意図せず関わった運命、ならその運命を変えてやる。
突然やって来た少女。セレナ・ホーベンスと名乗る少女は俺がフィーネと戦闘になった時近くにいた少女だった。見た感じでは特に問題は無さそうだけどなんか違和感を感じる。…気のせいかな。まぁ、天癒を使って治した女の子だから細かいところが気になっているのかもしれない。こんな女の子がいたのに無関心であそこまでやったフィーネには怒りを覚えるけど。
「…英雄様に直接お礼を言いたかったのです。私のことを助けてくださりありがとうございました。それに…貴方様が使用なされた癒しの力。その効果に感謝してもしきれません。」
セレナ…ちゃん…いや、さんは俺に対してめっちゃ綺麗なお辞儀をする。それに合わせて綺麗な銀色の髪がサラサラと流れる。いや、待って。なんか俺だけ座ってるし少女に頭を下げさせてるしで凄い罪悪感なんだけど。それにこの子は確か…侯爵家のご令嬢!。なんとかしないと…。俺が内心ワタワタしていると、
「セレナ様、こちらのクラヒトは冒険者ゆえ礼儀作法には疎いのです。ですから多少のご無礼はお許しください。」
俺の混乱を察したのかアリアさんが助け舟を出してくれる。俺は当然その舟に全力で乗り込む。
「…いやー、ごめんね。俺こんな感じだからさ。全然マナーとか分からないんだ。それでもいい?。」
敢えて普段と変わらない態度を一発目に出す。どうせ繕ったところでどこでボロは出るのだ。なら最初から出したほうがいい。…はず。
「あぁ、わ、私としたことが無配慮な真似をしてしまいも、申し訳ありません。クラヒト様はどうぞそのままでお願いします。」
今度はセレナさんが逆にオロオロし始めた。どうやら俺に対する気遣いが足りなかったと思ったらしい。その姿を見ていると多分年齢相応なのはこっちなんだろうなと思う。アリアさんがセレナさんに落ち着くように言い席を勧める。…こういう時一回立ったほうが良いんだろうか。
「…お、お見苦しいところをお見せしました。」
俺の対面のソファに着席したセレナさんは顔を真っ赤にして俯きながら呟く。なんか登場の時と違って庇護欲をそそる感じが出ている。俺の周りにはいないタイプだ。ちょっと大きくなったミリアちゃんみたいな。
「セレナ様、今日は護衛はおられないのですか?。」
会話の糸口を俺とセレナさんが掴めない中アリアさんが口火を切ってくれる。マジありがたい。
「はい、実はそのことも本日こちらを訪問した理由にあるのです。」
「…?…護衛?。あ、貴族って普通護衛を雇ってるもんなの?。」
でも貴族街でそんな物々しい人達は見なかった。フィーネの時もセレナさんは1人だったはずだ。
「いや、セレナ様の場合はそうじゃないんだ。…セレナ様…ご自分で話されますか?。」
「…はい。…この王都では普通に暮らす分には護衛など必要ありませんよ。今日のことは本当に異例だっただけなんです。」
「それなのに私が外出するのに護衛が必要な理由。それは私のある病に原因があります。」
「『先天性魔混血症』。体の中に発生した魔力を自分の意思で放出できずそれによって全身に痣が広がり機能不全を起こす病気です。」
セレナさんが言った病気は俺が想像していたものより遥かに重いものだった。セレナさんが来た時から気になっていたんだ。セレナさんは長袖に足を完全に隠すスカート。手には手袋まではめている。…つまり…そこまで痣が広がっているんだ。
「…この病気には治療法が見つかっていない。何故なら治癒魔法によって流し込まれた魔力すら溜め込んでしまうからだ。治癒魔法が逆に毒になるんだ。」
…不治の病ってことか。それに機能不全と言ってたな。なら…最後は…。
「…その通りです。私にできることは日々大人しく過ごすだけ。それでも体の痣は広がっていました。症例がないので明言はされていませんでしたが…全身を痣が覆った時は…」
俺が助けたセレナさんはあの事態より深刻な病に侵されていたってことか。…救われないな。
「そんな悲しい顔をしないでください。話には続きがあるのです。そんないつ倒れるかもしれない私が今日一人でここに来た理由。…クラヒト様、貴方様の癒しによって…痣が後退したのです。」
…え、…マジ?。治療法はないんじゃ。
「…スキルだからなのかもしれないのよ。」
俺が驚いているとシャーリーが耳元で囁く。みんなの前で言わないのはスキルに関して軽々しく口外してはいけないっていう決まりを守っているからだろう。
「…貴方様にはあの時命を救われただけでなく私の時間を増やして頂きました。どれだけ感謝してもしきれません。」
…時間を増やすか。つまりまだ完治はしてないってことだ。多分…理由はあの時は人数が多かったことと…周りに生命がなかったから。どうやら俺の天癒は自然の力を媒体としているっぽいから、人工物ばかりのここでは本領を発揮できなかったんだろう。
「…もし、何か希望のものが御座いましたらおっしゃって下さい。ホーベンス家の総力をあげてお探し致します。これは父からも了承されていることです。父と母も涙を流して喜んでくれました。」
…親に大事にされているだな。寿命が伸びたかもしれないだけでそこまでしてくれるなんて。なら俺のすべき事は…
「…お断りします、…今は。」
「…え、…その…私が何か…ご不快になるような…」
俺が褒美を断るとセレナさんは戸惑いを見せる。当然だろう。このまま泣き出しそうなセレナさんを長く見ていたいっていう趣味はない。俺は断った理由を話す。
「俺が使った治癒の力はスキル由来です。」
素直にスキルである事を言うとシャーリーとアリアさんは少しびっくりしたような顔を見せた。確かに自分のスキルの事を人に話すのは余程親密じゃないとないらしいけど、俺は構わない。天癒に関しては人を癒す力だ。隠す理由なんてないだろう。
「…そ、そうなのですね。では代価が不足して…」
セレナさんがそんな事を言う。俺が断った理由は誤解したようだ。
「俺のスキルは自然の中でこそ力を発揮します。それに複数にかけるよりも1人にかけるほうが効果は上がります。」
明言は出来ない。侯爵家がそれこそ全てをかけて治療にあたっても治らなかった病気だ。だけど俺なら抑え込めた。正真正銘俺が突破口なんだ。なら万全でスキルを使う。セレナさんが完治することを願って。
「…え、…そ、それじゃあ…もしかして…」
俺の言葉の意味を理解したのかセレナさんの顔に希望の色が見える。そうだ、俺が見たかったのはその顔なんだよ。初めて見たことからどこか無理している感じがしていた。当然だ、だって常に死の恐怖を味わっていたんだから。俺は自分に関わった人がそんな顔をするのを…見たくない。
「えぇ、今回以上の効果をセレナさんにもたらせる可能性があります。俺はそれを…試したい。」
「…あ、ありがとうございます!。私の為に…そこまで…。」
セレナさんは両手を顔に当て顔を隠す。でもその泣き声が漏れているから意味はないかな。救いなのはこの涙が悲壮の涙じゃないこと。希望の涙なんだ。なら俺はその涙を力に変えよう。