家族の幸せを感じ、死の恐怖に怯える少女
「…先程は主人が失礼したようで。誠に申し訳ありません。」
ホーベンス邸に入った俺たちは部屋に通される。豪華な装飾の施されるその部屋は多分応接室なんだろう。そこにはセレナさんとセレナさんによく似た幼女。そして気品ある女性がいた。その人が俺に向かって頭を下げる。どうやらこの人がセレナさんのお母さんらしい。
(…この世界の母親は美人が多い。いや、でもコーラルの宿屋のおばちゃんとかは…貴族に美人が多いってことか。)
セレナさんのお母さんはセレナさんと同じ銀髪だが肩のあたりで揃えている。
「…私の名前はシリア・ホーベンスと言います。そしてこちらがセレナの妹のターニャです。」
「…た、ターニャです。お姉ちゃんを…あ、えーとお姉様をよろしくお願いするです。」
シリアさんとターニャちゃんが自己紹介をしてくれる。ターニャちゃんは見たところ5歳ぐらいだろうか。頑張って貴族らしく振る舞おうとしているところが微笑ましい。あ、因みにセシルさんの父親であるカリヤさんは3人が座るソファーの側で正座しています。
「…えーと、本日僕がここに来た理由は伝わっていると思います。セレナさんの症状を治すことが出来る可能性があったので来ました。」
アリアさんが目線で俺に話を始めろと伝えてきたので取り敢えず話し始める。…あ、自己紹介してない。
「…クラヒト様、そんな…さん付けなんて。私の方が歳も下ですのに。どうぞセレナと呼び捨てにしてください。」
自己紹介をしていない事に気付き慌てる俺にセレナさんが妙な事を口走る。今言うことじゃないよね。
「いや、流石にそれは…。…ならセレナちゃんで。」
断ろうとしたのだがセレナさんからの視線が凄い。諦め当初心の中で思ったちゃん付けで呼ぶ事にする。子供っぽいって怒られないかな。
「むー、…まぁ、そちらの方が親近感が湧きますわね。」
どうやら良いようだ。
「それとすいません。自己紹介をしてなかったですよね。僕の名前はクラヒトと言います。しがない冒険者をやっています。そしてこっちがシャーリーとアリアさんです。…ってアリアさんの事は知ってますよね。ははは…」
言ってて気付いたけど知らない筈ないよね。だって一応ご近所さんになるもんね。やっぱり俺には場を回すようなトークの力はないようだ。
「クラヒト様は治癒のスキルを持つと聞きました。そしてそのスキルには娘の病を抑える効果がある可能性もあると。…お願いします、どんな謝礼でもかならずお支払いいたします。娘の為にお力をお貸しください。」
「…お姉ちゃんを…助けてください。」
シリアさんとターニャちゃんが頭を下げる。それと同時にカリヤさんも立ち上がり頭を下げ、側に控えていたメイドさんも頭を下げる。
「…俺に出来る事は全部やるつもりでここに来ました。頭をあげてください。早速準備に入りましょう。」
俺は熱いものが胸に込み上げてきたが今の俺が為すべきは感動する事じゃない。
「なんなりとお申し付け下さい。」
「…スキルの使用には自然の力が必要な事はご理解頂けていると思います。そして庭で条件は満たされていると思います。ただセレナ…さんの状態次第では庭中の生命力を使用する事になります。宜しいですね?。」
セレナちゃんが異議あり!みたいな目で見てきたが流石に両親の前でちゃん付けで呼ぶのは厳しい。
「勿論、構いません。既に使用人は全て屋敷に中に避難させております。」
「…では次に…申し訳ないのですが…セレナさん、服を脱いでください。」
「…な⁉︎…クラヒト、なに言ってるのよ?。緊張のあまりおかしくなったのよ⁉︎。」
俺の言葉にシャーリーが反応する。お前ここに来てから借りてきた猫みたく大人しくしてたじゃん。いきなり反応するなよ。でも確かに言葉が足りなかったかもしれない。アリアさんは牛乳を拭いた後に放置された雑巾を見るような目でこっちを見ているし。でも待って、俺が12歳ぐらいの少女に興奮すると思われているのは心外なんですけど。
「すいません、言葉が足りませんでした。痣の状態を確認したいんです。何か薄着になって貰えると。」
「あ、そ、そうですよね。すいません。…では少し失礼します。」
セレナちゃんはメイドさんを伴って部屋を後にする。何か簡素な服に着替えに行ったようだ。セレナちゃんが戻ってくるまで普通に雑談を交わす。セレナちゃんが13歳でターニャちゃんは6歳だそうだ。カリヤさんは王城に勤めていて財務を担当しているそうだ。シリアさんは元魔導師で遺伝かターニャちゃんも魔法の適性が高いらしい。
(…幸せそうな家族。それだけにセレナちゃんは辛いだろうな。本当ならセレナちゃんにも魔法の適性があってもおかしくない。)
「…お待たせしました。」
雑談をしているとセレナちゃんの声が聞こえる。だけど中には入ってこない。
「…クラヒト様、…私の姿を見ても….驚かないで.ください。」
セレナちゃんが入ってくる。上はノースリーブで丈もお腹が見えるくらい。下は膝丈のふんわりしたズボンだ。そして俺は10分前の自分を殴りたくなった。
「…っ…、ごめん。俺が無神経だった。…本当にごめん。」
セレナちゃんの姿を見た俺はすぐに立ち上がり自分が羽織っていたコートをセレナちゃんにかける。何故かって?。…痣が思っていたより酷すぎる。こんなの少女が晒していいものじゃない。俺は自分の不要意な発言を恥じる。痣はセレナちゃんのお腹を中心に上半身は肘までと首元まで。下半身は右足はほぼ全て覆われていて、左足の膝まで伸びていた。
「…クラヒト様が謝罪する理由などございません。これでも良くなったのです。」
これでマシ?…セレナちゃんは…追い込まれていた。それなのにそれを分からせないように振る舞っていたのだ。だけど今は近くにいるからわかる。
(震えているじゃないか。)
当然だ。12歳の少女がいつ死ぬかも分からない病気に侵されているんだ。そして命のリミットは痣という形で目に見えて分かる。俺が安易に服を脱がせたせいで改めて自分で痣を確認する事にもなった。
「…すぐに始めよう。俺が君の不安を打ち砕く。」