命の取引
『この私の体に傷をつけるだけでなく…理由は分からないが回復の阻害まで!。…貴様は私の手で直々に殺してあげますよ。』
魔族の体が膨れ上がり筋骨隆々になる。そして俺にゆっくりと近づいてきた。魔族としては俺に恐怖を味わせたいのだろう。だが…俺は引かない。魔族の視線から反らさずに逆に睨みつける。
『…貴様、人間の分際でどこまでつけ上がる。人間は私達マゾクにとってただの玩具なのです。…出来ることは私達を楽しませること。だが…貴様は不敬が過ぎますねぇ。」
遂に魔族が俺の目の前に立つ。俺を見下す形になった魔族はふんっと鼻を鳴らすと無造作に俺に腕を振るった。
「…これを待ってた、…大虎。俺のこと手でぶん殴る!。」
俺は振るわれた腕を受け止め、逆の腕で魔族の腹を殴り付ける。これが俺の考えた状況。シャーリーがやられた攻撃の正体は不明。だけど…遠距離だ。それを発動されれば俺はなにも出来ない。だから初劇で俺にも強力な遠距離があると錯覚させた。この距離の戦いに持ち込む為に。
『…がっ⁉︎……貴様……これだけの膂力を…』
魔族は俺の拳を受けてもその場で踏ん張っている。俺の大虎は掛け算。元の筋力に大きく依存する。アグナドラゴンを倒した時よりも鍛えていたんだが魔族は想像よりも強かった。
「…まだだ。お前は逃さねぇ!。」
俺は素早く魔族の手を俺の手で握る。これでお互いに使えるのは片手と両足。そしてゴリゴリのインファイト限定になった。俺は全力でラッシュを加える。今の俺にできる全てを絞り出す。息の続く限り殴り、蹴り、叩きつけ、壊す。今俺が優勢なのは敵の冷静さを奪っているからだ。落ち着かれる前に片をつける。
『…調子に……乗るな!。』
魔族から風が放たれる。それによって俺の体に無数の切り傷が出来る。…これがシャーリーを攻撃した正体か。
「…くっ……まずった。」
俺はそのダメージで掴んでいた手を離してしまう。その瞬間魔族は風となり俺の前から消える。
『くふふ…よくも好き放題やってくれたものだ。』
距離を取った魔族が俺を睨みながらそう言う。俺が体に与えたダメージは目で見えて癒ている。俺は勝ち筋を失った。
『貴様は人間にしてはよくやった。だが我々魔族との間には越えられない壁があるのだ。愚かなその身をもって味わうといい。』
次の瞬間、俺の左肩に焼けるような痛みが走る。視線を向けると大きく抉られ穴が開いていた。
『どうした?回復しないのか?。』
…天癒はもう使えない。シャーリーを癒すのに使ったから。だが俺はそれを後悔していない。
『ふむ、どうやら使えないようだ。先程の斬撃も使わない。貴様の能力の正体がわかったきたぞ。』
魔族は薄い笑みを浮かべて此方を眺めている。
『…貴様の命だけは助けてやろう。その代わり…その獣人を自ら差し出せ。』
「…なん…だと…」
そんな事出来るわけがない。
『貴様は曲がりなりにも魔族に立ち向かった。その勇気を称えてやると言っているのだ。…死ぬのは怖いだろう?。』
…嘘だ。奴にそんなつもりはない。現に此方を嘲笑うような表情を浮かべている。俺を見て楽しんでいるんだ。頭の中ではそう理解している。だが体に走る痛みが、折れそうな心が屈しかけていた。だから俺は声に出す。自分の魂を奮い立たせるために。
「…俺はシャーリーを見捨てない。」
『…ほぅ、…馬鹿な男だ。ならば…』
再び激痛がおれを襲う。今度は腿を抉られる。そして繰り返される質問。俺が断るたびに俺に攻撃してくる魔族。完全に俺がいつ折れるかを待っている。
「…はぁ…はぁ…はぁ………俺は…見捨てない。」
視界が霞む。血を…流し過ぎた。喉に焼けつくような痛みと込み上げてくる血。喉がやられた。
『くだらんな、…もういい。貴様にはがっかりだ。興が冷めた。…その要らん命…潰してやろう。』
魔族の姿が変化する。それまでの筋骨隆々の姿から最初に近い姿へ。だが…中身は別物だ。俺は全身を刺されるような錯覚を覚える。…怖い。
『…私に攻撃を加えた貴様を私は存外評価している。だから最期に教えてやろう。我が名はアスラ。…暴風のアスラだ。』
魔族の手に風が集まる。回転と凝縮によってその小さな塊は空間を歪める程の魔力を放つ。その圧に遂に俺の体が限界を迎えた。崩れ落ちる体。
「…待つのよ。…待ってください…なのよ。」
俺は死を覚悟していた。だが俺の背後から聞き慣れた声がかかる。そこには目を覚ましたシャーリーがいた。
『…なんの用だ、獣人。最早貴様には興味はない。』
「私の命と引き換えにクラヒトを助けるのよ?。」
…シャーリー、何を言ってるんだ。俺はそんな事を望んでいない。そう叫ぶが声にはならない。
『その話はもう終わった。貴様ら2人共この場で殺す。』
魔族はシャーリーの発言を切り捨てる。
「お願いしますなのよ。…クラヒトだけは助けてください。」
シャーリーはその場で膝をつき魔族に頭を下げる。自分を殺そうとした敵に懇願しているのだ。自分だけを殺してくれと。…
(…シャーリー!。…やめろ、やめてくれ…なんで…)
『…何故そこまでするかは分からんが…そうだな、貴様が自ら死ねば許してやるかもしれんな。』
魔族はそう言うと一本の剣をシャーリーに投げる。シャーリーはそれを見ると立ち上がり剣を構える。魔族にじゃない、自分にだ。
「…ありがとうございます。」
シャーリーが魔族に礼を言った。…なんでだ、なんで….俺から奪おうとする。
『別れの時間をくれてやる。一言だけ話せ。』
「…クラヒト、あんたに会って楽しかったのよ。……大好………強くなるのよ。」
シャーリーはそれだけ言って剣を自らに向けて引き込んだ。