらさせ、男に向って投げ捨てた。


「こんな奴に構ってたら面倒な事になるだけだ。放っておけ」


 黒服の男達はビルの中へ消えていった。


 路上に倒れている男、加保 千屋男(かぼ ちやお)は、先日刑期を満了して出所した。親族から絶縁されているため行く当ても無く、持たされた所持金は僅かしか無かった。しかし塀の中での抑圧されていた反動で、所持金はあっという間に食事に消えた。


 そして今日、食うものに困って考え出したのが、"ぼったくりバーで無銭飲食をすれば、相手も犯罪なので訴えられない"というものだった。腕っぷしにも自信があった。また店内でムショ帰りだと言っておけば、おいそれと手を出して来ないだろうとの予測もあった。が、あっさりと無銭飲食がばれて、ボコボコにやられてしまい、身ぐるみ剝がされて店外に放り出されたのだ。考えが甘かった。


「何見てやがんだ、コノヤロー」


 加保は野次馬に対して精一杯の悪態をつきながら衣服を拾い、狭い路地裏に逃げ込んだ。


 ぐぅぅ


 加保は腹が減っていた。先程追い出されたぼったくりバーでは、料理が出てくる前に感づかれてしまい、お酒を2杯飲んだ程度でしかなかった。どうにか空腹を満たすものは無いかと思い、路地裏に置いてあったゴミバケツの蓋に手を伸ばした。


 ――俺が残飯あさりをするとは、ここまで落ちぶれたか・・・


 ゴミバケツの蓋を開けるとそこには、不燃物のガラクタしか入って無かった。加保は少し安堵した。と同時に「残飯があったら食うのか?食えるのか?俺が?」と思い、無性に腹が立ってゴミバケツを蹴り飛ばした。中からガラクタが飛び出して、路地裏に散らばった。その中にぼんやりと光る箱みたいなものがあった。


 加保は気になってその箱を拾った。高さ10センチ位の木製の箱で、側面に丸い窓が付いている。中にぼんやり青白く光る水晶のような半透明の鉱石が入っている。その窓の下辺りに無数の小さな丸い穴が開いていて、その下には黒くて丸い小さなツマミが2つ付いていたので回してみた。


 ガ、ザザザッ


 無数の小さな丸い穴の奥でホワイトノイズのような音がした。アンティーク調のスピーカーかと思ったら、ラジオの様だ。音は出るがどこの局も受信できないようで壊れているようだ。が、それで策を思いついた。ぱっと見で高級そうに見えて壊れているラジオ。こいつは金になる。


 加保は、服の裾でラジオの汚れを拭き取り、大事そうに抱えながら人通りの多い所へ向かった。気が弱そうで金を持ってそうな奴は居ないかと考えながらターゲットを探した。


 表通りを歩く一人の男に目を付けた。スマホの画面を見ながら歩いている。コイツはいけると思って近づいて行く。そしてその男がスマホに目を向けたタイミングで肩にわざとぶつかってラジオを落とした。


「おいオッサン、どこ見て歩いてやがる!俺の家系に代々伝わる大事な大事な高級ラジオを落っことして壊してしまったじゃないか!」


 男の腕をぐっと掴んで逃がさないようにしてラジオを拾う。そして男の前でツマミを回して見せた。


「おら、どうしてくれんだ?壊れてるだろ! ああ?弁償しろよな!」


 加保は男に凄んでみせた。男の顔がみるみる変わる。顔面蒼白になり、冷や汗をかいているようで半開きの口があわあわ言っている。目の焦点もイマイチ合っていない様に思える。


 ――ここまで怖がるか?ビビらせ過ぎたか?


「あ、あ、あ、あんたっ、その黒くて禍々しいものは何だ!? ひっ、ひぃぃ」


 男は殺人鬼にでも追われているかのように半狂乱状態になって逃げて行ってしまった。通りを歩いている人達がその様子を見てひそひそ話をしている。

 加保は逃げて行った男の予想外の驚き様で暫く呆気にとられていたが、気を取り直して次のターゲットを探す事にした。この周辺で同じ手口は使えないので、別の通りへ移動する事にした。



 加保は不思議に思っていた。あれからもう一人のターゲットに仕掛けた時も予想以上の怖がり様だった。しかも二人目には凄み度30%オフにしたにもかかわらずだ。歩道のフェンスに寄りかかって、ラジオを見つめた。丸い小窓の奥の鉱石がぼんやりと青白く光っている。「黒くて禍々しいもの」とか言った奴もいたが、そんな感じには見えない。


 ぐぅぅ


 ラジオを眺めたところで腹は満たされない。リサイクルショップにでも売って金に換えようと考えた。しかしそれでは壊れている事が仇になる。もう一度、どこかの局が受信できないかツマミをグイグイと回した。


 ガ、ザザザッ

『さっきから、乱暴に扱いすぎなんだよ、お前は』


 どこかの局を受信したのか、ラジオの音が聞こえるようになった。古いものだけに何度か落とした衝撃で直ったようだ。これならば一食分の金は手に入るかもしれないと思った。売るとすると落とした時に大きな傷が付いていないかも気になった。


 街灯に照らしてラジオをじっくり眺めてみた。全体的に大きな傷は付いていないので、硬質な木材を使っているのだろう。それならば価値が上がるかもしれない。ラジオの底には三重の丸い円が刻まれていて、真ん中に星のような模様と、その周辺には見たことも無い文字だか記号だかが刻まれてていた。知る人が見ればそれは魔法陣だが、加保はそんな知識は持っていなかった。その文字を何気なく指でなぞってみたら、三重の丸い円と文字だか記号が鉱石と同じように青白く光った。


『お前との契約は完了した。お前の命と引き換えに望みを一つ叶えてやろう』


 ――あれ、ラジオのボリューム側のツマミを0にしてスイッチを切ったつもりだったが、スイッチは切れてなかったのか。何の番組だか知らないが・・・俺の望みって言えばそりゃ今は腹一杯飯を食う事だなあ。中華料理が食べたいなあ。ラーメン、餃子、チャーハンとか。


『承知した。お前の望みを叶えよう』


 ドゴーーーーンッ


 すぐ近くのカフェで爆発が起きた。客達が慌てて路上に飛び出した。カフェの隣のトラットリアや中華料理店からも、向かいのスペインバルやインド料理店からも客達が路上に飛び出した。通りは逃げてきた人や驚いた人でパニックとなった。「何?なんなの?」「爆発したぞー!!」など、悲鳴や叫び声が響いている。


『食事を用意した。中華料理もあるぞ。行ってこい』


 加保は爆発にびっくりして口をあんぐりと開けていた。一体何が起こったのか。ラジオ番組連動型の街を挙げての大規模アトラクションなのか。


『何をぼさっとしている。お前の望みだろうが。消防隊が来る前にさっさと食ってこい』


 加保は困惑しつつも考えた。これはラジオ番組じゃない。ラジオが俺に語り掛けている。振り返って考えてみると何かと契約し望みを叶えて貰ったようだ。目の前の爆破事件あるいは事故で、飲食店で食事をしていた客達は料理を置いて逃げた。食事を用意したとは、それを食えと言う事なのか。これが世に聞く『飯テロ』か?


「ラジオが俺に喋ったのか?」

『我はラジオではない。クリスタルに封印された悪魔だ。ただまあ、どこぞのバカ技術者によってラジオに改造されたお陰で喋れるし、お前みたいな地獄行き候補の奴と契約もできるようになった』

「地獄行き候補ってなんだ?」

『相当な悪事をやってきたお前みたいな奴の事よ。大抵の人間は我の邪気に恐れをなすが、お前は平気なようだな。我はお前らの味方だ。ククッ』

「ラジオを落として脅した奴らは、それで予想以上にビビってたのか・・・」

『そう言う事だ』

「じゃあ、この騒動は一体?」

『お前が命と引き換えに願ったものだ。腹一杯食べたいんだろ。ほら、早く食ってこい』


 加保の考えは合っていた。命の代償の結果がこれだった。イメージしていたものと全く違うが。


「命を引き換えに叶った?望みだが、俺はいつまで生きられるんだ?」

『食ったら終わり』

「え?」

『食ったら終わり』

「・・・なるほど」


 加保はパニックになった人々を押し退け、爆発のあったカフェの隣の中華料理店に入った。テーブルや椅子が倒れ、料理も散乱していた。奥の厨房に入ると怪我をしていた料理人が取り残されていた。


「大丈夫か。連れ出してやる」


 料理人を起こし抱えて店外へ連れ出して、通りに居た人に預けた。そしてまた店の厨房に戻った。調理台の上には出来上がった料理が無事に残っていた。加保は料理人を助けたのでは無く、邪魔されたく無かっただけだった。


 加保は残った料理を食べながら、電子レンジに生玉子とスプーンと油を入れたどんぶりを入れた。ある程度お腹が満たされた時、手に持っていたラジオを電子レンジに入れて、扉を閉じた。適当にタイマーのダイヤルを回してスタートボタンを押した。念のためガスコンロも開にしておいた。


 ドーーン


 口に金華ハムの原木を咥えた加保が店を出たところで厨房が爆発した。


「俺はまだ地獄には行かねーよ。それにまだ食事中だ。じゃあな」


 さっき助けた料理人が近寄ってきた。


「あんた、無事だったか。さっきは助けてくれてありがとう。しかしあんたそれ、そのままかじっても脂身のところばっかりだし塩味が強くて美味くないぞ?」

「ああ、構わねぇよ。食事を終わらせたくないだけだ。確かに塩っぱいばっかりだな」



 爆発でぐちゃぐちゃになった中華料理店の厨房の隅に、青白く光るクリスタルが転がっていた。ラジオは完全に粉砕されてしまったので、悪魔は人間に語りかける事は出来なくなっていた。だが悪魔は確実に契約を履行すると言われている。金華ハムの原木が無くなったその時が加保の最後なのかもしれない。




最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公、悪党らしい悪魔攻略法ですね。 悪魔もまた完全には滅んでおらず、 因縁は続いているというラストもよかったです。
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