I・CNGFACE
PROLOGUE
緊急報告、緊急報告。
エステルに捕虜としている無眼暗殺者12名が脱走。
逃亡を図っている模様。
7名は確保。残り5名を探し出せ。
本部命令である。
繰り返すーーーーーー
逃走開始から体感6分。
思ったよりも早く内部放送が入ったことに焦りを覚えながらも、気味悪いくらい真っ白な廊下を駆け抜ける。
もう逃げ場はない。
前日に記憶した逃亡ルートをぶつぶつと呟く。
今はこの記憶だけが頼りだ。
一度でも道を間違えれば、この厳重な檻の中から脱せるチャンスを、これまでの計画全部を、水の泡にしてしまう。
それだけは避けなくちゃ。
時間もない。
内部放送が反響する。それに複数人が走り回る足音も加わって、だいぶ賑やかになってきた。精鋭部隊たちと出会すのも時間の問題だろう。
ーーーー大丈夫、外界へのゲートは開いてる。
そう自分に言い聞かせる。
さっきの放送の5人のうち2人はもう外界へ逃げた。ゲートを開けたのを上の層からしっかりと見たから、間違いないはず。だから、大丈夫。
次の角を左に曲がれば、そのままゲートへの道に繋がる。あとちょっとで外界へーーーと体を左に傾けた時。
「おい、待てっ。見つけたぞ!」
あ、やべ。
瞬時にそう思ったが、もう遅い。傾けていた体は制御不能で、そのままの勢いで角を曲がった。休む間もなく流れ続ける放送のせいで、声の出処は分からなかったが、どうやら右手側だったようで出会い頭に捕まることはなかった。だがそれも一瞬の安堵でしかない。
「こっちだ!」
「おい待て!」
「逃がすな、連絡を急げ!」
怒号にも似た声がいくつも響き、足音が統一性を増していく。
やばい、やばい。
少し余裕がなくなって息があがっていく。突然足がもつれて転びかけたが、なんとか立て直す。違和感を覚えて足を見やると、靴の先が破れ足先が剥き出しになっていた。そうなるのも無理はない。だって此処に来た時からボロボロだったもの。
そんな自分を立派な白護装を身に着けた兵士が追いかけてくる。必死に、すごい形相で。そんな複数人に追いかけられるなんて、人気者にでもなったようだ。ーーーーーあぁ、もっと前からか。なんて事をひとり思うと笑えた。
はあ、はあっ。
走る足が盛大にもつれる。前のめりに身体が倒れ、咄嗟に手をつく。ボロボロの靴はその拍子に側面が切れ、宙を舞った。
くそ、何かに引っかかったみたいだ。思った瞬間、嗅ぎ慣れた臭いが鼻をついた。それがなんなのかすぐわかった。自分が"ナニ"に躓いたのか、はっきりと。けれどそんな事を気にしている暇はない。すぐに立ち上がって走り出す。
外界へのゲートはもう、すぐそこだ。白い廊下が途切れ、風に吸い込まれるように、開けた場所に出た。上は吹き抜けになっていて、筒のようだ。そんな吹き抜けの下の床はパックリ2つに裂けている。少し来るのが遅かったようだが、自分なら入れる幅だろう。黒く硬い鉄を踏みしめて、あの隙間めがけて体をのめらせる。
あと一歩。そう、あと一歩。こんなにも生死がかかった場面でも、自分の運の悪さが顔を出す。どうしても邪魔がしたいんだ、と言うかのように。
最初は分からなかった。音だけが鮮明に聞こえて、体はなんともないんだと思った。下手くそな兵士が壁にでも当てたのか、と思っていた。でも違かった。口に生温かいものが込み上げ、足がさっき以上にもつれる。撃たれた。そう思ったのは遅かった。でも、撃たれたからといって止まるような野暮な足じゃあない。段々と閉まっていくゲートにギリギリするりと入り込んだ。ゴウン、と重々しい音を立ててゲートが完全に閉まる。間一髪、逃げのびたみたいだ。ゴホゴホ、と咳き込むと血の味が口の中に染みた。何気なく目を開けると懐かしい、あの青と白の、空というものが見えた。
ドーヒュ帝国。この世界唯一の空に浮かぶ国。権力も財力も何もかも意のままにした、欲深い塊。そんなドーヒュから抜け出たことを自分の目で確認すると、気が抜けた。
あとは自分が死ぬのか生きるのか。
真っ逆さまに地上に落ちるのを手伝う風と見守る雲。下は眩しいくらいの緑色の草原。予定では森に落ちる予定だったのだが、不運が味方したらしい。この速さじゃ草原に叩きつけられて死ぬんだろう。なんて独りごちて、笑った。あんな撃たれてまで抜け出したのに、結局死ぬなんて笑えるよな。
意識が遠のいていく感覚。やっぱり運が悪いよなぁ。そんな事を考えながら気を失った。