輸送手段が価値を決める
「…けつが痛いな。」
ダンジョン最寄りの町に着いた。道中は常に魔力が枯渇した状態を維持させられたら為体が怠い。そんな俺の頭の上では白雪が仰向けで寝ている。よく落ちないね。それと君は野生を取り戻したほうがいいよ。馬車から降りた俺はソーラとイルを撫でる。イルも撫でるだけなら許してくれるようになった。道中魔物に襲われなかったのはこの2頭のお陰なのだから感謝しておかないとな。
「想定していたより早く着いたな。これなら今日一日ゆっくり出来る。」
現在の時刻は朝の10時ぐらい。当初の予定では夕方くらいに着いて次の日から探索だったから6時間ほど巻いた計算になる。ソーラとイルマジ有能。
「宿の方は私が手配してあるわ。一応この町で1番の宿だから英気を養ってね。」
いえーい、太っ腹だぜ。馬車に乗り続けていたから体中にガタがきている。今日はゆっくりして観光は依頼が終わった後にしよう。
「…でも俺って大きい依頼の後高確率で入院なんだよな。…今のうちに観光すべきか?。」
到着した町は流石に王都には及ばないがコーラルと同程度には栄えている。更に馬車の中で聞いた話によると近くにある川で獲れた魚が名産だそうだ。そして釣りの体験も出来るらしい。…悩むな。
「クラヒト!食べ歩きをするのよ。エネルギーを蓄えるのは探索前の常識なのよ。」
俺の悩みを吹き飛ばす程の勢いでシャーリーが俺の服の袖を引っ張る。伸びる伸びる。
「待て待て先ずは荷物を置かないと駄目だろ。」
「あぅ、…そうだったのよ。…チラ…」
俺の言葉に冷静さを取り戻すシャーリー。シャーリーがあれだけ取り乱すなんて珍しいと思っていると視線が向かっている先を発見する。そこには串に刺された魚が炭火でじっくりと焼かれていた。王都でも中々見ない光景だ。
「…というか…俺この世界に来てから…魚を食ってないぞ?。」
いや、正確には干物は食べている。だが焼き魚や生の魚は一切食べていない。海の存在は地図で確認した。コーラルも王都も海からは結構な距離があったな。
「当然なのよ。海の魚は輸送な大変なコストがかかるのよ。Cランクのクラヒトが手を出せる物じゃないのよ。」
「そうだな、私の家でも干物以外の魚は中々手に入れる事が出来ない。だから私も楽しみだ。」
シャーリーの言葉にアリアさんも同意する。伯爵家の中でも一つ抜けていると言われるサクスベルク家でもそうなのか。詳しく聞くと輸送する為には道中常に派生属性である氷の魔法を使用しなければならない。氷属性の魔法は水と風のどちらも高レベルで使用できる者が稀に開花する属性でどの商会からも引っ張りだこらしい。その氷魔法でもそれ程多くの量を輸送できるわけではないので結果的に高額になるそうだ。アリアさんとシャーリーの熱弁だったのだが俺はその途中クラリス様も驚いている事に気がついていた。多分クラリス様は魚の価値を知らなかったと思う。王族だからそんなのに気にしていないか、もしくはローゼリア様の転移魔法を使って取り寄せていたのかもしれない。聞かない方がいいだろう。
「それじゃあ荷物だけ置いて食べ歩きしよっか。クラリス様はどうされます?。」
「私はこの町の長に挨拶に行かないといけませんから一緒には行けないの。また夜に会いましょう。」
ほえー、王族になると色々面倒な事もあるんだな。そりゃ少しくらい魚を食べてもバチは当たらないな。了解した俺達はそのまま馬車で町長の元へ向かうクラリス様と別れ宿に荷物を置きに向かうのだった。
「…さてさて先ずは…焼き魚だな。」
日本では囲炉裏焼きという呼び方をすると思われる魚の串焼きを注文する。注文が入ってから塩を振り最後の焼きに入る本格派だ。隣のシャーリーとアリアさんの視線は魚に釘付けになっており魚から垂れる脂が火で爆ぜる音に魅了されていた。
「はいよ、串焼き3本ね。銀貨3枚だよ。」
俺が串を受け取ろうとするとアリアさんとシャーリーが我先にと受け取る。必然的に代金は俺が支払うことになった。だって2人はもう口をつけている。大変幸せそうだ。俺は大人しく銀貨3枚を支払う。ごねるつもりはない。それだけ冷めてしまうから。代金を支払い終わった俺は串焼きの背の部分に齧り付く。パリッとした皮の食感と肉厚な身、そして口の中に流れる旨味。嫌な臭みなどは一切なくこの魚が綺麗な環境で育ったことが分かる。1匹銀貨1枚、日本円で約1000円の価値はある。
「…うっま。良い塩加減ですね!。」
俺は思わず店主にそう話しかける。普段なら絶対にそんな事はしないのだが…美味い食べ物は人を変えるのか。
「お、兄ちゃん分かってるね。そうなんだよ、あんまり塩を振り過ぎても魚の味が死ぬ。だけど少なすぎると皮の張りが出ない。俺はこの道30年のベテランだからな!。良し、サービスしてやる。地元の人間が食べる物だ。」
店主は俺の言葉に嬉しそうに鼻の下を掻きある物をくれた。やったぜ。
「これは…蟹か?。」
手渡されたのは小さな蟹だった。表面に焦げが少し付いているから火は通っているようだ。
「そうだ、その蟹は脱皮した直後だから甲羅ごと食べられるんだ。結構捕まえるのが面倒な食材さ。だが味は一級品だ。食べてみな。」
店主に勧められるがままに蟹を齧り付く。殻ごと食べるなんて斬新だ。味の方は甲羅には薄い塩味が付いていて身の方の味とマッチしていた。サクサクとした食感が心地よい。
「お酒と合いそうな味ですね。」
「おぉ、分かるか兄ちゃん。気に入ったらまた買いに来てくれよな。」
気の良い店主だったので帰りにまた来ようと誓う。
「…え、…俺の串焼きが…」
再び串焼きに戻り食べようとするが俺の手にある串焼きは頭の部分を残して骨だけになっていた。
「そんな事ある?。」
犯人は誰だ?。…いや、分かってるんだけどね。
「…白雪、欲しいならそう言ってくれよ。」
いつの間にか頭の上から消えていた白雪に話しかける。すると白雪は俺の影から顔を出してプッと小骨を吐いた。
「…全く悪びれないだと…⁉︎。」
恐らく俺が店主と話してある間に串焼きごと影の世界に引き込んで丸齧りにしたんだろう。満足げな白雪は俺の頭に着陸する。唯我独尊すぎるだろ。
「甘やかすからそんな事になるのよ。さ、次の店に行くのよ。」
「クラヒト、さっき何を貰っていたんだ?。私たちの分はないのか?。」
一口しか串焼きを食べれなかった俺を慰める人はどこにもいない。この世は弱肉強食だと俺は改めて実感したのだった。