1つの『歴史』が幕を閉じた
私は月末になるとコンビニに行く。月刊コミック『乱』を確認するためだ。
知らない人のために記すが『乱』は時代劇に特化した漫画雑誌で、看板は『鬼平犯科帳』(池波正太郎/さいとう・たかを)。何故か書店ではあまり見かけないが、コンビニではよく見る雑誌だ。
以前は欠かさずに購入していたのだが、ここ1年ほどは、目次を確認しては棚に戻すことの繰り返しであった。
今月号もまず表紙を見て作品名を確認し、ため息を吐いて目次を開いた。
ん?
目次を見た私は妙な違和感を覚えた。あるべきものが無いような……。
そうだ!いつも載っていたお知らせがない!
まさか!
祈るようにページをめくると、そこにあったのは耐え難い現実だった。
【訃報 みなもと太郎先生 ご逝去】
享年74歳。名作『風雲児たち』を生み出した、偉大な漫画家の早すぎる死であった。
昨年6月「病気療養のため3か月ほど休載します」という告知があった。その後待てど暮らせど連載が再開されることはなかった。病名は告知されることはなかったが、状況からだいぶ重篤なのは予想できた。ただ、数号前のプレゼント企画で、コメントとともにカラー色紙を出品されているのを見て、もしかしたら……という希望を抱いていた矢先の訃報だった。
雑誌を数度に渡り変えられながら40年以上にわたり連載を続けられてきた『風雲児たち』。
先生は「少なくても新選組までは描かないと」とおっしゃっていたそうだ。道半ばで逝かれることとなった先生のお気持ちは想像するに余りある。
幕末を描くために連載を関ヶ原から始めた開始当初。
ドラマ化もされた解体新書のエピソード。
学校教育では悪人扱いだった田沼意次の業績を初めて知ったのも『風雲児たち』でだった。
酷い顔なのに何故かそっくりな小早川秀秋で笑い。吉田松陰の最期に涙し。桜田門外の変の活劇に息を飲む。
愛に笑いに涙に感動。そして知識。私が『風雲児たち』にもらったものはあまりにも大きい。
みなもと太郎先生ありがとうございました。謹んで先生のご冥福をお祈り申し上げます。