絶望を癒し、未来に希望を語る。
俺はセレナちゃんを引き連れ庭にやって来ていた。何があるか分からないから他には誰もいない。2人きりだ。
「…もし、…私が治らなくても私たち家族がクラヒト様を責める事は決してありません。」
セレナちゃんが突然そんなことを言い出す。
「…何を…」
「これまでお父様やお母様は私のためにそれこそ血の滲むような思いで治療法を探してきてくれました。ですがどれも結果は振るいませんでした。最近では希望を持てる話を聞くことすら無くなってしまって、みんな私に気を遣って無理な笑顔を浮かべるようになりました。そんな家族が心からの笑顔になったんです。それはクラヒト様のお陰です。…それだけで…私は…」
その続きは言わせない。俺はセレナちゃんを胸に抱きとめた。『私はもう死んでも構わない』。セレナちゃんの顔がそう言っていた。
「そんな話は聞きたくないな。セレナちゃんは俺の事を信用してないの?。」
「す、すいません、私…。勿論クラヒト様の事は信頼しております。私の痣を抑えられたのは貴方様だけなのです。…ですが…」
セレナちゃんの心には痣に対する絶望が刻み込まれている。これまでの経験が治る未来を想像できなくなっている。こんな小さな子なのに自分の未来を楽しみにしていない。…ダメだ。先ずは心から治す。俺は庭に座り込み胡座をかく。そしてその膝の上にセレナちゃんを抱き寄せる。
「セレナちゃんは大きくなったら何になりたい?。」
「ふぇ⁉︎…大きく…なったらですか?。」
「うん、セレナちゃんの病気は俺が絶対に治すから。夢を聞かせてよ。」
敢えて強い言葉で断言する。この子にもう不安を感じさせない。俺は頭の中で六芒星を回し天癒の発動準備を始める。
「…思いっきり走ってみたいです。」
「それと買い物にも行きたい。」
「…なりより…わ、私は…魔法が使ってみたいです。お母様が…使っているのを見ていたので。…最近は私のことを気遣ってか魔法自体を封印してしまったのですが…お母様に魔法を習いたいです。」
セレナちゃんが少しずつやりたいことを話し始めた。やりたい事は希望に繋がる。それは生きる力になる。俺の天癒の助けになるはずだ。
「魔法かぁ、俺も使えるけど難しいからなぁ。凄く練習しないとダメだよ。」
「勿論です、沢山練習していつか魔導師として世界を回ってみたいです。」
「そうなったら是非俺とパーティ組んで欲しいな。ずっと待ってるから。」
「はい!…必ずクラヒト様のお力になります。」
セレナちゃんの目にも力が篭った。
「…なら俺は未来のパーティメンバーの為に全力を捧げるよ。セレナちゃん、用意はいいかい?。」
膝の上に乗せていたセレナちゃんを立ち上がらせ俺も立ち上がる。
「…はい。…お願いします。」
セレナちゃんはそういうと羽織っていたコートを脱いだ。露わになる痣。
「…俺は自分の庇護下の存在が病む事を認めない。『天癒』!。」
天癒を発動する。すぐに俺に生命力が集まるのがわかる。俺は右手をセレナちゃんの頭に乗せる。
「…ん、…うぅ………、…っ……」
セレナちゃんは何かに耐えるように顔を顰める。それと同時に俺にも痛みが走った。体中に針を刺されるような鋭い痛み。
「…っ⁉︎…これは……セレナちゃん、我慢できるよね。俺の仲間なら。」
「…っ!、はい。……」
俺達2人を中心にしてどんどん芝が枯れ果てていく。そして待ち望んでいた変化が訪れた。セレナちゃんの体に伸びている痣が徐々に衰退し始めたのだ。体の中心から離れた部分から消えていっている。
「セレナちゃん!…痣が…!。」
痛みに耐える為か目を瞑っていたセレナちゃんに声をかける。
「…え、…痣が…‼︎。…わ、私……あ!。」
自分の腕を見て痣が後退している事を確認したセレナちゃん。だがそれで少し気が抜けたのか足元がよろける。
「…っ…危ないよ。…俺のスキルが有効なのは分かった。…だからこれからは2人で我慢するだけだ。」
痛みに耐えながらギリギリセレナちゃんが倒れるのを防ぐ。カッコいい台詞を吐いてはいるが俺の額には冷や汗がびっしょりで今にも倒れそうだ。だけど…セレナちゃんの痣が消えるまで絶対に耐えてみせる。
「…後…少し…。セレナちゃん…あと少しだ。」
どれぐらい時間が経っただろう。1時間にも感じたけど実際は10分かもしれない。セレナちゃんの痣は殆ど胴体だけになっている。その代償にホーベンス邸の庭は見るも無残な姿になってしまっている。
「……はい………。」
…まずいな、セレナちゃんの意識が。今は何とかもっているが、セレナちゃんが気絶してしまうとその治療にも天癒の力が使われてしまう。そのなるとはっきり言って生命力が足りなくなる。既に…枯渇しかけなのだから。
「…あと少しなんだ。何とか…もってくれ。」
だがそんな俺の願いは届かない。遂にホーベンス邸の庭全域の生命力を徴収し切ってしまう。当然天癒の力は一気に弱まる。それに呼応してセレナちゃんの痣が体を侵食しようとする。
「…くそ……何でだよ、…あと少しなのに。」
「……クラヒト…様。…良いんです。…お気になさらず。…」
正直俺は一度でダメでももう一度試せば良いと思っていた。だけどそれは無理だ。これだけの苦痛、セレナちゃんがもう一度初めから耐えられる保証はどこにない。今、決めないとダメなんだ。
「……セレナちゃん、安心してくれ。アリアさんが見てるから。」
俺はあるアイデアを思いつく。そしてそれを実行した場合恐らく俺は倒れることになる。だけど不安はない。アリアさんが天眼で見てくれているから。
「…え、……クラヒト…様…何を…」
「俺の体力を流し込む。…いけ。」
俺は有無を言わせず自分の体力を生命力に変換してセレナちゃんに送り込む。笑う膝、揺れる視界。恐らくあと5秒も意識はもたない。
「…あ、あぁ…痣が、………きえた。……クラヒト様!。」
でも十分だ。痣の消えたセレナちゃんの綺麗なお腹と驚いた顔が見れたのだから。