02 前日
私のような冒険者ギルドの受付嬢にとって、仕事をするうえで最も大切なことは冒険者たちの感情の機微を読み取ること。命を懸けて仕事をこなす彼らのメンタルをケアすることで、私たちは貢献していると自負している。
必然、私たちは空気には敏感になる。
鉄鳥団のパーティー全滅に動揺していた冒険者ギルド併設の酒場。それも大規模討伐隊による不死者討伐の成功で元の活気を取り戻しつつあった。
けれど、今の空気は少しひりついている。
その原因は目の前のシックな衣装の銀髪の美少女と明らかに不気味な仮面の男。
普段のギルドにはない異質な存在。それが受付に立つ私の正面にいる。
国から派遣された調査員らしい。このような地方にもわざわざ来るようだ。
常連の冒険者たちも警戒し、遠巻きに様子を窺っている。こちらを見ていない者も普段に比べ言葉数が少なげだ。きっと聞き耳を立てているのだろう。
銀髪の少女が私に一歩近づくと、ふわりと甘い香りが漂ってくる。私よりもほんの少し小柄だろうか。まだ幼さの残る顔立ちだが、表情は引き締まっている。
「それで鉄鳥団に出した依頼内容だけど、直接応対した受付のあなたに細かく聞いておきたいのよ。基本的な内容や報酬については資料に記載されていたけれど、彼らの様子について知りたいからね。どう? 普段との違いは見られた?」
少女は矢継ぎ早に私に言葉を浴びせてくる。口調は見た目ほど上品ではないようだ。
少女の後ろの男が気になって言葉の内容が頭の中にしっかりと入ってこない。私に問題は無いはずなのに不安を煽られる。
黙って佇む仮面の男の唯一見える口元は笑みの形を浮かべている。
「ちょっと、聞いてる? ああ、後ろの仮面男が気になるのね。不気味な奴で申し訳ないけど、こいつは特に害はないんで、無視して私の質問に答えてね」
「アンヘルくん、上司のことをこいつ呼ばわりするのはどうかと思いますよ。失礼、お嬢さん。僕のことは天気屋とでも呼んでください」
男の笑みの形は変わらない。緩やかな弧を描いている。不気味だ。
しかし、きちんと対応せねばギルドの問題になるかもしれない。私は気を取り直す。
「鉄鳥団の件ですね。……彼らのような優秀な冒険者が犠牲になるとは思ってもいませんでした。彼らは旧文明遺跡の一つの踏破にも成功し、リーダーのケインさんを始め主力メンバーはギルドでもB級に認定されている程ですから」
神と人が共存していた神話時代。その遺跡、神話遺跡において何らかの成果を挙げた者はA級に。
神が世界から去った後の時代、神の技術の一部を受け継いだ人類、今でいう神人が暮らしていた旧文明時代。その遺跡、旧文明遺跡において大きな成果を上げた者はB級に。
それぞれ認定されるのがギルドにおける慣例になっている。
ちなみに冒険者として登録したらE級からのスタートとなる。
つまりB級は一握りしかいない一流冒険者なのだ。
「それは知っているわ。聞きたいのは普段とは違う要素ね。普段通りならきっと失敗なんかしないでしょうし」
少女は綺麗な顔してなかなか辛辣だ。意志の強そうな直線的な眉の下、見ていると吸い込まれそうなアンバーの瞳が、私の瞳を真っ直ぐに見据えている。
私は思わず激しく瞬きをしてしまう。
「アンヘルくん、そんな風に責め立てるものではありませんよ。それに本題以外のところにも何かきっかけがあるかもしれません。一つ一つ確認しましょう」
私の様子を見かねてか、仮面の男が助け船を出してくれる。もしかすると良い人なのかもしれない。
仮面に気を取られていたが、少女より頭一つ背の高い彼は、質の良さそうな服をスマートに着こなしている。帝都の流行の品なのだろうか、この辺りで良く着られるようなチュニックとはだいぶ差がある。
「話を遮って悪かったわね。続けて」
少女は仮面の男を不快そうに一瞥するが、素直に私に謝罪してきた。
「いえ、ではお言葉に甘えて一つずつ。依頼内容はロデスパのアンデッドの駆除。廃鉱内部までは依頼していません。全てを討伐する必要はないので減らして頂ければという内容でした」
「五年前にも討伐隊が出ていたわね。今回も完全に掃討するのは無理という判断ね」
「そうです。でも周囲に被害が出ないように駆除が必要ですから。依頼を受けたのは鉄鳥団からリーダーのケインさん、戦士のコウエツさん、神官のセレネさん、盗賊のグスコさん、戦士兼荷運びのアントンさんの五人。旧文明遺跡の踏破の際に負傷したメンバーに代わり、臨時で付与術士のガーウェさんが当ギルドより派遣されました」
「臨時の付与術士はチームには慣れてるのかしら?」
アンバーの瞳は私を値踏みする。その奥で彼女は何を考えているのだろう。
「鉄鳥団のパーティーに参加するのは初ですね。けれどガーウェさんは需要の多い付与術士で、敢えてフリーで活動していましたので、臨時パーティーの経験は非常に豊富です」
「他のメンバーはB級だけど、ガーウェとアントンはC級になってるわね」
「ええ、でも元々依頼自体がC級を対象にしていました。先遣隊の情報でも後の討伐隊の感想でもC級対象で問題ないように思えたとのことでした」
「にもかかわらず彼らは全滅した。彼らの時だけ特異な事態があったということかしらね」
「それを我々ギルドも調べていただきたいと思っています」
「それにしてもなぜ彼らはC級対象の依頼を受けたのかしら?」
アンバーの瞳の動きに合わせて、その光がくるりと輝く。
私の瞳も彼女の瞳を追う。
もう吸い込まれている。
二人の間に距離が存在しない。
「神話遺跡に挑戦する準備のため、と言っていました。なんでも神話遺跡では神官が狙われやすい傾向にあるため、神官の鍛錬と連携の向上が必要だとか……」
「神話遺跡において神官が狙われるのは事実です。納得のいく理由ではありますね」
不意に響く男の声にハッと我に帰る。少しぼーっとしていたようだ。いつの間にか仮面の男が少女の横手にいる。
「僕からもよろしいでしょうか? 資料の依頼内容に全行程を最低二日以上かけるという条件があったのですが、ここからロデスパまでは半日程度ですよね。鉄鳥団はそんなに急いでいたのですか?」
「旧文明遺跡の踏破からあまり間もなかったので、安全性を考慮して入れておきました。ケインさんにも神話遺跡挑戦の名誉欲はあったと思いますが、無理して条件を破るようなことはしていないと思います。救難信号が届いたのも二日目ですし……」
仮面の男との会話のため、私はその瞳を見つめようとする。だが、仮面に覗き穴が見当たらない。その事実に気付き、悪寒が走る。
どうなっているのだろう? 旧文明遺跡の品で向こうからは見えているとか?
「なるほど……。アンヘルくんは先に現場へ行ってもらえますか? 私はもう少し資料を精査したいので遅れて行きます」
「別にいいけど、問題を起こさないでよ。怖いから仮面に触れるの禁止ね」
仮面の男はこちらを向いたまま。少女は男を見上げて複雑そうな表情を浮かべている。
「はっはっは、安心してください。この仮面は簡単には外れませんよ。この資料はもう覚えたのでアンヘルくんが持って行って結構ですよ」
「はいはい、じゃあ早めに追いついて。絶対寝ないでよ、寝たら忘れるんだから。受付さん、この男をよろしくね。怪しく思うでしょうけど、害は無いわ。多分……」
少女はそれだけ口にすると資料を受け取り、私に背を向ける。
溜め息が漏れてしまう。何故だろう、少し名残惜しく感じる。
「失礼しました、お嬢さん。それでですね……」
少女を見送ることもなく、私の方を向き続ける仮面。
笑みの形は変わらない。